システムとレポートとシャープペンシルのホロ苦い記憶と達成感。
これは、ぺんてるシャープペン研究部『#忘れられない一本』の応募作品です。
大学に入学して程なく経つと、教授からレポートの課題が発表された。
「《システム》とは何か論ぜよ」
このテーマを論ずる以前に、そもそも「《レポート》って、なに⁉」っていうのが、頭の中をグルグル駆け巡っていた。
というのも、レポートの書き方を乞えるような親しい仲の先輩もいなければ、小さな大学の図書室に「レポートの書き方」なんて本はなく、田舎ゆえ大型の書店もなく、コピペするようなSNS上の資料も充実していない時代だったからだ。
恐らく、頭の上に大きなクエスチョンマークが出ていた学生はわたしだけではなかったのだろう。教授は講義室の学生を一瞥し、一呼吸すると、自分の持っていたシャープペンシルをおもむろに取り出した。
「これは、シャープペンシルである。これそのものはシステムではない。しかし、これを用いてシステムを論じることはできる。以上」
教授はそういうと、自分の荷物を持って講義室を出て行ってしまった。
* * *
「はあ~」
大きなタメ息が出る。レポート提出の締切日を翌日に控え、まだ1行もレポートを書けないでいた。このままだと単位を落としてしまう。「何か書かなければ」と、そこで、
「シャープペンシルはシステムではない。でも、シャープペンシルはシステムを論じられる?」
と、教授が発したヒントだと思われる言葉を声に出してみた。出してはみたけれども、やはり、何もわからない。はて、どうしたものか。
シャープペンシルを右手の人さし指と親指で摘まむと、顔の前で振るわした。
シャープペンシルは、やわらかいゴムのようにグニャグニャにタワんで見えた。
「システム、システム、システム、システム、システム、……」
声に出しながら、レポート用紙にも書き連ねた。
「いやーーー‼」
突然イヤになり、書いたばかりの文字を乱暴に消しゴムで消してみた。消しゴムはボロボロと崩れた。
「もったいない。それにしても、何て軟らかい消しゴムなんだ」
ボロボロになった消しゴムを見ていると、シャープペンシルにも必ず消しゴムが付いていることを思い出した。
「シャープペンシルの消しゴムは硬かったはず」
シャープペンシルのお尻の付いている蓋を取り外した。中から消しゴムが顔を出した。
「消しゴムを忘れたり、テスト中に消しゴムを落としたりしたときは、この消しゴムにお世話になったっけ」
消しゴムを摘まんで、シャープペンシルから取り出した。
「こんなに小さくて、いつもひっそり隠れているのに、いざというときは力強い味方になってくれて、大活躍だ。おまえは、秘蔵っ子であり、助っ人だ」
取り出した消しゴムを元に戻そうとして「シャープペンシルの構造ってどうなっているんだっけ」とふと思った。
「よし!シャープペンシルを解体してみよう!」
こういうとき、理系の血がうずくのが感じられる。
「ふーん、シャープペンシルって、『お尻の蓋』と『消しゴム』と『芯が出る所を囲う円錐部分』と『芯を格納する細長い本体』と『それを囲う筒』でできているのか。他のシャープペンシルはどうだろう?」
一人暮らしのマンションの部屋にあるシャープペンシルを全部集めて、片っ端から分解していった。
「どれも大体同じ構造か……。ん? 構……造……、構造? 構造!」
急いで英和辞典を引っ張り出す。
「ええ……、システム、system、……、あっ!あった‼ systemの意味は『系、系統、体系、制度、手順、秩序、支配体制、配置、状況、網、路線、装置、器官、体、身体』か、何か似てる。近い。あっ!systemの類語も載っている『取り合わせ、構成、系列、組織、配列、組み立て、仕組み、編成、構造』、構造!ということは、《シャープペンシルの構造と組み立て方を言えば、それがシステムを説明したことになる》?」
こうして、出来上がったレポートの概要は、
シャープペンシルはシステムではないが、これを用いてシステムの定義を説明する。シャープペンシルは、《蓋》《消しゴム》《円錐》《ストロー》《筒》の複数の要素からなり、これらが互いに影響を及ぼしあって、組み立てることによって、字を書いたり、絵を描いたりするという一つのまとまった機能をなす。
生まれて初めての大学のレポートは、その後、どうにかこうにか単位を得ることができた。
* * *
その後、折れない芯や手指が疲れないシャープペンシルを見かけると、シャープペンシルを分解したくなる衝動に駆られ、ついつい構造を知りたくなってしまう。
それは同時に、生まれて初めてのレポートで悩んだあの頃を思い出して、胃が少しチクッとするホロ苦い記憶と、単位取得の達成感を思い出させてくれるものなのだった。
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