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【ハーブ天然ものがたり】ヤロウ


ヤロウの神託


ずいぶん昔になりますが精油のヤロウをはじめて購入したのは、その名を知らなかったのでどんな香りがするのかな、という好奇心からでした。
注文してすぐにヤロウってどんな植物だろうと調べはじめると
「あれれ?ヤロウってハゴロモソウのことだったのか、あぁそっか、種子名がちがうのね、西洋ノコギリソウ…、あっノコギリの方で呼ぶのね、ふぅぅん」
という感じで、アロマ&ハーブ界における市場流通シェアは(利権がらみとなるゆえか)俄然として西洋ものが強いんだなぁと複雑なキモチになったものでした。

日本に自生するノコギリソウ 学名 Achillea alpina は、ロシア、中国大陸にも自生するキク科のハーブで、葉がノコ歯のようにギザギザした形状なのでノコギリソウと呼ばれます。

見方によってはのこぎりというより羽のように見えることから、ハゴロモソウとも呼ばれます。(バラ科のハゴロモグサ、別名レディースマントルの方ではありません)

ノコギリソウ(ハゴロモソウ)は標高1000メートル以上の高地に自生する多年性植物で、白やピンクの花をつけ、茎がまっすぐに伸びて木の枝のようにかたいので、古くは筮竹ぜいちく(易占でつかわれる50本の細い棒)として使われてきました。
ヤロウの神託、またはYarrow stalk oracle (ヤロウの茎の託宣)と呼ばれる易経で、未来を予言する道具として重用されてきた歴史があります。

ウィキペディア-筮竹
易占において使われる50本の竹ひごのようなもの。
竹でないものもすべて含めて筮(めどき)と呼ぶ。
繋辞伝(けいじでん・易経、
古代中国の書物のひとつで著者は伏羲とされている)に
「蓍之徳圓而神卦之徳方以知」とあることから
古くは蓍(シ、めどぎ。キク科多年草ノコギリソウ)の
茎を用いていたことが分かる。


ヤロウのハーブティや精油を抽出しているのはセイヨウノコギリソウ(西洋鋸草)が一般的です。
学名 Achillea millefolium アキレア・ミルフォイル。
ヨーロッパ原産ですが北半球全般に広がっており、本州、北海道にも帰化して、自然交配しながらハゴロモソウとの交配種も野生化しているようです。

属名のアキレア(Achillea)は古代ギリシャの英雄アキレスにちなんでつけられた名です。
伝説のひとつに、ヤロウはアキレスが捨てた錆びた槍の山から育ったというものがあり、アキレスはトロイア戦争のあいだ、ヤロウの止血作用を賢者ケイローンより教わっていたこともあり、多くの戦士の傷をヤロウで癒したと伝えられています。

ウィキペディア-トロイア戦争
負傷したパトロクロスに包帯を巻くアキレウス
紀元前500年ごろの赤絵式キュリクス。旧博物館所蔵。


占の道具としてヤロウを用いたのは中国の易者だけではありません。
古代ケルト人、ドルイド教の僧たちは天候占いにヤロウの茎を使用したといいます。

ヤロウの特徴は茎がまっすぐで、かたいことですが、中心軸がしっかりしていながら葉はミルフォイル(千の葉という意)にかこまれて、羽衣のようにも見えるやさしい風合いの立ち姿をしています。
特徴的な葉っぱは鋸刃にみえたり、羽衣にみえたり、(国によっては)ゲジゲジにみえたりするようで、いろいろな名前があります。

ウィキペディア-ノコギリソウ属


易占をしたことがある人や、聞き上手な人、相談を持ちかけられやすい人ならば身に覚えがあると思うのですが、傷ついた経験や心の闇(消えない恨み、ねたみ、復讐心など)を打ち明けられると、そのエネルギーをそっくりそのまま引き受けてしまうことがあるかと思います。

親身になるほどそういったエネルギー交換は起こりやすいと思うのですが、ヤロウは輪郭はふんわりやさしくとも、芯がしっかりしているので、どのようなエネルギーも受け入れつつ決して左右されないことを表し、易占に向いていると古人は考えたのでしょうか。それとも古代中国の神、伏羲に教えてもらったのでしょうか。

