マークの大冒険 現代日本編 | 秘密を暴きし者
「それでは、今日はここまで。次回は貨幣を用いた考古学現場の年代推定についてだ。フォーラムにレジュメを上げておくので、各自、次回の授業までに目を通しておくように。それから再来週は、研究出張で休講予定となっている。詳細は追って連絡するので、そちらもフォーラムで確認しておくように」
教壇に立つマークは、聴講する学生たちに言った。講義の終わりを告げるチャイムが鳴り響き、学生たちは講堂の最前席に出席カードを置いていくと、そそくさと教室から出て行った。2限目が終わり、楽しいランチタイムが彼らを待っているからだ。これから学食には傾れ込むように学生が溢れ、席取り合戦が始まる。そんな中、最後に出席カードを置いた女学生がマークに話しかけた。教室には彼女以外、もう学生はいなかった。
「教授、黄金の果実について訊いてもいいですか?」
「もちろん。質問は大歓迎だ。キミのような知を求める学生がいることが嬉しい」
「研究テーマを黄金の果実にしようと思っていて」
「なるほど。それじゃあ、まずは力試しといこう。果実について知っていることは?」
「果実についての最初の言及は『裏ホメロスの書』によるもので、トロイア王国のプリアモス王が持っていたと伝承されています」
「そうだね 。『裏ホメロスの書』の信憑性はともかくだが」
「その後、プリアモスはトロイア人ではない何者かに果実を託した。その何者とは、誰なのか?アカイア軍の裏切り者なのか、トロイア王家に協力する周辺諸国の者なのか。詳細は謎に包まれていますが、プリアモスは王子アイネイアスの亡命の協力を引き換えに果実を死に際に託したのではないかと、裏ホメロスの書では述べられています」
「続けて」
「ともかく果実はその何者かの手に渡り、トロイアで消息を絶った。その後、数千年の時を経て、再びローマで姿を現した。とあるローマの歴史家によれば、カエサルの暗殺者ブルートゥスとカッシウスの協力者の一人が果実を所持していたと言われています。しかし、突然の竜巻が観測され、果実はフィリッピで姿を消してしまった。それからなぜか、約1800年後のフランス革命の時代に再び姿を現し、この時の所有者はロベスピエールだったとする記録が残っています。アクセル・フェルセンやパリの一市民が残していた日記に、ロベスピエールが所持していたと思わせる内容があります。そして、心優しい彼の性格が変貌したのは、その頃からだったという証言も」
「ふむ」
「ロベスピエールは暴徒と思われる何者かに襲われ、コンコルド広場で果実を略奪された。その後、彼に反感を持つ支持層に捕らえられ、断頭台に送られました。テルミドールのクーデタです。以降、果実の目撃証言は現在までありません。ロベスピエールから奪われた果実は一体、どこに行ったのでしょうね?ただ、ひとつ手掛かりというか、奇妙な点は、別の時代、別の場所で書かれた文献になぜか共通項がある。果実が現れる場所には、必ず宙に浮かぶ剣と盾を出現させる指輪とハヤブサの怪人が現れる。ハヤブサの怪人とは、おそらく古代エジプトの神のことを指していると思われます。エジプトにはラーやホルス、ソカル、コンス、ケベフセヌエフなど、ハヤブサの神が無数にいますが、それらのどれかの可能性が高い。ヒエログリフの解読者シャンポリオンの兄ジャック=ジョゼフの日記には、ハヤブサ頭の男と旅する者の記述があります。彼はナポレオンのエジプト遠征の際、遠征隊の中でハヤブサ頭の男を連れる者と知り合ったと。彼によれば、ハヤブサ頭の男を従える者のお陰で、当初自分は行けないはずのエジプト遠征に参加できたと、謝辞の言葉も残しています」
「キミは何年生だったかな?」
「3年です」
「そうか。今の文献にはどれも和訳がなく、全てギリシア語やラテン語、フランス語の入手困難な資料のはずだが。よほど勉強熱心なようだね」
「言語は障壁には成りませんよ。今は翻訳ソフトやAIが発達しているので、それらを駆使できれば、言語はさほど壁にはならないです。ITツールを利用する能力の方がいまは大事です」
「とても優秀だね。それで、どうして果実に興味を持ったんだい?」
「死んだ母を生き返らせたい。母が死んで、私の家族は何もかも滅茶苦茶になった。果実は手にした者の夢を叶えると伝承されています。果実は今も尚、どこかに眠る。そして、それを手にした者は願いを叶える、と。パウサニアスやストラボンらの書にそうした記録があります」
「お母さんのことは気の毒だが、果実については神話上の話に過ぎない。文献の信憑性にも問題がある。そんなものは、この世には存在しない。オカルト支持者の妄信だよ」
「シュリーマンも、かつて周囲からそう言われていましたが、大発見をした。可能性がゼロとは言い切れないはずでは?」
「あれはトロイア王国を発見したわけではないよ。トロイアよりもっと前の、別の時代の遺跡だった。彼は死ぬまでトロイアと信じていたが。果実についての研究は、大いに賛成だ。だが、それは神話研究の一環としての話。発見しようなどという考古学的実証は、ただの徒労に終わる。存在しないのだから、見つけようがないだろう?」
「古代の文献だけなら神話で片付けるのは分かります。ただ、フランス革命期にも果実への言及があるのは不思議ですよね?それも複数の人間の手によって」
「革命期やナポレオンの時代のフランスは、異国や古代の文化を探究する冒険ブームの時代だったからね。そうしたフィクションやゴシップを好む記事があっても何らおかしくない」
「そうですか?なら、単刀直入に言いますね。私は教授が果実を持っていると確信しています。果実の力で世界をどうこうしたいなんて思ってません。ただ、母を生き返らせる。それだけでいいんです」
マークはしばらくの沈黙の後、ようやく口を開いた。
「......キミはどうして、ボクが果実を持っていると思ったんだい?」
「それは_____」
To Be Continued…
Shelk 🦋