ペンギン・ハイウェイは女性軽視作品では決してない
「1番好きな映画は?」と聞かれたら迷うことなく答えられる。
「ペンギン・ハイウェイ」
この映画は2018年の夏に公開された。当時私は原作が出ていることを知っていたけれどそれを読むことなく、あの夏、映画館へ行き、そしてこの作品にどっぷりとハマった。
色の鮮明さ、絵の滑らかな美しさ、ペンギンの可愛さ、「昔クラスにこういう子いたかも」と思わせるようなキャラ設定、そして宇多田ヒカルのエンディング。映画だから感じる、視覚と聴覚から入る情報は私の心をワクワクさせた。それでも映画を見ただけでは内容が難しく、じっくり考えることなく結末を迎えてしまったことが心残りとなり、そこでようやく原作を手にしたのだ。
耳から得たキャラクターたちの言葉を、「文章」として目にすると、考えさせられる部分が非常に多いのがこの作品の一つの特徴だと思う。
例えば「1日1日ぼくは世界について学んで、昨日の自分よりもえらくなる」、「問題を分けて考える。角度を変える。似ている問題を探す。」、「多忙で歯を磨かない人間と、多忙でも歯を磨く人間がいたら、どちらがスマートかな?」といった、自己啓発やビジネス書に書かれていそうな人間的視点と、問題解決と、人間力が、たくさん散りばめられている。映画だけでは見逃してしまうこういったことが文章化することによって現実世界の自分への問いへと変わる。それを体感できるものとは、なかなか出会えないものだ。
何より原作で美しく感動したのは、最後のページに描かれている、主人公のアオヤマ君(小学四年生)からお姉さん(歯科医院で働く今作品のキーパーソン)への素直な告白。映画を見た後で、ある程度物語の内容を理解していたことと、情景が思い浮かぶこともあいまってその告白の文章を読んだ時、辺りがシンとなるほど心が震えた。ぎゅっと掴まれた。純粋な、そして強く成長し、これからも成長していくであろう、一人の少年の告白だった。
と、この作品を映画でも原作でもダブルで何度も見返し読み返す私だけど、この作品の社会的評価をインターネットで見てから驚いたのだ。それは匿名での感想で「女性軽視」という指摘があまりに多かったからだ。
主人公アオヤマ君は小学4年生。「科学の子」と呼ばれるほどの知的好奇心の強さで自分の力で様々なことを学んでいる(歩きながら図鑑を読んだり、大学教授から宇宙について学んだり、地域の川の水源を突き止める探検に出たり)。そのアオヤマ君が研究しているうちの一つが「お姉さん」だ。なぜ自分がここまでお姉さんの事を「特別」に思うのか。彼はまだ恋愛感情というものを認識していない段階でその疑問とぶつかり、お姉さんについての「なぜ」を研究していた。(ちなみに原作では、小学生視点で「ひらがな」が多い。僕は「ぼく」だし、そういったところも感情移入しやすい点なんだろうと思う。)
そのお姉さんの考察で「おっぱい」という単語が何度も出てくるのだ。その部分を「女性軽視だ」と世のフェミニストが言っているのだ。「ひどい作品、見る価値がない」と言うのだ。私はその意見の方が理解できない。
果たしてその発言をしているネットの人間は「おっぱい」と言う単語だけを見ているのではないだろうか、と本気で思い、心配にすら思う。ストーリーを大きく見れば「女性へのセクハラ」にはならないだろうに。アオヤマくんは「おっぱい」について考えている訳ではなく、「お姉さんの存在が自分にとって大きいのは何故なのか」ということを考えている。そのお姉さんを研究する上で、お姉さんの「おっぱい」についても原因の一つとして純粋に考察をしているのだ。それなのに見ている側はただその言葉に過剰に反応して、その部分だけを切り取って批判して。
そもそも子供の成長過程で、異性について興味を持ち始めることは至極普通のことであり、その気持ちに寄り添うことなくただ過敏にワードに反応するのは、何か大切だったはずの自分の昔の気持ちを忘れてしまっているのではないかと、そんなふうにも思う。自分が子供だったときに、そんな性的な視点だけで物事を発していただろうか。誰の視点でのストーリーなのか、本当の問は何なのか、何が伝えたいのか。物語は作者が全て正解を出している訳ではないけれど、自分で考察しながら見ていくものではないのか。
「気持ち悪い」という主張は、本当に見るべき事を見ての主張なのか。ネットで評価が見られる時代、受け取る側がマイナスで受け取ったらその作品はマイナス評価を得てしまう。でも受け取る側にも「幅広い視点」が必要なのではないか。
「ペンギン・ハイウェイ」と検索すると、その下の候補に「気持ち悪い」と続く。私はそれがとてつもなく悔しい。狭い視点の、主観でしか見られない寂しい人たちの意見が、この作品を大好きな私としては酷く酷く悔しいのだ。もっとたくさんの人に、素晴らしく美しい作品として知ってほしいのに、ネット上の言葉は永遠に消えない。それすらも悔しいと思っているのです。
どうか、もっと広い視点を持って、見たことない方がいらっしゃれば見てみてください。心の底からおすすめです。
2023/02/23 「水曜日にちょっとの一息を。 shiina」