“知ろうとしないこと”が何よりも怖いんだ…差別や偏見に対する痛烈な社会風刺を込めた愛と決意と進化の物語「動物界」現在上映中【ホラー映画を毎日観るナレーター】(710日目)
「動物界」(2023)
トマ•カイエ監督
◆あらすじ
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近未来。人類は原因不明の突然変異によって、徐々に身体が動物と化していくパンデミックに見舞われていた。"新生物"はその凶暴性ゆえに施設で隔離されており、フランソワの妻ラナもそのひとりだった。しかしある日、移送中の事故によって、彼らは野に放たれる。フランソワは16歳の息子エミールとともにラナの行方を必死に探すが、次第にエミールの身体に変化が出始める…。人間と新生物の分断が激化するなかで、親子が下した最後の決断とはーー?(animal-kingdom.jpより引用)
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公式サイト↓
『突然変異によって徐々に身体が動物と化す奇病が蔓延する世界。その病にかかった妻が行方不明となり、主人公は息子と共に行方を追うが、息子の身体にも変化が出始めてしまう。動物化した人間に対する差別や偏見が激化する中、息子の動物化を知った父親が下す決断とは…』
という内容のアニマルスリラーであると同時に、社会派のヒューマンドラマ映画としての側面を持ち合わせる超大作です。これはちょっとヤバいですね。私は映画の後半ずっと泣きっぱなしでした。
如何にもフランス映画らしい『表情や目で物語る』演技がバチッとハマっており、余計なやり取りや設定などの説明台詞を極力削っているのも非常に好みでした。映画を見る度に「見てたらそのうち分かるんだから、いちいち説明台詞入れなくていいだろ」と思ってる映画通の皆様も唸らせること間違いなしです。
音楽や映像も非常に芸術的ですし、詳しくは後述しますが、中盤で父と息子が母親を探して森の中を車で走るシーンやラストの父親の表情など、どれもこれも一晩中語り明かしたくなるようなシーンばかりです。
そして何よりも、徐々に身体が動物になってしまうという突然変異を恐怖やパニック等のエンタメとして扱うのではなく、差別や偏見、ルッキズム、移民問題、感染症などに対するメタファーとして描いているのが素晴らしかったです。また、それ自体を必要以上に強調せず、説教臭くなっていないのも高評価です。
内容は異なりますが、描いていることやテーマなど感覚的には私が最も泣いたホラー映画「ボーンズ アンド オール」(’22)に近いかもしれません。
今作「動物界」(原題:The Animal Kingdom)は2023年、フランスのアカデミー賞と呼ばれるセザール賞(第49回)においてなんと12部門にノミネート。これは日本でも大ヒットを記録したクライム映画「落下の解剖学」(’23)の10部門を超えており、さらにはその内、音楽賞、撮影賞、音響賞、視覚効果賞、衣装デザイン賞にて最優秀賞に選ばれるなど同国でも相当な話題になったそうです。
ちなみに「落下の解剖学」はカンヌ国際映画祭においてパルム•ドール(最高賞)を受賞、その他、ヨーロッパ映画賞やゴールデングローブ賞、英国アカデミー賞、アカデミー賞等など膨大な数の賞を獲得したりノミネートされている怪物作です。
なもんで、あくまでもセザール賞においては今作の方が少し多いということです。もちろん今作も十分に凄いことには違いありませんが。
そんな今作で監督•脚本を務めたトマ•カイエ氏(トーマス•ケイリーと表記される場合も)はドキュメンタリー番組の制作会社に3年務めた後、ラ•フェミス(国立映像音響研究所)の脚本科コースに入りました。
2014年には長編映画監督&脚本デビュー作となる「ラブ•アット•ファースト•ファイト」にてセザール賞の初監督作品賞を含む9つにノミネート。その他にも各映画祭にて数々の賞を獲得しました。
そんなカイエ氏による長編映画2作目となるのが今作です。私はもうすでに大ファンになったので、どうにかして「ラブ•アット•ファースト•ファイト」も視聴できないもんかと探してます。
