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【短編小説】夢裡幽閉②

~2話~



あれから経過観察中は勿論、足が治ってからも定期的に顔を出すようになった。
佐藤君もとい翔君ともそれなりに仲良くなった。まるで弟ができたみたいだ。
最初に会ったときより表情が明るくなったと思うのは、俺の勘違いでなければ嬉しい。

そしてある休みの日のこと。

「ねぇ、要(かなめ)さんの家に遊びに行きたい!駄目?」

互いに名前で呼べる程に打ち解けた頃、翔君から突然言われた台詞だった。

「えぇと、個人的には問題ないんだけど、それは病院側に許可取らないとなんとも……。」

 差し入れに持ってきた林檎を剥きながら苦笑いを浮かべる。
すると、丁度佐々木さんが検温の為部屋を訪ねて来た。

「こんにちは斎藤さん。今日も来てくださったんですね。」

「はい。丁度買い物に行って来たので寄ってみました。」

壁際の丸椅子に置かれたスーパーの袋と、その中の野菜に目を向けながら答える。

「いつもありがとうございます。最近翔君も体調いいから私も嬉しくて。」

『はい、検温ね』と言って佐々木さんは翔君に体温計を渡す。翔君は俺の返答の後、佐々木さんに質問したそうで落ち着かない様子だった。

「佐々木さん、僕要さんの家に遊びに行きたいんだけど、駄目かな。」

佐々木さんを見ると目を大きく見開いて驚いていたが、すぐに嬉しそうな表情を浮かべ、

「……そうね、ドクターとご両親から許可が降りれば大丈夫よ。早速ドクターに聞いてみるわね!」

その後、すぐに佐々木さんがドクターとご両親へ連絡し、後日翔君のお母様が病室に来た際に挨拶をした。

翔君が病院から抜け出したあの日、公園で付き添っていたことを佐々木さんがお母様に話したようで、凄く感謝された。
その話はお父様にも伝わり、どうやらご両親から信頼を得ることができたようだ。

