ぼくはTSUTAYAの閉店を悲しむ
ぼくはTSUTAYAの閉店を悲しむ。ぼくは東京都大田区に住んでいる。おいおい個人情報をバラしちゃって大丈夫かよと思われるだろうが、大田区に住んでいる大学4年生は一人や二人ではないので問題ない。なんだかんだ大田区って広いですからね。大田区でもぼくが行ったことのない地域なんていくらでもあるし。「馬込文士村」でおなじみ(?)の馬込へ行ったのも今年の春休みが初めてだった。なので、ぼくが大田区生まれ大田区育ちの大学生であることを公表しても個人の特定には至るまい。
それに、大田区生まれ大田区育ちだということを明かさないと今日のnoteは書けない。今日のぼくは大田区池上のTSUTAYA池上駅前店の閉店について話そうと思うからだ。
池上はぼくの自宅(実家)の近くにある街だ。というか、完全に生活圏内と言っていい。ぼくと池上の街が密接に結び付いた最初の理由は、小学生の頃、カプリチョーザ池上店の隣にある合気道教室に通っていたからだ。親が勝手に決めた習い事なので、「通っていた」というより「通わされていた」と言うほうが正しい。いまとなってはいい思い出だけど、当時のぼくはあんまり合気道に乗り気じゃなかったなあ。技を覚えるのが難しくて……。「正面に向かって礼!」「先生に向かって礼!」「ありがとうございました!」みたいな礼儀作法的なやつは好きでしたけどね。
中学生になると、ぼくは大田区立池上図書館へよく行くようになった。当時の池上図書館には戯曲だとか映画の本だとか、音楽のCDだとか娯楽のCDだとかがたくさん置いてあった。ぼくはここで『テリー・ギリアム 映画作家が自身を語る』に出会ったし、大貫妙子のベストアルバムに出会ったし、『タモリ』と『タモリ2』に出会った。池上図書館には落ち着いた雰囲気の自習室もあって、ぼく的には結構お気に入りの自習室だった。部活の後輩の上川と一緒にそこで勉強したこともあったなあ。
高校生になってからは、TSUTAYA池上駅前店に行くようになった。当時のぼくは動画配信サービスには何も加入していなかったので、『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』を観るためにはTSUTAYAに行ってDVDを借りるしかなかったのである。このアニメは天文部の肥後先輩が好きだと言っていたアニメで、ぼくは肥後先輩からあらすじを聞いて気になったのでぜひ観てみたいと思ったのだった。
肥後先輩がどうして『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』を好きになったのかは知らない。もしかしたら当時話していたかもしれないが、いまのぼくは覚えていない。このアニメが放送されていた時には肥後先輩は10歳か11歳だったはずだから、まあ、リアルタイムで観ていた可能性はなくはないけど、10歳か11歳がハマるようなアニメじゃないよなあとは思う。でも、それを言うなら中学時代に大貫妙子にハマった2003年生まれだっているわけで、創作物にハマる時期に年齢は関係ないよな。……いや、ここまで書いて微かに思い出しましたが、肥後先輩はDVDで観て『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』にハマったみたいなことを言っていた気がする。だからこそぼくもTSUTAYAでDVDを借りようって話になった気がする。非常に断片的な記憶ですが、うっすら思い出してきました。いやあ、振り返っているうちに記憶って掘り起こされてくるもんですね……
『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』全11話+劇場版をレンタルDVDで観終わってからも、ぼくはTSUTAYA池上駅前店でDVDを借り続けた。1週間に1枚のペースで毎週借り続けた。当時は旧作DVDが7泊8日1枚108円(税込)だったので、貧しい高校生もそれぐらいはお金を払えたである。
TSUTAYA池上駅前店に行くようになったきっかけは日本のアニメだったが、本来のぼくは洋画派(?)だったので、洋画の作品を借りることがほとんどだった。有名どころだと『バルカン超特急』や『シャイニング』や『ドゥ・ザ・ライト・シング』や『いまを生きる』や『スター・トレック』3部作をTSUTAYA池上駅前店のレンタルDVDで初めて観た。まあ、これらの作品はTSUTAYAがなくてもそのうち観ていた可能性が高いけど、TSUTAYAがなかったら高校生のうちには観ていなかったとは思う。
