マークの大冒険 追憶のバルベーロー編 | 楽園の先で待つ者
「マーク、行けるか?」
ホルスは謎の男を前に戦闘体制に入り、マークを横目に見た。
「若いのは血の気が多くて良くないな」
男は好戦的なホルスを見て、呆れた口調で言った。
「若い?笑わせるな。俺の方がずっと古い」
「天空のホルス。九柱神にも入らない、第五世代の新興神。私はキミたちの祖ラーよりも先に存在している。父オシリスは賢王として評判だったが、キミはいつになっても変わらないな。常に怒りにとらわれている。荒々しいだけの戦闘神。だからラーは、キミを舟の右手に選ばなかったのだろうね。私でもセトを選んださ」
「は?てめえ、一体何者なんだ?」
ホルスは、苛立ちを抑え切れずに言った。
「ケイオス(混沌)とでも名乗っておこうか。だが、キミらはヌン(原初の海)、またはメシア(救世主)とも呼ぶか。まあ、勝手に呼べば良いさ」
男は余裕の表情で、微笑を浮かべながら答えた。
「救世主を謳って、大勢の人間を何千年にも亘って争いに巻き込んできた。そして、その争いは今も終わることなく続いている。その偽善で多くの人が苦しみ、命を落としてきた。子どもたちまでもだ。この世の暗黒そのもの。どうしてこんなことを?」
マークが男に向かって言った。
「暗黒?これは再生と救済の物語。それに暗黒というなら、キミもとっくに暗黒に染まっている」
「え?」
「宝具を使っただろう?黄金の果実とアムラシュリングを。何の力も持たないキミが、無作為に特別な力を使ったんだ。大いなる力の前借り。その先にある未来は、恐ろしいぞ」
「記憶の代償か?」
「いや、そんなものじゃ済まされない。キミは最も大切にしているものを失うことになる」
「え……?」
「見えるぞ、キミの最も大事にしているものが。ほう、女神ウェスタ、それに少年ルイ、少女ヒトミ、祖父と父、そして......」
「やめろ......!」
マークは、怒鳴って男の声を遮った。
「マーク、こいつの言うことを聞くな!全てデタラメだ!」
「キミたちを見ていると、昔を思い出すよ。かつて晩餐をした時、私は13人の弟子たちにこの中に裏切り者が出ると伝えた。弟子たちは動揺し、互いを疑い合った。だが、彼らは誰一人として私が裏切り者であるとは疑わなかった。師よ、誰が裏切り者なのですか?と訊くばかり。迷える子羊たち。従順で、物事を自分で考えない。哀れな者たち、私が裏切り者だというのに。だが、私の裏切りによって彼らは初めて自ら考え、各地に散らばって私の思想を伝播した。ところで、キミらはあの鍵に気づかなかったのか?形が変わっていただろう」
男はマークたちの背後にある扉を指して言った。
「何!?」
驚いたマークが振り返ると、扉の鍵穴に刺さった鍵の持ち手が先ほどとは異なり、大蛇ウラエウスから白百合の形状に変化していた。
「最後にあの革命家に渡しておいて正解だったな。時は満たされつつある。キミたちは、よく働いてくれた。また一歩進んだ新しい契約の時がじきに来る」
「どういうことだ?」
男の意味不明な発言にホルスは苛立った。
「知る必要はない。キミらに私の目的は理解できない。理解する必要もない」
男はそう言い残すと、砂のように消えていった。
「畜生!逃げられたか!」
ホルスは、先に男が立っていた場所に拳を振りかざした。
「ホルス、今のままじゃ戦っても彼には勝てなかった。微笑の先に物凄い殺気を感じた。彼がその気になれば、ボクらはきっと一瞬で消される。始まりの混沌、原初の神格ヌン、香油注がれしメシア。彼の話が本当なら、ボクらはきっととんでもないのを相手にしている。そもそも彼は死ぬとか滅びるとか、そういう概念が通用する存在なのか......?」
「また探し直しか、クソ!」
ホルスは地面に向けて拳を勢いよく振り落とした。すると、地面に咲く花が千切れて風に飛んでいったが、潰された花はみるみるうちに再生し、元通りになって再び先ほどと変わらぬ花畑に戻った。
「ホルス、もう行こう」
「行くってどこに?」
「それは、分からないけれど......。ここにはもう、ボクらが必要なものはない気がする」
To be continued…
Shelk🦋