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「エデュケーション―大学は私の人生を変えた」 タラ・ウエストオーバー

 すごい本だとは聞いていたけど、想像以上に打ちのめされた。これは、タラ・ウェストオーバーという女性が、自身の凄まじい半生をつづったノンフィクションの回想録である。

 彼女は、アイダホの山で7人きょうだいの末っ子として生まれる。彼女の両親は敬虔なモルモン教徒であり、サバイバリストだった。サバイバリストとは、いつか世界が終わる、文明が崩壊すると信じている人々である。彼らは食料や武器をため込んだり、シェルターを作ったりして、「北斗の拳」や「マッドマックス」のような世界が来ることに備えているのだ。

 タラの両親は普通の人が当たり前に享受している公共サービスを拒否している。政府、警察、病院、学校を決して信用しない。そのため、タラは出生届も出されず、学校にも通わず、家で勉強を教えてもらうわけでもなく、父親の仕事である廃品回収を手伝っていた。危険な仕事のせいでケガをしても、交通事故に遭っても、病院には行かせてもらえない。母親が調合したハーブを塗ったり、太陽の光を浴びるだけ。といっても両親は決してタラを心配していないわけではない。病院へ行ったらひどい目に遭わされる、殺される、と信じきっているのだ。ちなみに彼女は1986年生まれで現在34歳。何十年も昔の話ではない、これは現代の話なのである。 

 こうして外の世界を知らずに育ったタラが大学へ行くことを決意し、父親の目を盗んで勉強し、家を出て、大学へ通うことになる。初めて受ける教育によって、才能を開花させ、これまでの自分の世界を客観視し… と、とんとん拍子に話が進むのかと思いきや、そんなにうまくいかない。大学へ行っても、大学院へ進学しても、タラはアイダホの家に帰れば、父親の言うことに逆らえず、兄からはひどい虐待を受け続ける。大学の友人に説得されても、決して病院には行こうとしない。

 ひりひりしながらページをめくる読者からすれば、そんな家族とは早く縁を切っちゃえばいいのに、と思ったりもする。幼いころとは違い、今の彼女にはその力があるから。でも、家族ってそんな簡単なものではない。タラは家族を愛しているし、両親も自分たちなりの方法で彼女を深く愛している。ずっと世界の全てだった、神のような存在だった父から、そう簡単に逃れることができるはずがない。最後まで家族との絆を保とうとするタラの姿には、心を打たれる。自分を痛めつけてきた家族と縁を切ることなく和解する、過去を昇華することがどれほど難しいことなのか、考えさせられる。

 教育の恐ろしさと素晴らしさが、苦しいほどに分かる1冊。彼女が想像を絶するような努力と痛みを伴ってたどりついた境地を表す最後の1文にとても感動した。


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