TSUTAYA池上駅前店にはマニアックな洋画も多少は置いてあって、ぼくは偶然目にしたそれらを「なんだこれ。面白そうだな」と借りてみることがよくあった。『オー!ゴッド』とか『殺人ゲームへの招待』とか『のるかそるか』とか『フライド・グリーン・トマト』とか『デストラップ 死の罠』とか『おじさんに気をつけろ!』とか『カラー・オブ・ハート』とか『不機嫌な赤いバラ』とか『プチ・ニコラ』とか……。これらはTSUTAYA池上駅前店で偶然見かけていなかったら死ぬまで観ることがなかったかもしれない作品だ。
2019年に消費税が10%に上がって、TSUTAYA池上駅前店の旧作DVDは1枚110円(税込)になった。2020年になってもぼくはTSUTAYA池上駅前店には通っていたが(緊急事態宣言が明けた時もすぐ借りに行った)、ぼく自身が受験勉強に本腰を入れちゃったため、以前のように週1ペースで借りに行くことはなくなった。
2021年にぼくは大学に入学し、大学図書館のAVコーナーで無料でDVDを観るようになった。ネットの動画配信サービスにも加入したので、TSUTAYA池上駅前店からはいよいよ本格的に足が遠ざかった。2022年だったと思うが、ネットで配信されていない何かを借りるために久しぶりにTSUTAYA池上駅前店に行った時、旧作DVDが1枚275円(税込)に値上がりしていたので驚いた記憶がある。「1枚100円+税」の時代はいつの間にか終わっていたのかと衝撃を受けた。
しかし、TSUTAYAアプリでたまに「今週の土日は準新作・旧作が110円!」とかいうクーポンが届くと、ぼくはTSUTAYA池上駅前店に行った。ネットでは配信されていない作品を借りたかったからでもあるし(スタジオジブリ作品とか伊丹十三作品とか)、『オー!ゴッド』や『殺人ゲームへの招待』や『のるかそるか』のような掘り出し物の作品に偶然出会えるかもしれないと期待していたからでもある。まあ、実際にはそんな掘り出し物にはめったに出会えませんでしたけどね。
今年の7月。ぼくのスマホに、TSUTAYAアプリから「TSUTAYA池上駅前店 閉店のお知らせ」という通知が届いた。8月31日をもって閉店するという。そのお知らせを読んでぼくは一瞬フリーズした。知り合いの誰かが亡くなったという知らせを聞いたのと同じような感覚になったのだ。
たしかにここ数年、全国でTSUTAYAの店舗がどんどん閉店していっているという話は聞いていた。でも、TSUTAYA池上駅前店に限っては、なんとなく……なんとなくではあるが、これから先もずっと営業していくんだろうなと思い込んでいた。いや、TSUTAYA池上駅前店が閉店するとかしないとか、営業していくとかしていかないとか、そんなことを考えたことは一度もなかった。ぼくが合気道の教室に通っていた頃から、池上駅前にバスロータリーがあるのは当たり前だし、ミスタードーナツがあるのは当たり前だし、TSUTAYAがあるのは当たり前だったからだ。
だけど、考えてみたらそんなことは当たり前じゃないのだ。万物流転、この世のあらゆるものは変化し続ける。池上の街に限ったって、2021年3月にエトモ池上という駅ビルがオープンした。大田区立池上図書館は自前の建物を閉鎖して、その駅ビルの4階に移転した。図書館というよりはきれいな書店のようになってしまって、スターバックスと同じフロアでつながっているせいで話し声がザワザワ聞こえてくるし、自習室もイートインスペースみたいになってしまってぼく的には落ち着かない雰囲気になった。旧池上図書館と違って専用の駐輪場があるわけじゃないから、自転車で行った時、わざわざエトモ池上の駐輪場に停めに行かなくちゃいけないのも面倒だ(しかも3時間以上停めると有料になる!)。
池上駅前の商店街にあったキャンドゥ池上店も今年の4月に閉店した。3階建ての大きな店舗で、だけど通路は狭くて、ここにないものはないというような品揃え豊富な店舗で、ぼくは高校生の時からこの100円ショップでしょっちゅう日用品や非日用品を買っていた。キャンドゥだけじゃない。池上ではこの数年の間にミニストップ池上6丁目店も閉店した。串カツ田中池上店も閉店した。あの店もこの店も閉店していった。池上にあって当たり前のお店が消えていった。
仕方ないことなのだ。どうしようもないことなのだ。ぼくは思い出の場所をどんどん失っていっているが、それがこの世の道理なのである。あるのが当たり前だと思っていたものがなくなり、続くのが当たり前だと思っていたものが途絶える。人生はその繰り返しだ。
「TSUTAYA池上駅前店 閉店のお知らせ」がスマホに届いてから1週間後。TSUTAYAアプリから今度は「今週の土日は準新作・旧作が110円!」というクーポンが届いた。よし、今度の土曜に行ってみるか。TSUTAYA池上店へお別れに行ってみるか。当日の気分で「これは面白そうだな」と目に留まったDVDを借りることとしよう。
