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人の日記は嘲笑せずにただ笑え|「日記の練習」くどうれいん(読書日記)

作家、くどうれいんさんが1年間書いた日記。

“こういうのも日記というんだったら私にだって書ける“と思ってもらえたらいいなと書いた日記らしい。
伝わりました。どんなスタイルでもいい、「これが自分の日記だ」と胸張れるように日記の練習。練習の気持ちで書くくらいでいいのだ。

「日記の練習」は数十文字〜数百文字の短い記録。ちょっと発見しちゃったこと、笑ったこと、自分のコンディションのこと、家族や友人との会話が書いてある。

「日記の本番」というのも収録されている。1ヶ月に1度に書かれる、エッセイ形式の少し長い日記。
日記の練習を積み重ねたらこんな文章が書けるようになれるのなら凄いけれども、日記の練習も本番も自分の日記には違いない。本番が必ずしも練習の上位互換とは限らないのだから、皆が皆本番を目指さなくてもいいよね。

くどうれいんさんは短歌の世界でも活躍させているだけあって、短文の日記で切り取ることの出来る情景の多いことよ。
私にとって、人の日常を慈しむことは自分の日常を慈しむことにつながっている。
だからくどうれいんさんの日記は心に良くて、1ヶ月くらいかけて少しずつ読んでいた。(終わっちゃった😭)

私も毎日、何かしらの日記を書いている。
ただの日記、読書日記、編み物日記。
そしてなるべく毎日、その一部をnoteへアップするようにしている。
月に1〜2度休むことはあるのだけど、私にしては革命的なほど続いているのだ。
日記なんて3日も続かない3日未満坊主だったし、日常的に文章を書く習慣も無かった。

書くようになったきっかけは明確にある。
友人タンポポに「zineとやらを作ってみたいのだけど、共同で日記書かん?」と誘われたことだ。
Google ドキュメントで共同ファイルを作って日々の日記を入れていき、溜まったら1冊に製本するというただの遊び。
タンポポはとてつもない感性と文才と遊び心の持ち主で、彼女の書く文章の求心力には毎度鳥肌が立つほど驚かされている。高校時代からの友達だけど(この子は将来何者になるのだろう…)と、当時から惹かれていた。現在の彼女は書店員になり、お店の仕入れを任させている。かっこい。
でもいつか彼女には本を書いて欲しい。「え〜〜バカなことを〜〜!」って言うだろうけど、絶対に書いてほしい。才能に惚れている私に、あなたのプロデューサー兼マネージャーをやらせてくれよ!

オンライン上で見るタンポポの日記は想像以上に自由で、純粋に面白かった。
言葉の巧さとかテクニカルなものを超えて、「書きたいものを書きたいように書いてるじゃん!」と声をあげて笑った。(たまにとんでもなく胸を打つ日記が混ざっていて泣かされる日もあるけど)
それで一気に荷が降りた。自分の日記なんだから、失敗なんて誰に言えるだろうか。
誰も評価出来ないじゃんね。

私が書けるようになったのはそこから。

タンポポとは3ヶ月くらい一緒に書いていた。彼女は関東に住んでいるので、うちに泊まりに来たタイミングで製本した。
プリンターは持っていないので、コンビニで印刷をしたら信じられないほど高かった。10冊で8000円くらいかかって「うそだ!」ってケラケラ笑う深夜1時のローソン。針と糸で縫って、本にした。

完成したzineのタイトルは「象がデカいことに驚いていたい日記」
欲しいって友達に配りきって、今は在庫なし。手元に残すは保存用の1冊のみ。
友達たちは「象デカ」という愛称をつけてくれて、笑いながら読んでくれた。
でも「象デカ」って略称、ただ事実を述べる人になってない?って思う。
タンポポも友達にあげきって在庫なし、好評だったとのこと。
そうでしょうよ、だってめっちゃ面白いもん。

象デカは私の宝物で頻繁に読み返す。で、毎回笑う。
今までと変わりない日々を過ごしているのに、日記に書いておくと不思議と日常が愉快になってくるみたいです。
いや、これまでもずっと愉快だった日々に気付くことができるみたいです、かな。

「日記の練習」のコンセプトも、きっと同じ。帯を引用。

おもしろいから書くのではない、書いているからどんどん面白いことが増える

日記の練習・くどうれいん

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