「またね」の代わりに「ラリホー」を~鬱病家族と歩む数十年~
いつものように安否確認の電話をして、言葉に多少気をつかいつつ、暗くならないようにしながらも、盛り上げすぎず、長からず、短すぎずで電話を切ろうとした。
「またね」
いつもの言葉をかけようとしたが、その夜は急に不安で不安でどうしようもなくなってしまった。嫌な予感がする。
実は、この『またね』には、並々ならぬ想いを込めていた。
「またね。また生きて、いっぱい話そうね」
その人は、鬱病が酷くて、いつ死んでもおかしくない状態だった。
だから、『さよなら』や『バイバイ』なんて持っての他だった。
でも、今晩は『またね』の言葉も不吉な予感がして言いたくなかった。
しかし、時間がどんどん過ぎていく。そろそろ睡眠薬を飲む時間だろう。睡眠薬を飲む時間が遅くなれば、明日、出勤時間に間に合わなくなってしまう。そうすれば、また自分自身を責めて、希死念慮が酷くなるだろう。
(どうしよう。どうしよう)
気持ちばかりが焦った。
(また会いたくなるような言葉。
また会えるような希望の言葉。
『バイバイ』なんて不吉な言葉の裏返しの言葉。
素敵な言葉も遺言っぽくてダメだ。
不吉でも素敵でもない言葉は……。
そうだ!
それが最期の言葉だなんて、恥ずかしくて死ぬ気にならない言葉がいい!
えーっと、えーっと)
「『じゃあ、また明日』の後につづけて『ラリホー』って言って。ちなみに語尾はラリホー⤴️って上げてね」
「突然、どうしたの?」
「いや、最後の言葉が『ラリホー』だったら、希死念慮が高まったとき抑止力になるかと思って。だって、お通夜やお葬式のとき、親族や友人の前で『故人の最期の言葉はラリホーでした』なんて発表されたくないでしょ?」
「そりゃ、そうだけど。恥ずかしくてそんな言葉言えない」
「いいから言うの! また、明日。ラリホー⤴️」
「やだ、恥ずかしい」
「リピート アフター ミー『ラリホー⤴️』」
「恥ずかしいってば!」
「ラリホー⤴️」
「ラ、ラ、ラ、リ、ホ?」
「そう! ラリホー⤴️」
「ラリホ。フフフフ」
「ラリホー⤴️」
「ラリホー⤴️」
それからというもの、毎晩、『ラリホー』と言ってから電話を切るのがルーティンになった。
しまいには
「全然、恥ずかしくないもんね! 『ラリラリラリラリ、ラリホー⤴️』」
と言われてしまったので、抑止力があったのかどうかは定かではない。
* * *
「ラリホーって、ドラクエの呪文?」
『ラリホー』は、ドラクエで複数の敵を直接眠らせる呪文です。 相手を簡単に足止めできるため、対処しきれない量の敵に遭遇した際などに有効になります。
ラリホーって、ドラクエですかって、メチャクチャ質問されました。
でも、ドラクエどころか、ゲームって一度もしたことありません。
しかし、世界的にメチャクチャ有名なゲームですので、知らず知らずにどこかで聞いたかもしれません。
「ラリホー!」
英語圏で使われる、遠くの人に対する掛け声「Rally-Ho!」。
日本語の「おーい!」「やっほー!」に相当する。
をどこかで耳にしていた可能性が大きいです。
一人よがりから始まった『ラリホー』ですが、とにもかくにも、そのゴリゴリの鬱病患者は今日も生きていてくれています。
「ラリホー⤴️」
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