【小説】あと29日で新型コロナウイルスは終わります。
~監視カメラに映らないものと、スタッフの観察眼から見えてきたもの~
「監視カメラを見せてもらいますね。」
警察官がそう言うと、店長は、
「見てもらいたいものがあるんです。」
と言った。その声は緊張していた。しばらくして、店長室から出て来た警察官は、
「その男性の氏名・住所・電話番号を教えてください。」
と店長に言った。
「それと、そのとき対応した店員って今いますか。」
「はい、います。少々お待ちください。⚪⚪さん、ちょっといいかな? 警察の方が少し話したいって。」
店長は女性スタッフを呼んだ。
「お待たせしました。」
その女性スタッフは緊張しているのか、目をキョロキョロさせていた。
「この前、財布を盗まれたって男性がここで受付したとき、対応したのはあなたで間違いないですか。」
「はい、間違いないです。」
「この前と同じことを聴くこともあるけど、また答えてくださいね。」
「はい、……。」
彼女はちょっとうんざりしていた。
「受付の前後で、男性はお財布を持っていましたか。」
「前も答えたんですが、よく覚えていません。」
「じゃあ、その財布をバッグにしまったかどうかは?」
「それも覚えていません。」
警察官は、何度も監視カメラの画像で確認していたから知っていた。その男性は財布からメンバーズカードを出して、受付が終わるとそのカードを財布にしまうのまでは確認できたが、その財布をバッグにしまうのは監視カメラの角度的に困難であった。
「じゃあ、ちょっと話題を変えますが、その男性の入店直後に入店された人については覚えていますか。」
「はい、覚えています。」
「どんな方でしたか。」
「男性です。30代後半くらいから40代前半くらいです。」
「⚪⚪さんは記憶力がいいですね? そんな何日も前のお客さんのことを覚えているなんて。」
彼女は少しドギマギしながら答えた。
「そのお客様はよく来店している方で、毎日9時半から11時頃に来て、無料のシャワー室を必ず利用した後、朝になると無料の朝食食べ放題もよく利用されていました。ポテトフライと食パンをたくさんブースに持って行かれるんで、あの……、こういう言い方をしたら大変失礼なんですけど、……。」
そう言うと、彼女は店長の方をチラッと見た。店長は、
「話していいですよ。」
と優しく彼女に言った。
「たぶん、ブースに持ち込んだポテトフライと食パンは一部しか食べないで、残りをリュックの中に入れて持ち帰っていたと思います。ドリンクバーのお茶も、コップに入れてブースに持って行った後、自分のペットボトルか何かに入れ替えていたんだと思います。」
「そう思ったのは、なぜですか。」
「たった8時間しか滞在していないのに、その間に睡眠もとっているだろうに、ブースにたくさんドリンクを持って行ってました。それだけじゃなく、一度、寝坊か何かをしたらしく、8時間ギリギリで慌てて退店したとき、コップを片付けている暇がなかったんでしょうね。退室したブースを開けたら、コップが10個くらいもあってすべて中身がカラでした。」
「8時間のナイトパックだと、1500円しかかからないんですよ。」
店長が補足した。
「それは安いですね!その男性客は、その日はどうでしたか。」
「その人は毎回喫煙のフラットシートを利用するのですが、その日、おかしなことを言って、利用せずに帰ってしまったんです。それで余計に印象に残りました。」
「“おかしなこと”って何ですか。」
「お客様の方に向けているこのパソコンの画面で、入室中のブースはオレンジ色、未入室のブースはグレーと分かるようになってるんですけど、喫煙のフラットシートがほとんどグレーだったのにもかかわらず『今日は混んでいるんでいいです』って帰って行ってしまったんです。確かに、喫煙ルーム以外はほとんどオレンジだったので、何か勘違いされたのだと思い、私が『喫煙は空いています』って言おうとしたら、走って行ってしまいました。」
「彼が喫煙ルームとそれ以外で勘違いしてしまったと?」
と警察官が聴いた。
「後で考えると、それはたぶん無かったんじゃないかと思いました。よく利用される方で、当店のルールをよく熟知していました。空いているグレーの席から、自分が好きなブースの番号をスタッフにおっしゃってくれました。ブース番号まで言うお客さんって少ないんですよ。皆さん『喫煙のフラット』『喫煙のリクライニング』『禁煙のフラット』『女性専用のフラット』とかでスタッフに伝える人が多いんです。」
「喫煙ルームが空いていて、それも知っていたのに、『混んでいる』って帰られたんですね? それから彼は見かけましたか。」
「そう言えば、……最近、まったく見かけません。」
彼女がそう言うと、警察官と店長は視線を合わせて軽くうなづいた。
新型コロナウイルスが終わるまで、
あと29日。
これは、フィクションです。
◆自殺を防止するために厚生労働省のホームページで紹介している主な悩み相談窓口
▼いのちの電話 0570・783・556(午前10時~午後10時)、0120・783・556(午後4時~同9時、毎月10日は午前8時~翌日午前8時)
▼こころの健康相談統一ダイヤル 0570・064・556(対応の曜日・時間は都道府県により異なる)
▼よりそいホットライン 0120・279・338(24時間対応) 岩手、宮城、福島各県からは0120・279・226(24時間対応)