ぼくは彼女の実家でお刺身を食べる

 ぼくは彼女の実家でお刺身を食べる。ぼくには交際3年目の彼女がいる。彼女とは首都圏の大学の放送サークルの懇親会で知り合った。去年の11月、ぼくは彼女が暮らす桜木町の実家に連れて行かれ、彼女の父親と母親と弟に会わされて、晩ご飯を一緒に食べさせられた。

 彼女の両親との面会はともかくとして、彼女の弟(当時高校2年生)(現高校3年生)との面会はテンションが上がる出来事だった。ややこしい話なので詳細は省くが、ぼくはゲイなのでカッコかわいい男子高校生は大好物なのである(物議を醸す記述)。というか、孝彦くんに会えると事前に聞かされていたからこそ、ぼくは由梨の実家にわざわざ行ったのだ。孝彦くんのためならぼくは大抵のことはやれる。

 とはいえ、仮に美男子高校生に会えるとしても彼女の実家に行くのは気が進まない。去年の秋以来、ぼくは由梨から何度も「またうちに来い」「またうちでメシを食え」と脅されていたし、その度に「うちに来ればまたたぁくん(孝彦くん)に会えるよ?」と甘い言葉を囁かれたが、孝彦くんに会えるとしてもやっぱり由梨の実家には行きたくない。めちゃくちゃ緊張するし、気まずい気分になるから嫌だ。

 にもかかわらず、先週、ぼくは由梨の実家へまた行った。ぼくとしては何度も抵抗したはずなのに、気が付いたら再訪問計画が勝手に進んでしまっていて、ぼくは由梨の実家に再びお邪魔する羽目になったのだ。

 ……いやね、これには深いワケがありまして。6月が孝彦くんの誕生日だったんですよ。で、ぼくとしては直接会ってお祝いしたくて、だけど6月は(ぼくを含め)みんな忙しいから時間を取れないねということになって、じゃあ夏休みの平日の昼ならどうかという話になったんですよ。夏休み、孝彦くんは塾がない日(or塾が夜だけの日)があるみたいですしね。ぼくは孝彦くんから今年の春にディズニーシーのお土産をもらっちゃってるわけだし、まあ今回ばかりは孝彦くんに誕生日プレゼントを渡しにご実家へ伺うしかねえかとの決断に至ったというわけです。平日の昼間なら由梨のお父さんは家にいないので、少しは緊張しないで済むだろうし。

 プレゼントに何を持っていくかについてはかなり悩んだ。孝彦くんが好きなマロッシュのヨーグルトソーダ味を持っていくのは確定として、ちゃんとしたプレゼントは何にしようか。ぼくはガチで悩みすぎてしまって、孝彦くんが出てくる夢を2回見たほどだ。1回目はぼくと孝彦くんが高校の体育の授業で一緒にサッカーの試合をやっている夢だった。夢の中でのぼくはなぜか孝彦くんと同じ学年の高校生という設定だった。2回目はぼくと孝彦くんがオーラルセックスをしている夢だった。高校生を相手になんて夢を見ているんだと裁判にかけられて実刑判決を食らいそうだが、現にそういう夢を見てしまったのだからしょうがない!

マロッシュのヨーグルトソーダ味(グミみたいなやつ)

 はあ。誕生日プレゼント何にしようか。近所のスーパーで恐竜の電動おもちゃみたいなのを見かけたのでこれにしようかと一瞬思ったが、値段が8,000円という異常な高額だったし、そもそも冷静に考えたら高3(18歳)がもらってうれしいプレゼントではない気がするので却下。まあ、それでも200円なら買ってたと思いますけどね。

 ぼくといえば友人への誕生日プレゼントをヴィレッジヴァンガードで調達することでおなじみの男である。由梨に「孝彦くんへの誕プレ、ヴィレヴァンでもいいかな?」と相談したらお許しが出たので、ヴィレヴァンで適当に取り繕うことにする。困った時のヴィレヴァンである。……本当は、由梨から「ヴィレヴァンで何を買うの?」と聞かれたので「まだ決めてないけど」と答えたら「絶対に無駄遣いするに決まってる」と真顔で説教されたとかいう細かい話もあるんですけど、楽しい話じゃないんで省きます。

 訪問前々日。由梨から「明後日、たぁくんがお魚を切ると言ってるよ! お刺身と海鮮丼どっちがいいかって!」とのLINEが届く。……魚を……切る……だと……? たしかに孝彦くんは釣りが趣味で、魚を解体したこともあると聞いてはいたが、まさかこのタイミングで孝彦くんの生魚料理をいただけるとは思ってなかったぞ。ぼくはご飯に刺身を乗っけたら海鮮丼なんだからどっちも似たようなもんだろと思いつつ、でも海鮮丼のほうが手間がかかって作るのが面倒そうに感じたので、「たぁくんの魚……!」「どっちでもうれしいけど刺身でいいよ!」「でもたぁくんに任せる!」と連投で返した。ついでに歓喜のスタンプも送った。楽しみだな、孝彦くんのお魚。早く食べたいな、孝彦くんのお魚。ただ、孝彦くんはぼくのLINEを知っているのにどうして由梨経由で尋ねてくるのかとそこは疑問に思った。