次の土曜日。ぼくは自転車でTSUTAYA池上店へ向かった。コンクリートの駐輪スペースに自転車を停め、ややボロさを感じる自動ドアを通る。閉店を聞きつけた大田区民が押し寄せて大混雑しているかと思ったら普通に空いていて、まあ、お客さんがあんまり来ないからこそ閉店することになったんだよなと冷静に考える。勝手知ったるTSUTAYAの庭、まずは準新作コーナーへ直進。うーん。いまいち気になるものはないぞ。
旧作洋画コーナーへ向かう。どれも借りて観たものばかりだなあ……『チャーリー・バートレットの男子トイレ相談室』も『ヴィンセントが教えてくれたこと』も観たし、『かいじゅうたちのいるところ』も『恋愛睡眠のすすめ』も観た。『ミート・ザ・ペアレンツ』だって『1』も『2』も観たしな。
ここでぼくの目に留まったのが、『サバービコン 仮面を被った街』という映画のDVDケースだ。ジャケットにアメリカ人夫婦っぽい二人の写真が載っていて、「この2人、何かおかしい。」というキャッチコピーが被さっている。2017年のアメリカ映画らしい。裏面の説明文には「ここはアメリカの理想の町、サバービコン。白人だけが暮らすコミュニティだ。だがこの町に黒人一家が引っ越してきたことから予期せぬ事態が起きる……」(大意)というようなことが書いてあった。おそらくはアメリカの人種差別を風刺したブラックコメディであるに違いない。ちょっと気になるぞ。よし、これを借りることにしよう。なにしろ本日は1枚110円(税込)DAYだし。
セルフレジでお会計。全額Vポイント(旧Tポイント)で支払ったので実質無料だ。きっとぼくのような客のせいでTSUTAYAの経営は厳しくなっているのだろう。借りたDVDを備え付けの黒いDVDバッグに入れ、TSUTAYA池上駅前店を退出。駐輪場で自転車の鍵をカチャ。そういえばこの駐輪場の前に警備員のおじさんがよく立っていたなあ。最近見かけないけど。
数日後。期末試験期間の最中、ぼくは自宅で『サバービコン 仮面を被った街』を観た。たしかに人種差別が描かれてはいるのだが、それ自体をブラックコメディの題材にしているわけではなくて、なんかぼくの想像していた映画とは違った。ただまあ、これはこれでよくできた不条理劇って感じで面白かったな、印象に残るシーンも多かったし、と思いながらエンドクレジットを眺めていたところ、「脚本 ジョエル・コーエン、イーサン・コーエン」と出てきたので納得。たしかにコーエン兄弟っぽい作品でしたわ。
110円(税込)クーポンがまた届いたらまた何か借りに行こうと思っていたが、結局、8月31日の閉店の日までに再びクーポンが届くことはなく、ぼくがTSUTAYA池上駅前店に行ったのは『サバービコン 仮面を被った街』を返しに行った時が最後になった。「閉店悲しい」「思い出の場所がなくなる」なんてことをここまで書き連ねていても、ぼくのTSUTAYA愛なんてしょせんそんなものである。
閉店から一週間ちょっと。TSUTAYA池上駅前店の跡地には看板や装飾(?)が残っているが、店内にひとの気配はなく真っ暗で、ああ、本当に閉店してしまったんだなあと感じさせられる。自動ドアに貼られている「22年間ご愛顧を賜りありがとうございました」という貼り紙が余計に切ない。
ぼくはTSUTAYA池上駅前店の閉店を悲しむ。それは単にDVDを借りられる場所が近所からなくなったからではなく、ぼくの人生の一部分を作った思い出の場所が消えてしまったからである。ただまあ、人間は環境に適応しながら生きていく生き物で、それは環境の変化に弱いぼくのような人間も例外ではなくて、ぼくはこれからきっとTSUTAYA池上駅前店の喪失を乗り越えて生きていくのであろう。
それに、思い出の場所がなくなったとしても、ぼくの中にある思い出までもがなくなるわけではない。ぼくの中でTSUTAYA池上駅前店の思い出は生き続ける。変な話だが、たとえぼくが認知症になってTSUTAYA池上駅前店のことを思い出せなくなったとしても、ぼくの中にあるTSUTAYA池上駅前店の思い出自体が消えるわけではないのだと思う。ぼくが思い出すとか思い出さないとかに関係なく、ぼくの人生にはこれまで出会ったひとや通った場所の思い出が刻み込まれている。TSUTAYA池上駅前店の思い出も、ぼくの人生の大切な要素としてあり続けるのだ。……って、たかがレンタルショップの閉店ごときでセンチメンタルになりすぎですかね?……うーん、そんなことないと思うけどなあ……