地獄に落ちるその男の一生は醜く、そして美しい「1922」【ホラー映画を毎日観るナレーター】(555日目)
「1922」(2017)
ザック・ヒルディッチ監督
◆あらすじ
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初老の男ウィルはホテルの一室で、過去に犯した妻殺しの顛末を書き記していく。1922年。ウィルは妻アルレットや14歳の息子ヘンリーと農場を営んでいた。しかし田舎暮らしを嫌うアルレットは、自身が権利を持つ農場の土地を売り払って都会に引っ越したいと言い出す。農場を離れたくないウィルは、強引に土地を売り出そうとするアルレットの殺害を決意。同じく都会行きを嫌がるヘンリーを説得して片棒を担がせ、計画を実行に移すが……。(映画.comより引用)
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Netflixオリジナル作品で、原作はスティーヴンキング氏の同名の中編小説です。
◇農場での生活に固執する男•ウィルは息子•ヘンリーに片棒を担がせ、田舎暮らしを嫌っていた妻•アルレットを殺害する。そして彼らは地獄への道を突き進むことになる。
という、いわゆるクライムホラー作品となっています。
※クライム映画とは
•••犯罪を題材にした映画のこと
監督•脚本を務めたザック・ヒルディッチ氏は時期は未定ではありますが、最新作となる「We Bury the Dead」が近日公開予定です。
好みが分かれる作品だと思いますが、個人的にはかなりハマりました!
全ての選択肢を間違え、悪い方へ悪い方へと向かってしまうウィルはあまりにも救いようがなく、憐れで情けないです。そんな男の人生を100分に渡ってじっくり見ることができる貴重な体験など中々出来ないのではないでしょうか。
豪快なアクションやジャンプスケア盛り盛りの怖いシーンなどが無くても、人の心を震わせたり、怯えさせることは可能なんだと再認識させられました。
◇1930年。とあるホテルの一室でウィルが自身の犯した罪を書き記していく。
1922年。農場にこだわるウィルと都会に行きたいアルレット、そしてその二人の板挟みになる息子のヘンリー。土地の権利が自身にあることを主張して強引に売りに出し、その金を折半して離婚にまで持っていきたいアルレット。農場、更にはヘンリーの親権まで奪われそうになったウィルはヘンリーをほぼ洗脳のような形でアルレットの殺害の片棒を担がせて、死体を古井戸に遺棄する。
という何とも穏やかではない始まり方です。
アルレットも人間性に少々問題がありますし、ウィルもウィルで頑固で柔軟性が無いので殺人に踏み切るのも自然な流れです。
そして、ここまでで何が怖いかって、ウィルが一人息子のヘンリーを共犯者にすることです。
この農場を続けていくためには、いずれはヘンリーに後を継がせて、そして孫の世代へと受け継がれなければならない。しかし離婚をして親権も土地も奪われたらいよいよ自分は路頭に迷うし、当然農場は無くなってしまう。
自分の思い通りに事を運ぶためにはどうしてもヘンリーを運命共同体にする必要があったのです。
ヘンリーの恋人シャノンの存在も上手く利用して、ウィルは日常的に「母さんがいなくなれば全てがうまくいくぞ」、「親権を奪われたら二度とシャノンには会えなくなる」、「殺すんじゃない、天国に送るだけだ」など
ほぼほぼヤバいカルト宗教の洗脳のようにヘンリーを支配し、妻殺害の流れに持っていきます。ここにウィルの異常性や執着みたいなものが現れており、私は非常に怖かったです。
その後、アルレットの遺体を古井戸に遺棄し、失踪したことにして何食わぬ顔で生活を送るウィル。その一方で罪の意識から情緒不安定になるヘンリーは不安から逃れるようにシャノンに依存し、ついには妊娠させてしまう。
シャノンは両親によって養育院に入れられてヘンリーとは離れ離れに。家出したヘンリーは各地で強盗を繰り返している。ウィルはネズミに噛まれた手を放置していたことで菌が広まり、左手を切除。
そこから更にジェットコースターのように加速しながらウィルは地獄へと落ちていきます。
ついには農場を失い、あれだけ嫌っていた都会に流れ着き、日雇い労働を繰り返す毎日。そして自分の耳元で囁くアルレットの亡霊、いつでもどこでも現れるネズミの群れ…
あれだけ農場に執着して殺人まで犯した男は農場も家族も失い、都会の片隅で日雇い労働をする毎日。常にアルレットたちの亡霊が自分を見つめ、そしてネズミに囲まれる。
これこそが地獄ではないでしょうか。
アルレットの亡霊に「頼むから殺してくれ」と言ったのはウィルの本心なのでしょう。ウィルにとっての最後の救いは自らの死です。しかしそれも許されない。“最悪な状況で生き続けること”、それが彼にとっての地獄なんだと思います。
「結局は誰も逃げられない」という彼のセリフがこの作品の全てを物語ってるように感じました。
ただ少しだけ気になったのが
“主人公•ウィルが農場にこだわる理由”や“妻•アルレットが都会に行きたがる理由”があまり描かれていないという点です。
なぜウィルは14歳の息子に殺人の片棒を担がせるほどに農場に固執したのでしょうか。とにかく「農場は売らない!都会には行かない!ずっとここにいるんだ!」の一点張りです。
妻を殺害するという暴挙に至るほどの農場での生活に対する執着はどこからやってくるものなのか。
そして、アルレットもアルレットで「牛や豚と一緒の生活なんて嫌!土地を売って都会に引っ越しましょう。オマハでドレス屋を開きたいわ」と農場をディスり倒すうえ、農場の土地の所有権が自身にあることに胡座をかき、弁護士と相談して、感情論ではなく理論武装でウィルの牧場愛や尊厳を踏み躙っていくため、アルレットがただの嫌なヤツに映っているようにも思えます。
アルレットがどんな生い立ちで、過去に何があった結果が都会への羨望に繋がるのか。
欲を言えばこのあたりを掘り下げたシーンも見てみたかったです。
セリフ一つ一つが詩的で美しいんですけど、その美しさの中にも絶望が漂っており、物凄く心に刺さります。
「殺人は神ではなく人間の意思によるものだ。罪を償う前に殺された人間は全てを許されて天国に行けるぞ」
「死んだ女だけが知る秘密を妻はささやいた」
「父親が息子に最後のキスをするべきではないが、そんな運命に値する父親、それが私だ」
こんな素晴らしいセリフがある作品がつまらないわけないです。
どちらかというと地味な作品かもしれません。しかし、一人の男が地獄へと落ちていく様をこんなにも醜く、そして美しく描いている作品なんてなかなかお目にかかれないと思います。オススメです!
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