 当日午前。孝彦くんへのプレゼントと手土産のシベリアを携え、JR桜木町駅へと向かう。このシベリアというのは以前由梨の家に持っていったお菓子で、由梨から「また何か手土産を持ってくるつもりならあのシベリアを持ってこい」と命じられていたやつである。JR桜木町駅到着。暑い中を数分待たされ(といってもまだ集合時間前だったが)、やってきた由梨と合流する。小手家のような金持ちでないと入店すら許されない高級スーパー、成城石井シァル桜木町店で醤油だとか牛乳だとかの買い物を付き合わされたのち、横浜市営地下鉄ブルーラインに乗せられ、某駅で下車し、うだるような暑さの中を歩いて小手家へ向かう。今年の夏は明らかに去年より暑い。

 由梨が自宅の鍵を開けるのを無言で見つめる。この時のぼくは暑さのあまり緊張するのを忘れていた。由梨が玄関のドアを開けた瞬間、家の中から冷房の涼しい風がやってくるのを感じた。お邪魔します。

 由梨が「ただいま。(ぼくの下の名前くん)を連れて来たよ」と言うや否や、リビングから由梨のお母さんがやってきた。ぼくは礼儀正しくお辞儀をし、「この度はお招きいただきありがとうございます。それではお邪魔させていただきます」と最上級の敬語で謝意を述べる。由梨のお母さんは「そんな硬くならないで」と言って笑っていた。由梨がぼくの手土産のシベリアを由梨のお母さんに渡したが、その時に由梨のお母さんは「シベリア! ありがとう」と言いつつも目が笑っていなかったので、ぼくは手土産のチョイスをミスったように感じて恥ずかしくなった。

 リビングへお邪魔したら、孝彦くんがキッチンで料理をしているのが目に入った。何やら揚げている。孝彦くんが料理に集中してぼくに気付かないふりをしているのが分かったので、ぼくはリュックサックをソファの脇に置かせてもらいながら「孝彦くん! 来たよ!」と声をかける。孝彦くんは振り返って「どうも」と言うと、ちょっとだけニヤッと笑った。かわいい。抱きしめたい。ぼくと由梨が「何作ってるの?」とキッチンへ近寄ったら、孝彦くんが「ここに来る前に手を洗ってきてください」と言ってきて、それはそうだなと思ったのでぼくは素直にその場を離れて洗面台をお借りした。これは余談だが、由梨の家の石鹸は良い匂いがして、嗅いでいるだけで気分が落ち着くやつである。

 手を洗ってリビングに戻り、由梨のお母さんからお茶をいただく。約束通りに(?)キッチンへGO。由梨と由梨のお母さんが成城石井の買い物を冷蔵庫にしまっているのを横目に、ぼくは孝彦くんにちょっかいを出す。孝彦くんは包丁で生魚を切り始めたところで、そのシルエットはまるで寿司職人のようだった(寿司職人の姿を生で見たことはないが)。

 孝彦くんが包丁でブリを切るところをみんなで見つめていたが、孝彦くんが「見られるとやりにくい」と言うので、みんな一旦はキッチンを離れる。ただ、ぼくとしては孝彦くんを完全に一人で放置するのは悪い気がしたので(これから食べる料理を作ってもらっているわけだし)、由梨に「ちょっとだけ孝彦くんの助手やってくるね」と告げてキッチンへ戻った。

 孝彦くんに「何か手伝うことある?」と聞いたら、「じゃあ、そこからお皿出してください。下の。白いの」と言われたので、ぼくは命令通りに棚から白いお皿を取り出す。後ろを振り返ると、由梨と由梨のお母さんは椅子に座ってこちらを無視して話し込んでいる。ぼくは、ぼくと孝彦くんが二人きりで一緒に料理をしているという現実に気付いて急にテンションが上がってしまい(一緒に料理といってもぼくはお皿を出しただけだが)、やや小声ではあるが、魚を切っている孝彦くんの隣で「たぁくん! さかな! サカナ!  たぁくん! さかな! サカナ!」と小躍りしてはしゃいでしまった。……えっと、ぼくってそういうことをする男なのです。

 そうしたら、孝彦くんは「うるさい!」と真顔で怒鳴ってきた。ツッコミとかではなくガチギレである。ぼくは一気にテンションが落ちて黙り込む。と同時に、料理人の隣ではしゃいでしまった自分自身の軽率さを悔やむ。ぼくが落ち込んでいるのを不憫に思ったのか、数秒後に孝彦くんは「……ふつうに危ないんで。包丁を使っている時はふざけないでください」と気を遣ってフォローしてくれたけど、これじゃあどっちが年上でどっちが年下なんだか分かりません……

