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歯医者さんでお姫さまになる
「歯は大事にせなあかん」というのが、おばあちゃんの口癖だった。
歯が悪かったおばあちゃんは、体調を崩すと歯も痛くなり、そのたびに苦々しい顔をして、「歯は大事にせなあかんでえ」と言っていた。
おばあちゃんが亡くなる直前に生まれた娘は、今年3歳になる。
長年おばあちゃんに言われ続けた、「歯は大事にせなあかん」は、私の体に染み込んでおり、娘が生まれたときから、この子を虫歯にさせるまいと決めていた。大人と食器を分ける、お箸もスプーンも共有しない、口にキスしない。娘の歯は虫歯フリーを目指していた。
なのになのに、1歳半健診で「上の前歯6本、虫歯になりかけています」と宣告されてしまった。原因は、絶え間ない夜間授乳。これを言われたときは、思わず涙がじわっと出るほどショックだった。良かれと思って続けてきた授乳が原因で、あんなに気をつけていた虫歯を作ってしまっただなんて…。
優しそうな歯科衛生士さんがすかさず、大きなカゴを見せてくれる。そこには、子供用の小さなスリッパや靴がわんさか入っていた。キャラクターが描かれたスリッパ、歩くと音が鳴る靴、歩くとピカピカと光る靴。
すぐに断乳したものの、娘は2歳前に前歯2本を虫歯治療することになってしまった。
それ以降、娘の歯医者さん通いが始まった。3か月に一度、歯医者さんへ行き、歯磨きと虫歯チェックをしてもらい、フッ素を塗ってもらう。
1年前、新しい町に引っ越して、まず探したのが、小児科と小児歯科だった。
評判が良い歯医者さんを見つけて、初めて行ってみた日のこと。緊張した娘は、「〇〇ちゃーん、どうぞ」と呼ばれても、待合室のソファから立ち上がれず、私にしがみついた。
歯科衛生士さんが、「お姫さまの靴もあるよ」と見せてくれたのは、キラキラのラメが入った薄い紫色の透明の靴だった。その靴を見たとたん、娘はいそいそと自分の靴を脱ぎ始めた。キラキラの靴に足を入れ、プラスチックの宝石のついたストラップをパチンと留めてもらい、ちょっとつま先立ちで、診察台のほうへ歩いていく。
お姫さまの靴ですっかりうれしくなった娘は、診察台に上がり、おとなしく口を開けてくれた。歯磨きをされながらも、ちらちらと足元の靴を確認している。
結果、娘にとって歯医者さんは、お姫さまになれる楽しい場所となった。上手に口を開けられたことを褒められ、診察のあとに小さなおもちゃをもらい、桃味の歯磨き粉を買って帰る。3か月に一度、お姫様の靴を履いておもちゃをもらうイベントだ。
毎晩の歯磨きの時間も、歯医者さんのおままごとで乗り切っている。「〇〇さ~ん、診察室へどうぞ」と呼び出し、診察室(私の股の間)に来た娘を「上手にお口開けられてますねえ!」と褒めながらフロスを通す。
「今日はおやつ、何食べたんですか?」
「今日はね~、おにぎりです!」
「いいですねえ。あっ、バイ菌見つけました。取っておきますね~」
歯磨きが終わると、「ピカピカになった!」と白い歯を見せてニカッと笑う。
このまま歯磨きと歯医者さん通いを続けて、永久歯こそは虫歯フリーを目指そうね。今は私が娘に「歯は大事にせなあかんで」と言っている。