のこぎり羽衣はごろもか、あるいはそのどちらの要素も併せ持っているからなのか、ヤロウはやさしく傷を癒しつつも、ときに気付け薬のように曇った瞳を明るく開かせ、「戦士の傷薬」「忠実なハーブ」「大工の草」など、さまざまな愛称をもち、からだの傷も心の傷も、癒し、慰め、ととのえるハーブとして古代から重用されてきました。

同じキク科植物のカモミールとはいくつか共通項があるのですが、抗炎症作用で有名なアズレンを含んでいること、根から出る分泌液によって、そばに生えている植物の病気を治したり害虫から守るコンパニオンプランツであること、そして香りが怒りを鎮めるのに助けになると伝えられてきたこと、などがあります。

怒りが復讐心に結びつくと、深い深い闇の連鎖がはじまります。
自分を責め、相手を責め、環境を責め、いちばんの悪者は誰だとばかりに脳内裁判がはじまり、自らが鉄槌を下さねばならぬと勢いづいて、負の連鎖は複雑に絡み合い、自他ともに特大の傷つけあい&傷口拡大ループに嵌ってゆくことも。

ヤロウは迷宮に入りこんだ負の感情を、ときに羽衣で包むような、ときに鋸刃でばっさりと断ち切るような、ときにゲジゲジ的に徘徊するのはもうまっぴら!とうんざりさせて迷宮の出口へ導くような、フシギなはたらきがあると(個人的に)感じています。

怒りエネルギーの扱いに困ったときのファーストチョイスは柑橘系の香りですが、それでもしつこくこびりついて流せない怒りには、キク科植物のカモミール、ヤロウ、イモーテル(ヘリクリサム)の香りが助けになるなぁと思います。

ヤロウは生命力、繁殖力がとても強く、手押し車いっぱいの堆肥用生ゴミに一枚の葉を入れるだけで、急速に堆肥用原料(ゴミ)を分解していく凄まじさがあるといわれます。
ゴミだろうと不要物であろうと、分解してしまえば土地を肥やす宝物に変身して、次世代の栄養になることができます。
ヤロウの香り(と、カモミールをはじめとする一部のキク科ハーブ)は、怒りの感情もそんな風にさくさく分解して、レアな経験値という宝物に変化させてしまう魔力をもっているのではなかろうか、と感じています。


ヤロウを愛した先達


先史時代、ネアンデルタール人の墓地で有名なシャニダール洞窟(イラク北部)からは、ヤロウの花粉が大量に発見されています。

イギリスでは5世紀頃から薬草として栽培し、民間療法として火傷や切り傷に効く軟膏としていました。
中世時代には悪魔から身を守るため結婚式の花束にしていました。
アメリカでは開拓時代に栽培がはじまり、外傷薬として用いてきました。
19世紀には乾燥させた葉をタバコとして活用していました。

ネイティブアメリカンのメディスンホイールには、東の方角と初夏(5月21日ころからの1か月間、占星学では双子座の時期)をつかさどるハーブとしてトーテムに加えられました。
ハーブ水は疲労回復や消化器系を整えるため飲用し、血液浄化と発汗作用によってデトックス効果があると考えていました。とくに根の煎じ液は筋肉を強化するのによいと信じられていました。
粘膜をまもる作用によって痔の予防や風邪の緩和剤にし、歯が痛むときは葉を噛んで痛みを和らげ、虫に刺された部位にもかみ砕いた葉を塗りました。
生の全草から搾り取った汁は目薬として使用していました。

双子サインの特徴に、たしかにヤロウは似ているところがあると感じます。
能力が高く多才で、汎用性があることからどんな分野(環境)でも自分の場所を確保できること。
ピリッとした辛みは、双子座が逆境に追い込まれたときに発揮する、機敏で過激なユーモアに似て、キュートで可愛らしい見た目に似合わぬ毒気を吐いて、気付け薬のような役割を担うというあたりも。

現代でもヤロウのハーブティには強壮効果、食欲増進、発汗、解熱作用があるといわれ、外用薬としても葉の汁をしぼったものや、煎じてハーブ水にしたもの、ワインで煮出したものを、冷ましてから傷口の消毒剤に使う方法が伝えられています。
傷を治すハーブとしての信用性が高く、葉はそのまま傷口にあてがったり、乾燥させたものを粉末にして軟膏にするなどの使い方があります。