 そのあとはタラの竜田揚げをお皿に盛って、お刺身をお皿に盛って(孝彦くんは盛り付けがめちゃくちゃ上手い)、由梨と由梨のお母さんも合流して白いご飯をお椀によそったり、味噌汁をお椀によそったり、由梨のお母さんが事前に作っておいてくださったサラダを冷蔵庫から出したりして、テーブルに移動してみんなでいただきます。平日の昼間からこんな豪華なお刺身をいただいちゃって申し訳ない。由梨のお父さんからすれば本気で腹立たしい状況だろうな。仕事中にマイホームで娘の彼氏が自分以外の家族と刺身ランチしてるって。世が世ならぼくは討たれていてもしょうがないぞ。由梨のお父さんすみません。……まあ、仕事中って言っても、向こうもお昼ご飯の時間でしょうけど。

 テーブルではぼくと孝彦くんが並んで座って、その向かい側に由梨のお母さんと由梨が座った。去年の11月にもこのnoteに貼ったイメージ画像を再び使って解説すると、④にぼく、⑤に孝彦くん、②に由梨のお母さん、③に由梨が座ったというわけである。

小手家ダイニングテーブルのイメージ図

 ぼくは世間一般の彼氏が彼女の実家にお邪魔するパターンについて詳しくないが、こういう時って、カップルは並んで座るのが通常なんじゃないかと思う。あるいは対面の位置に座るとか。まあ、由梨的には、自分の家族とぼくを絡ませるのが今回の刺身昼食会の目的なのだからこれでよいのだろう。昔から由梨はそういうやつだ。自分の好きなひと同士を親しくさせたがるやつなのだ(おかげでぼくは由梨のバイト先のひとや大学の友人に何度も会わされている)。

 孝彦くんが切ってくれたお刺身をいただきながら、ぼくたち4人は、この魚はどこで買ったものなのかとか、孝彦くんは受験が終わるまで釣りが禁止されているとかいった話をした。ぼくが何とはなしに「ダイソーで売っている釣り竿でも魚は釣れるの?」と話題を振ったら、孝彦くんからリールがどうのとかいう専門的な講義が繰り広げられて、ぼくは聞き役に徹した。孝彦くんが何を言っているのかちんぷんかんぷんだったが、とりあえずこの美少年が楽しそうならそれでいい。

 由梨のお母さんからは、今年の春休み、ぼくが孝彦くんと友人の添田くんをうちの大学のキャンパスに案内してあげた件で感謝された。その時の思い出話になって、孝彦くんは「学食はまずくなかった」「思っていたよりキャンパスがきれいだった」と感想を述べていた。しかしうちの大学を受験する気はないようで、由梨と由梨のお母さんから「受けてみたら?」と言われたら「興味ない」と返していましたがね。

 それから、ぼくのバイト先のコンビニの話になって、ぼくは「夏季限定のカウンターフーズ(レジで売っている揚げ物)が意外とよく売れる」という話をした。由梨のお母さんがなぜかこの話題に興味を示し、「それなら(ぼくの下の名前)さんの働いているお店に今度買いに行こうかな」などと言ってきたので、ぼくは桜木町エリアにも同じチェーンの店舗はたくさんあるであろうこと、どこの店舗でもからあげクンの味は変わらないであろうことを伝えた。由梨のお母さんって天然だよなあ……。そうしたら今度は孝彦くんがカウンターフーズの調理法に興味を持ってしまい、ぼくに色々質問してきたので、ぼくは「コンビニ店員がレジ裏でやっているのは料理ではなく解凍である」という残酷な真実を伝えなければならなかった。

某コンビニ夏季限定商品のイメージ図

 さて、お刺身のお味についてですが、大変美味しかったです。こんなに美味しいマグロは初めて食べましたよ。もともとただでさえ美味しいお魚が、孝彦くんが包丁で切ったという付加価値で神級に美味しくなった感じ。ぼくが「孝彦くんが切ってくれたおかげで美味しいよ!」と言うと、孝彦くんからは「魚が美味しいのは魚のおかげですね」と冷たく返されたが。でも、孝彦くんの切り方が上手かったからより美味しくなったのは事実だと思う。

 隣で孝彦くんが白いご飯にお刺身を乗っけて食べていたので、ぼくが「それ海鮮丼じゃん!」とツッコむと、孝彦くんはもぐもぐしながら無言でぼくを見つめてきた。……なにこれ……めちゃくちゃかわいいんですけど……。たぶん孝彦くんとしては「なにくだらねえこと言ってんだ。うるせえわ」的な意味でぼくを見つめ返してきたのだと思うのだが、どっちにしろぼくはその小動物っぽい所作にやられてしまった。