そして、翔君が家に来たいと言い出してから約一週間後の土曜日、翔君が家に来ることになった。

「こんにちは!」

「こんにちは。改めて斎藤さん、今回はありがとうございます。これ差し入れです。お二人で食べてください。」

「とんでもないです。わざわざすみません。翔君のことは責任持ってお預かりします。少しでも体調に異変があったら佐々木さんに連絡しますので……。」

「はい、よろしくお願いします。それじゃ翔君、十七時頃迎えにくるからね。」

「うん、佐々木さんありがとう!」

病院のバンが小さくなったのを見送ると、俺は玄関のドアを開けた。

「じゃ、どうぞ。」

「やった!お邪魔します!」

翔君はまずゲームがしたいとのことで、すぐにゲームを始めた。あまりゲームをしたことがないようで最初は教えながら進めていたが、後半かなり上手くなって驚いた。

その後、フルーツを食べながら映画を観たり、俺の学生時代のアルバムを見ながら思い出話に華を咲かせたりした。

「そっか、要さん大事な人がいたんだね……。」

「うん、もう十年以上前の話だけどね。病気で彼女を亡くして自暴自棄になってた時期もあったよ。」

「だからそんなに優しいんだ。あの日僕に声をかけてくれたの、要さんだけだったよ。」

「ただ弱いだけだよ。あの日公園にいた君が、昔の俺と少し被って見えて放っておけなかった。ただのエゴさ。」

乾いた笑いを浮かべながら過去の傷を話す俺に翔君は、

「それが要さんの優しさで、それで僕は救われたんだよ。」

そう言って明るい笑みを浮かべた。

「……ん?あれ何?」

翔君が棚に置きっぱなしだったアロマキャンドルを指差す。

「あぁ、あれはアロマキャンドルだよ。良く眠れるって書いてたから買ってみたんだ。意外に効果あったよ。」

「要さん眠れてなかったの?」

「キャンドル使ってからは寝れてるよ。彼女のお墓参りに行った後はいつも眠れなくてね……。ダメ元で使ってみて正解だったよ。」

勢いで購入したことを思い出して苦笑する俺に、翔君はぽつりと呟いた。

「要さんがこれを持ってるなんてね……。」

「まぁ胡散臭いとは思ったけど、必ず眠れるって書いてたから……。翔君も知ってるの?」

「まぁね。先のこと考えて眠れないときあるから……。」

翔君の言葉を聞いて思わず表情を固くする。
すぐ話題を変えようと思考を巡らすが、翔君にはお見通しのようだ。

「そんな顔しないでよ。いつものことだし、変に気を使われる方が嫌だな。」

「……そうだね、ごめん。次は何かしたいことある?」

「そうだなぁ。もっと要さんの昔話聞きたい!まだ写真ある?」

時間はあっという間に過ぎた。
佐々木さんが迎えに来た時の翔君の表情は、今まで見た中で一番年相応だった。
またおいで、と言うと少し表情を明るくしてくれたが、またすぐに曇ってしまった。

今度は車椅子に乗って公園の散歩でもできたら、なんて思っていた俺は、アロマキャンドルが無くなっていることに気が付かなかった。


翔君と遊んだ日の翌日から、俺の体調は日に日に悪くなっていた。

今度は腹部辺りに黒い影が出た。
全身が重りをつけているようなだるさで、仕事もままならず早退した。翔君と遊ぶ前日、しっかり寝て体力を温存しようとキャンドルを使った。それが原因だろうか。

黒い影が見え始めて四日後、今度は変な物まで見え始めた。道路に人が立っていると思ったら車がすり抜けた。
俺は腰を抜かしたままその場から動けず、そいつと目が合う。

「へへつ。あんた呪われてる。あぁバクだネ。イノチとられてる。もうすぐコッチにくるね。マッテルヨ……。」

忍び寄る影を前に、背筋に嫌な汗が伝った。その瞬間全速力で家へ走った。

忘れよう、とにかく忘れようと、冷たいシャワーを頭から被ったことろで少し落ちついた。
やはりキャンドルが原因だろうかと、仕事から帰りキャンドルを探す。
元々片付けは苦手な方だ。何処に置いたか記憶を探るが、翔君に見せて机に置いてからの記憶がない。
くまなく探すが見つからない。仕方ない、とその日は横になったのを最後に、そのまま眠ってしまった。

翌日、俺は救急車で運ばれた。救急車を呼んだのは自分だ。電話した後の記憶はない。  
腹部の激痛と共に意識を手放した後、目を覚ましたら病院だった。

医者から言われたのは急性腹膜炎。緊急手術だったようだが俺には記憶がない。
医者の言うことを他人事のように聞き流していた。

医者と看護師が出ていった後、翔君が病室に来た。運ばれたのはこの前と同じ病院のようだ。
心配そうな顔が此方を覗き込んでいた。

「要さん大丈夫?」

「……あぁ、大丈夫だよ。心配かけてごめんね。まさか救急車呼ぶ羽目になるとは……。」

「働きすぎなんじゃない?」

「……そうかもね。今回はいい休みを貰えたと思うことにするよ。」

翔君は苦笑いを浮かべながら、ほっとしたように息を吐いた。
翔君とは遊んだ日以来会っていなかった。元気そうで良かった、と思ったところでアロマキャンドルのことが頭をよぎった。

「翔君、そういえば遊びに来た日に見せたキャンドルのこと、覚えてる?」

「え、うん……。」

「あれ、何処に仕舞ったか覚えてるかな?あれから見つからなくてさ。俺結構片付け下手だからよく物無くすんだよ。本当に困ったもんだよね。」

「ふふっ。そうなんだね。あの後キャンドルは棚に戻してたような……。ごめん、僕もあんまり覚えてないや。でもあの日結構部屋片付いてたよね。頑張って片付けてくれたの?」