勇者アキレスの名をもつハーブ


トロイア戦争の立役者アキレスは海の女神テティスの子供で、生まれたばかりの息子アキレスを不死の体にするために、冥府にあるステュクス川に浸したお話は有名です。
母テティスはアキレスのかかとを掴んでいたので、そこだけは川の魔力に浸されず、不死の魔法がかかりませんでした。
アキレスは成長し英雄となりますが、唯一の弱点であるかかと(アキレス腱)をトロイア戦争で射られて死に至ります。

トロイア戦争では矜持と友情のあいだでゆれうごき、総大将アガメムノンとのパワーゲームによる確執が通奏低音のように横たわり、勇者アキレスは怒りと復讐心を爆発させて、武勇伝から非道な愚行まで、戦禍に生きる人間のひな型像をこれでもか、というくらい見せつけてくれます。

長きにわたるトロイア戦争の物語のなかから、戦争突入後10年目のある日に起きたアキレスの怒りから、イーリオスの英雄ヘクトールの葬儀までを描写する「イリアス」の物語を抜粋してみます。
ギリシアの叙事詩として最古であり、最高と称されるお話です。

【主な登場人物】
ギリシャ勢・総大将アガメムノン、アキレスと友人のパトロクロス
対するイ-リオス勢・総大将プリアモス王とその息子ヘクトール

「イリアス」の物語 ウィキペディア-イーリアス

ギリシア勢がトロイア戦争を開始してから十年目、(アキレスの)戦利品である愛妾を総大将アガメムノーンに奪われた。理不尽な行為に腹をたてたアキレウスは、それ以降戦いに参加しなくなる。

アキレウス退陣とともに神々の加護を失ったギリシア勢は、名だたる英雄たちも傷つき総崩れとなり、陣地の中にまで攻め込まれる。
(アキレスの友人)パトロクロスは、出陣してくれと頼むがアキレウスは首を縦に振らない。

パトロクロスはアキレウスの鎧を借りて出陣し、ギリシア勢はイーリオス勢を押し返す。しかしパトロクロスは、イーリオスの王プリアモスの息子で事実上の総大将であるヘクトールに討たれ、アキレウスの鎧も奪われてしまう。

パトロクロスの死をアキレウスは深く嘆き、ヘクトールへの復讐のために出陣することを決心する。
出陣したアキレウスは、イーリオスの名だたる勇士たちを葬り去る。
アキレウスとヘクトールの一騎討ちで、ついにヘクトールはアキレウスに冷酷な殺し文句と共に討たれる。アキレウスはヘクトールの鎧を剥ぎ、彼を戦車の後ろにつなげて引きずりまわす。
復讐を遂げて満足したアキレウスは、さまざまな賞品を賭けてパトロクロスの霊をなぐさめるための競技会を開く。

競技会が終わった後も、アキレウスはヘクトールの遺体を引きずりまわすことをやめない。ヘクトールの父プリアモスはこれを悲しみ、深夜アキレウスのもとを訪れ、息子の遺体を返してくれるように頼む。
アキレウスはプリアモスをいたわり、ヘクトールの遺体を返す。

アキレスは死後、冥府にやってきた同胞のオデュッセウスに
「死人の王になるよりも、生きてつまらぬ男に仕えることのほうがましだ」と語ったといいます。
その記述を読んだとき、死してなお戦いの日々に飽いていないアキレスというひな形が、地上社会の戦禍を牽引してきた、強力な神話のひとつなのかもしれないな、と思いました。

復讐したりヤロウで癒したり、複雑なアキレス・キャラは、賢者ケイローンのもとで育ったことを考えると、矛盾を抱えるものの象徴を引き受けてくれた半人半馬のスピリットを、同じように受け継いでいるのかもしれません。

怒りと復讐の楔は不動のごとく地上世界に打ち込まれ、いまもなおギリシャ神話から再創造された地球史を、数千年にわたって席巻しています。

負の連鎖が生み出すエネルギーにどう対峙してゆくのか、人類の課題としては大きすぎる難問ですが、そんな現代社会のなかでアキレスの名をもつヤロウの役割は、怒りと復讐の炎を分解し、ひたすらに鎮火してゆくことなのかな、と思っています。

☆☆☆

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