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くもり空のもとで菊池くんを見ていた
緑ちゃんと一緒に校庭の隅っこの花壇の脇に腰を下ろして、部活をがんばる菊池くんをずっと見ていた。
あれは、遠い遠い昔の中学生の頃。
今にも雨が降りそうな曇天と、うれしかったことをわたしは覚えている。
*
緑ちゃんは、わたしの親友だった。
過去形なのは、高校生になってからは会わなくなってしまったから。
菊池くんは、緑ちゃんが好きだった同級生男子だ。
二人は同じクラスになったことも、面と向かって話したこともない。
それでも、緑ちゃんの好きな人は菊池くんだった。
身長は170センチよりちょっと高いくらい、色白で二重の目と厚めの唇が目立つ子だった。見ただけで嬉しくなるような、アイドル級の笑顔も持っていた。
丸坊主ではなく、5センチくらい髪を伸ばしていて、今思うとそれでもOKの当時としては緩めの野球部だったのだろう。
そんな菊池くんを緑ちゃんが好きだというのは、何となく理屈では理解していた。
わたしはわたしでテニス部男子を熱烈に追っかけていて、緑ちゃんとはその男子のことをよく話した。
その彼は緑ちゃんと同じクラスだったので、彼にまつわる一日の出来事を教えてもらったりした。
でも、わたしは菊池くんのことで緑ちゃんのお役に立てたことはない。
それに、緑ちゃんは菊池くんのことで自分から騒ぐような子じゃなかった。
*
子供の頃から人付き合いの苦手なわたしは、親友、と呼べる存在がほぼいない。
何でも話せていつも一緒に笑って、気がつけば隣にいてくれたよね、と美しい青春ソングのような関係を築くのはいくつになっても至難の業だ。
わたしが自分のことをあれこれと友達に積極的に話すのを好まないから。
そして、いつも誰かにいてもらうより、ひとりでいる方が気楽というHSP体質が大きいから。
それでも親友と思える存在をあげろと言われたら、わたしは緑ちゃんを選ぶ。
同じ部活で、朝練も練習時も下校もいつも一緒。
当時のわたしのMAXな恋心と好きな人を追っかけるわたしを知ってるのは緑ちゃんだけ。
書きながら思いだしたけど、実は小学4年の時も緑ちゃんと同じクラスだった。もう一人、のちに訳アリで絶好した女子と三人で毎日一緒に遊ぶ仲だった。
何でも話せたとは言いがたいけど、当時のわたしが一番気楽に過ごせて、一番気が合っていたのは緑ちゃんだった。
本当に些細なことで、しょっちゅう大笑いしていた。
10代の女子を『 箸が転がっても笑う 』と表すことがあるけど、まさにそれだ。
一時期、高めの声で「ウィン!」と言う、それだけの遊びにふたりで沼った。
何気ない会話の隙間や、一瞬の沈黙のタイミングでどっちかがこれを発する。それだけで何故か二人でお腹を抱えて大爆笑した。
盛り上がりすぎて、「 『 Win同盟 』を作ろう 」「 同盟のバッジを作ろう 」と発展。バッジのデザインまで二人で考案した。
*
「 好きな人はいるのか 」みたいな話に巻き込まれるのは、人生でのあるあるだ。
緑ちゃんは、もしかしたら「好きな人いないの?」といちいち誰かに聞かれるのが面倒になって、好きな人を作ったのかもしれない。
漠然とそう感じたことがある。
確かに菊池くんはビジュアルだけで惚れられる要素満点だった。
でも、それだけで緑ちゃんが話したこともない菊池くんを本当に好きなんて思うのかなあ?と不思議な気もしていた。
そんなある時。
土曜授業の午後の、早めに終わった部活帰り。
まだ校門を出ずに、緑ちゃんと花壇の脇に座ってあれやこれやと喋っていた。
すると、目の前の誰もいない校庭に野球部の男子たちが現れた。
もちろん、菊池くんも混ざっている。
「 え?今から練習? 」
「 雨降りそうなのに? 」
「 でもキャッチボール始めたよ? 」
そんな言葉を交わしながら、二人で野球部の様子を見守っていた。
大柄な方で体格のいい菊池くんは目立っていた。
そして、ボールを投げてはキャッチする姿を飽きることなくずっと見ていられた。
気づけば、緑ちゃんも黙って菊池くんを見ている。
……… なんか、珍しいなあ。
思えば、わたしが自分の好きな人のことで緑ちゃんにお世話になってるから、たまには緑ちゃんの恋愛を応援したり恋活につき合ったりしたかったけど、そういう機会ってあんまりなかった。
野球部くん達がやって来る少し前から、そろそろ帰ろうか、と言いながらも座り続けていたわたし達。
「 ……どうする?帰る?まだ見てる? 」
わたしは緑ちゃんに尋ねた。
「 もうそろそろ帰る 」
緑ちゃんは即答した。
あ、せっかくなのに、もう帰っちゃうんだ。
たまにわたしが好きな人の部活の様子に遭遇したら、時を忘れて穴が空くほどテニスボールを打ち返す彼を見つめまくっていた。
それと比べたら、緑ちゃんの菊池くんウォッチングは星の瞬きくらいに短時間だ。
そうして、数分がたった。
緑ちゃんが、グランドに目をやったまま口を開いた。
「 やっぱり、
もうちょっと見てていい? 」
いいよ、とわたしは即答した。
なんだかうれしかった。
緑ちゃん、ほんとに菊池くんのこと好きだったんだ。
乙女な顔をしながら真っ直ぐに好きな人を見てる姿をわたしに見せてくれてるんだ。
もっと見てっていい?ってわたしに甘えてくれてるんだ。
菊池くんを一緒に見てる緑ちゃんとわたしは、間違いなく親友なんだ。
そんなことを感じて、たまらなくうれしくなった。
そのまんま、二人でまた黙って野球部を見ていた。
しばらくして、「もう、ほんとに帰る」と緑ちゃんが立ち上がった。
「 もういいの? 」
「 たくさん見れたから 」
それなら、とわたしも立ち上がった。
曇天だった。
でも、まだ雨は降らなかった。
*
結局、卒業まで緑ちゃんと菊池くんは特に進展することはなかった。
わたしも、わたしの好きな人も含めて、みんな別々の高校に進学した。
しかも、近所だった緑ちゃんはご両親がおうちを買ったので引っ越してしまった。
友達、親友、恋愛話、昔話、そして、野球。
何気ない言葉ひとつをきっかけに浮かび上がる、本当にあったストーリー。
わたしにも、親友がいたことがあった。
わたしにも、心からうれしい時間があった。
毎日毎日、緑ちゃんと、自分の部活と、テニス部の彼と、そしてたまに菊池くんのことで時間をぎゅうぎゅうに埋め尽くして、楽しさいっぱいの時代があった。
もう、卒業アルバムの中でしか緑ちゃんに会うことはない。
いつかアルバムを処分したら、完全に記憶の中にしか緑ちゃんは残らない。
だからこうして、文字にしておこう。
あの時のわたしの親友でいてくれて、ありがとう。
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