「……前日に頑張ったね。」

「ふふっ、わざわざありがとう……ククッ。」

笑いを堪えているようだが丸見えだ。
この年で片付けも満足にできないなんて、と恥ずかしくて少し顔を背けていたが、翔君の元気そうな姿を見られたことに安堵した。

「やっぱり要さんといると楽しいや。本当にありがとう。」

「……それなら良かったよ。」

翔君が帰った後、一週間程入院する為会社に連絡を入れ、入社後初めて有休をとった。
今後は転職も視野に入れようと結論を出し、俺はゆっくりと眠りについた。

「…………ごめんなさい……。」

だから気が付かなかった。翔君が夜、俺の病室の前に来ていたことに……。

事件は突然起こる。
翌日、翔君がいなくなった。

俺はベッドから動けず、翔君にメッセージを送ることしかできなかった。

その翌日の昼頃、翔君は見つかった。

電車で一時間以上離れた岬で倒れている所を観光客が見つけたこと。
場所は夕日が綺麗に見えることで有名な岬で、岬の端で仰向けの体にブランケットをかけ、眠るように倒れていたこと。
彼の身体の側に何故かお皿が置かれていたこと。

詳細は全て佐々木さんから聞いた。

少しは生きる希望を与えられているのではと自惚れていた。彼は余命宣告を受けていた身だ。目を離すべきではなかった。
俺はただベッドの上で涙を流すことしか出来なかった。

数時間後、電波の調子が悪かったのか、時間差で送られてきた彼からのメッセージに、彼との思い出を胸にやるせなさで打ちひしがれる。
そして、その日から二度と幽霊も黒い影も見ることはなかった。

彼と出会って一か月後のことだった。


「これは要さんが使うような物じゃない。」

きっと知らずに使ってたんだろうな、と苦笑いを浮かべて僕はキャンドルを取り出した。

「だから勝手に持ち出したことは許してね。貴方のお陰で、最近は生きてて良かったって思えた。本当にありがとう……。」

目の前には夕日と、夕日に照らされキラキラと光る海が広がっていた。少しの間彼は夕日に魅入っていた。
夕日が沈むのを見届けると、用意していたライターでキャンドルに火を灯し、横になりブランケットをかけた。

「これはね、安楽死のサイトで見つけたんだ。稀に普通のサイトにも売りに出る、寿命を盗(と)ってくれるアロマキャンドル。そして夢の中の住人になれる。僕は夢の中で理想の人生を生きるんだ。」

甘い香りが風と共に辺りに広がる。

もう辺りは暗く、キャンドルの火と夜空の星だけが輝いていた。徐々にキャンドルは小さくなる。

「持ち主が代わったのか……。まぁいい。ならばお前の寿命を全て貰うまでだ。」

いつの間にか、シルクハットを被り杖をついた男が隣に立っていた。その顔は作り物のように表情が無く、何処となく不気味だ。

「あなたは誰?寿命を盗ってくれる人?」

「そうだ。もう何も苦しむことはない。ただお眠り。そしたら君は夢の中で幸せに生きられる。さぁ、お眠りなさい。」

どこか優しく温かい風が吹いた瞬間、眠りにつくように彼の意識は沈んでいった。

「これで五十三人目か。この国にいれば若い人間を食い放題だな。もう暫くこの国で食事を愉(たの)しむとしよう。」

男が手に取ったキャンドルは、元の形へと戻っていた。

不気味に薄く輝く三日月の下で、異形の姿へと姿を変える男。
夢の中に閉じ込めた人間ごと夢を喰らうその妖怪は、キャンドルを回収後、朝焼けから逃れるように何処へともなく消えて行った。

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ある安楽死サイト。

注意事項:このアロマキャンドルは、人体への影響を考慮して一度きりで使用し、最低半分残して捨ててください。

二回以上使えばキャンドルの呪いが発動し、死に導かれます。半分以上使った者は、肉体の寿命を盗られ魂は夢の中へ幽閉されます。

閉じ込められた魂は、夢ごと獏(ばく)に喰われるでしょう。眠るように死にたい人のみ全てお使い下さい。

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もうすぐ冬が来る。今宵は満月だ。

あの日彼は、最期の挨拶をしに病室に来たんだろう。『要さん、本当にありがとう。さようなら。』の最後のメッセージ。

今も思い出すと胸の奥が痛み、震える。

仕事からの帰り道、せめて彼が空の彼方で笑っていてくれることを願いながら、空を見上げる。

そしてまた、眠りの浅い日常を繰り返すのだった。


〜完〜

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