 お刺身だけじゃなく竜田揚げも美味しかったし、お米も美味しかったし、お味噌汁(非インスタント)も美味しかったし、サラダも美味しかった。サラダの中にはトマトが入っていたのだが、どうやら孝彦くんはトマトが好きではないらしく、由梨と由梨のお母さんが目を離している隙に、自分の箸を使って無言でぼくのサラダにトマトを移してきた。「苦手だから代わりに食ってくれ」的な意味でトマトを移してきたのだと察したので、ぼくとしては黙って受け入れてやることにした。まあ、自分の嫌いなものを他人に食わせるってわがままなやつだなとは思いましたけどね。でも逆に言うと、そんなことをするぐらいぼくに心を許しているんだなと思った。ぼくに対して遠慮がないっていうか。あと、これは間接キスになるぞとも思った。孝彦くんのほうは全然意識しないだろうけど、ぼくはがっつり意識します。

 孝彦くんがぼくのサラダにトマトを移したのを由梨はめざとく目撃していて、「たぁくん、ダメだよ」と孝彦くんを注意してきた。由梨のお母さんは何のことだか分からずキョトンとする。由梨が「たぁくんが(ぼくの下の名前)くんのお皿にトマトを移した」と告げ口したので、ぼくは由梨のお母さんに「いや、ぼくが食べたかったんです。ぼくトマト好きなんで」と言って孝彦くんを庇った。もちろん大嘘である。ぼくは別にトマトは好きでも嫌いでもない。由梨のお母さんは孝彦くんを注意したあと、ぼくに「ごめんなさい」と謝ったが、ぼくは「いや、ぼくトマト好きなんで。こちらこそごめんなさい(?)」の一点張りで押し切った。ぼくが真っ赤な嘘をついているのはバレバレなので少し恥ずかしかった。

 恥ずかしかったといえば、食事中、ぼくが先月の国立劇場歌舞伎鑑賞教室で『義経千本桜』を観て泣いたことを由梨にバラされたのも恥ずかしかったな……。この時ばかりは久しぶりに由梨にムカついた。それと、この時にぼくが由梨のことを「由梨」と呼び捨てしたのを由梨のお母さんに聞かれたのも恥ずかしかった。ぼくは由梨のご家族の前では由梨のことを「由梨さん」とさん付けで呼ぶようにしている。だが、この時のぼくは涙の件をバラされて動揺して、由梨のことを普段のように呼び捨てで呼んでしまったのだ。ぼくらの交際がバレたみたいで恥ずかしい(そこは最初からバレている)。

 お刺身も竜田揚げも食べ終わったあと(孝彦くんはご飯をおかわりしていてさすが育ち盛りだなと思った)、由梨が「一応今日はたぁくんのお誕生日のお祝いだからね」と言って立ち上がった。ぼくに向かって、自分と一緒にキッチンへ来いと手招きする。よく分からないけど一緒にキッチンへ。由梨が冷蔵庫を開けてケーキの箱っぽい箱を取り出した。ははあ、そういうことですか。由梨が箱、ぼくが人数分のお皿を持ってテーブルへ戻る。由梨が箱を開けると、中にはカットされているケーキ(チーズケーキとかチョコレートケーキ)が4つ入っていた。高そう。平日の昼間から食べていいものじゃなさそう。金持ちはこれだからエグい。孝彦くんは「誕生日から2か月経つんだけど」と言いながら、口元を緩ませて喜んでいた。まあ、照れていたのかな。

 みんなでケーキを食べて、その流れでぼくは孝彦くんに誕生日プレゼントを渡した。まずはマロッシュのヨーグルトソーダ味。孝彦くんは「さっそく今日から食べます」と言って明らかに喜んでいた。続いて、ヴィレッジヴァンガードの袋。『スター・ウォーズ』の布袋とか『パウ・パトロール』のお風呂パズルとか触るとムニュムニュする人形が入っている。由梨のお母さんの前でこのプレゼントを見られるのはめちゃくちゃ恥ずかしい。こういうのは親がいないところで渡したりもらったりするやつだ。孝彦くんは「なんだこれ」「使い道に困る」と言いながらも笑って喜んでいた。

 ……えっと、このあとぼくは小手家の2階へ上がって、孝彦くんの部屋にお邪魔したのだが、気が付いたらここまででもう7,000字を超えているので、その話は次回書くことにします。というか、別に大した出来事もなかったので書かないかもしれません。まあ、本日のnoteの結論としては、「孝彦くんが切ったお刺身は美味しかったよ」ということで。あと、孝彦くんからまるで同学年の友達のように扱われたのもうれしかったな。単に舐められてるだけな気もしますけど。

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