◇少し先の未来。身体が徐々に動物と化す謎の奇病が世界中で蔓延していた。動物と化した人々は新生物と呼ばれ、凶暴性を持つことから施設にて隔離されていた。料理人のフランソワは妻のラナが新生物になってしまい、今ではたまに面会する程度だが会話はおろか、自分たちのことを覚えているのかも定かではない。そんな母親に複雑な思いを抱える思春期の息子エミールとギクシャクした生活を送るフランソワだったが、ある日、移送中の事故によりラナが行方不明となってしまう。必死の捜索を続ける2人だったが、そんな折、エミールの身体にも徐々に新生物化の症状が出始めてしまう。必死に隠し通そうとするエミールは偶然出会った新生物たちと交流を深めていくが、あることがきっかけで事件を起こしてしまう。そしてエミールの新生物化を知ったフランソワが最後に下す決断とは…
というのが細かいあらすじとなっております。
※今回はネタバレ一切無しで、ただただ印象に残ったシーンや思ったことを書くだけなので視聴前の方もご安心ください。
先述しましたが、この作品では新生物(動物化した人間)を恐怖やパニックの対象として描いていないのが非常に良かったです。もちろん作中において人類は新生物に対して明らかな拒絶反応を示しており、何のためらいもなく殺害しようとする者もいます。新生物が人間に危害を加える描写もあるにはあるんですけども、そのほとんどが人間側から悪意あるイタズラや嫌がらせを受けたことに抵抗した結果であり、新生物側に人間を傷つけようとする意思は感じられません。
もしかしたら作中で描かれていないだけで、過去には新生物が明確な殺意を持って人間を襲ったという事例があったのかもしれません。しかし、その稀有な例だけで『新生物=危険』、捕まえて隔離しろ!となるのは些か尚早ではないでしょうか。得体が知れないもの、分からないものを知ろうともせずに拒絶し、攻撃するというのは何とも悲しいことです。
『知らないのであれば知ろうとすればいいだけなのに。そんな当たり前のことが出来ないからこそ差別や偏見はなくならないんじゃないか』という現代社会に対する痛烈なメッセージを感じました。
エミールと惹かれ合う同級生のニナはADHDを持っており、本人もそのことで無自覚に他人を傷つけているのでは悩み苦しんでいます。フランソワたちに協力的な警察官のジュリアは職場で明らかな男女差別を受けています。そして人間から迫害を受け、森の奥深くで暮らさざるをえなくなった新生物たちは何一つ悪いことなどしていないのに“危ないかもしれない”という理由だけで迫害され、攻撃を受けます。このように作中の至る所にメッセージが込められていますが先述したようにそこまで主張が強くないため、シンプルに人間が動物になるサイエンススリラーとして楽しむこともできます。
症状が現れ始めたエミールの日に日に変化していく自分自身に対する抗いや怯え。そして徐々に人としての羞恥の感情や脳のストッパーみたいなものが無くなり、音に敏感になり、血や生肉を好むなど少しずつ動物に近づき、人間の運動機能(自転車を漕ぐや二足歩行)が不格好になっていく過程が非常に丁寧かつ繊細に描かれており、悲しいんですけども、個人的にはそれよりも凄いという感情が勝りました。演出や演技、カメラワークや音響諸々全て完璧だと思います。
また、フランソワとエミールがラナ捜索のために夜の森を車でひた走り、思い出の曲を爆音で流しながら名前を叫び続けるシーンは悲しいシーンのはずなんですけども、久々に腹を割って話し合い、モヤモヤを吹っ切った父と子の笑顔が非常に印象的で個人的には一番好きなシーンでした。
また、新生物化を隠し続けていたエミールに対する同級生ニナの「気づいてたよ」というたった一言だけのセリフやラストシーンのフランソワの決意の表情や目には涙が止まりませんでした。
これは本当に素晴らしい作品でしたね。機会があればもう一回見に行きたいと思います。しばらくの間は会う人会う人にこの作品をオススメしていきたいと思います。
そして本日はこのあと20時より池袋HUMAXシネマズにて開催される「テリファー 聖夜の悪夢」ジャパンプレミアに行ってきます!
みんな大好き「テリファー」シリーズの3作目で、日本での公開は29日からなんですけども、あまりにも楽しみ過ぎて予約してしまいました。レポート自体は29日以降にもう一回見に行くのでその時にあげたいと思います!
☆この度ホームページを開設しました!
もしよかったら覗いてやってください。
渋谷裕輝 公式HP↓