'Sharper: 騙す人 Sharper' (2023) dir. Benjamin Caron
<ご注意>厳密に言うとネタバレを含む内容になっております。映画本編をご覧になってからお読みください。
'スティング The Sting' (1973)(dir. George Roy Hill)を初めて見た時、素直だった幼少の頃の私は、粋な詐欺師ヘンリー・ゴンドーフと熱血タイプの若い詐欺師ジョニー・フッカーが、ラストに射殺されるシーンに唖然としたものだ。ものすごいショックを受け(繰り返すが、この頃はまだ純粋だった)、『こいつは'ポセイドン・アドベンチャー The Poseidon Adventure (1972)'みたく、ラスト近くまで頑張りに頑張った主人公が、あっけなく死んでしまう映画やったんや…』と絶望した。まあ、その直後、観客をもペテンにかける大掛かりで痛快な"ひっかけ"だったと分かり、大事な主人公たちが死ななくて良かったと、泣きながら笑ったことを覚えている。今でも思い出せるぐらい鮮烈だったのだ。すごい映画だった。
'スティング'のあのカラクリは、やっぱり後に星の数ほどのアレンジバージョンを生み出した。個人的には、"確実に死んだと思っていた連続殺人鬼が実はまだ生きてましたー"っていうホラー映画にありがちなパターンも、'スティング'の立派なアレンジバージョンの一つじゃないかと思っている。
'Sharper: 騙す人'は、現代の詐欺師たちの物語だ。最初のエピソードが中盤以降大きな意味を持ち始め、プロの詐欺師同士が互いの身体の肉を喰いちぎり合うように騙し合う中で、カモにされた側の人間が終盤の意外な展開を引っ張る。プロット1、プロット2…ではないが、登場人物各人の名前を冠したエピソードで、騙し騙されの波乱のストーリーだけでなく、スポットライトがあたっている人物の背景描写もしっかり成されている。そのおかげで、ストーリーに現実味が増したと思う。
トムとサンドラの関係は、最初こそ"サンドラが騙し、トムが騙され"という残念なものになってしまったが、そこへプロの詐欺師であるマックスとマデリンが関わってくると、非常に面白いストーリーを引き連れてくる。
サンドラの窮地をマックスが救い、マックスはサンドラに詐欺師になるのに必要な知性と演技力を叩き込む。サンドラを新しいパートナーにするためだ。マックスコーチによる新人サンドラのトレーニング光景が興味深い。新聞を読み漁り、書籍も読み知識を蓄え、新たに自分が演じる人格の背景と歴史を頭に叩き込むのだ。これだけの絶えざる努力を別の場所で活かせばよいものを…と凡人は思ってしまう。でもまあ、要はカネなんだよなあ。成功すれば、途方もない大金を手に入れられるから。
その意味で、マックスと年上のマデリンの腐れ縁関係も面白い。彼らは長年コンビを組んでいた。しばらく前から、とある大富豪を手の込んだシナリオで罠にかけていた。ところがマデリンは、桁外れの額の遺産を独占しようとマックスを裏切るのだ。マデリンもマックスも相手の手の内を知った上で計算し、互いに相手を出し抜こうと心理戦を演じる。"詐欺師"という共通項がなければ、このお2人はどうなっていたんだろうな。
最初に登場したトムが、マデリンが遺産を狙っていた大富豪の息子さんとして中盤にチラッと再登場した時、ラストは是非とも詐欺師たちではなく、騙された側の人たちに勝ってほしいなあと正直思った。私たち庶民は、それでなくても社会のあらゆる制度やシステムにカモにされているという事情もあるのでね。オレオレ詐欺や特殊詐欺等、私たちの誰もが巻き込まれかねない犯罪が蔓延する世の中、映画の中ぐらい、悪者に天罰が下る痛快な展開を見たいものだわ。
ジュリアン・ムーア Julianne Moore(マデリン)、セバスチャン・スタン Sebastian Stan(マックス)、ジャスティス・スミス Justice Smith,(トム)、ブリアナ・ミドルトン Briana Middleton(サンドラ)、この作品の役者さんたちの演技は皆さん本当にお見事。彼らは演技によって観客を心地よく"騙し"、じつに上手に架空の物語の中へいざなっていく。映画を見ていてそんなふうに騙されるのは、決して悪い気はしないよね。
Apple Studios他による製作、Apple Tv+とA24による配給。
Apple TV+で鑑賞。
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