ここは海だよ!
暑い暑い夏がようやく去った。
この町で初めて迎えた夏。マンションの平置き駐車場は炎天下で影がなく、車にたどり着くまでの数十メートルで私も娘も汗をかいてしまう。くっきりと濃い建物の影から出るときは毎回、えいっと覚悟が要った。
ある日、影が途切れるギリギリで止まって、かんかん照りの日向に歩き出すとき、娘が「ここは海だよ!」と言った。
えっ そうなの?
うん! ここから海!
二人で手をつないで「せ~の」で太陽の海に飛び込んで、「バシャバシャ」と口で言いながら車まで向かった。それだけで、炎天下を歩く憂鬱な気分が少し晴れた。
保育園からの帰り、車から降りる時も、娘は「ここは海!」と行ってからジャンプして降りる。マンションの影まで「急げ~!」と、手をつないで泳いでいく。「あっ、魚がいた」「クジラもいたよ」なんて言いながら。
保育園帰りは、娘も抱っこしてほしいのに私が息子を抱っこしているせいでグズっていることが多くて、私から「ほら、海だよ!」と言って気分を紛らわせることもあった。「泳げる? あそこまで一緒に泳いでいける?」と盛り上げて、なんとかマンションまで歩いてもらう作戦。たまに、「海だよ!」と言っても、ゴキゲン斜めで「違う!」と怒られることもあったけど。
ようやく秋が来て、駐車場の影がどんどん伸びて、私たちの車も影の中にすっぽり入り、娘は「海なくなっちゃったね」と言った。
夏の間だけ海になる私たちの駐車場。来年の夏、カンカン照りの駐車場で「ここは海だよ!」って言ったら、娘は覚えているかな?