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明日は何を書こうか

世界が終わるまで残り3日

人生が残り3日と告げられたとき
世界の大多数は今まで積み上げてきた全て物が壊されると絶望するだろう

しかし私は、何故か安堵をしていた
いつも心が落ち着かないような、先の見えない私の人生で
久しぶりに落ち着いた感情を取り戻せた

ふらっと訪れた行きつけの喫茶店
残り3日だというのに
呑気にコーヒーを淹れている

「マスター。ホットコーヒーをお願いします」

席に着き、辺りを見渡す。

そこには新聞を読む中年男性
子供を連れた夫婦
口周りにホイップを付けたご老人と
それを拭き取る綺麗な催しをした婦人。

いつもと変わらない風景と日常がそこにはあった。

差し出されたコーヒーの味はいつもより少し酸味が強かった。

「マスター。いつもと味が違うね。やっぱり恐怖するものなんだね」

「おや、それは失礼。」

マスターは僕をちらっと見てこう言った

「貴方はいつもより落ち着いてますね。」
「ええ、何故だかは分からないけど」

私は少しシワがよった原稿用紙と万年筆を取りだした

「おや、珍しいですね。作家の方でしたか?」
「いや、違う。ただの会社員だよ」

コーヒーを1口含み
タバコに火をつけた
煙をため息のように吐き出した後、私は言った

「実はね、私は元々文章を書くのが好きだったんだ」
「好きだった。ですか」
「そう。あれはちょうど10年前になるかな」

学生の頃、小説が好きで
よくそれを真似て自分で創作をしていたんだ
当時の学生にはそれが珍しかったみたいで
随分と酷く笑われたよ。

それから好きだったはずの創作が怖くなってね
自分の中で蓋をしたんだ

「そうでしたか。それは」
「それからも声を出す事に興味を持ってね」

現代文の授業だったかな。
"この文章を読んでみて"という教師の言葉で
私は密かにやっていた語り手の真似事を披露したんだ

すると現代文の教師は少し目を開き、私に興味を示したようだ
それから現代文の授業の時は、私に朗読を押し付けてきた
私はその時間だけは誇らしく居られた。

しかしその時間は長くは続かなかった。
ある日、いつものように朗読していると
他の生徒がクスっと笑ったんだ
その瞬間、他の生徒もつられて笑った

「おや、災難ですね」
「仕方ないですよ。元々頭の良くない学校だ。もの珍しかったのでしょう。授業で真面目に朗読する生徒なんて」

それからと言うもの、思春期の私は急に恥ずかしくなり
わざと感情も何も入れずに朗読をした

するといつも腕を組んで目をつぶって聴いていた教師は、前のめりになり、ため息をついた。
次の朗読では、別の生徒に交互に読ませるようにした

「私はそれが未だにトラウマでね。それから自分に自信を持てずにいてね。」
「そうですか。」

それからも長いこと、自分の好きなとこを他人に披露したり教えるのが怖くてね。

「よかったら、貴方の作品。ひとつ拝読しても?」
「ええ、後3日だ。いくら笑われてもいい」

私の唯一完結した小説を渡した

マスターは真剣な眼差しで読み進めた。

暫くしてマスターは私に本を返した

「あなたの人生がそこには詰まっているのですね」
「えぇ、まぁ」

「ねぇマスター。私の好きな事、好きな感情ってのは、誰かに影響されてしまうほど、薄いものだったのでしょうか?」

マスターはグラスを拭く手を止めてこう言った。

「貴方の周りには何が見えますか?」

「いつもと変わらない風景だよ。」

「そうでしょう」

あの老夫婦、私がこのお店を開店して以降、ずっと来てくださってる。パンケーキが大好物でね
これは元々は婦人さんの好物でね。
今や2人の大好きなメニュー。

そこの家族、夫婦が出会った場所もここだった。
子供もあんなに大きくなった
男性は当時、ずっとタバコを吸ってたんだ
でも子供が産まれてからは辞めた

そしてあの男性は新聞を最初に必ず逆さにしてしまっている癖は治ってない

「おーーいマスター。俺の紹介する必要ないだろ?」
マスターとその男性は笑った。

「ハドラーは言った。全ての悩みは人間関係からだと。」
「人間関係から……ですか。」

「ええ、だから自分の好きな事が、他人に影響されるなんて事は至って普通の事で恥じることじゃない」

"貴方が恥ずかしがり屋なだけで、好きという感情は決して安くは無い。私はそう思うね"

マスターは私の本に指を指し、こう言った。
「私はこの物語、好きだよ。早く続きを読ませてくれ」
「マスター。この物語はもう完結したんだ」
「いいや、まだだ。まだ完成してないよ」

少しだけ報われた気分になれた。

「マスター、僕にもパンケーキとコーヒーをもう一杯」
「ええ。」

それから、世界が終わるまで描き続けた
これまでの人生を
その心情を。
私の好きという感情と訴えを

"不幸せと感じてる今はまだ未熟だと"

このパンケーキとコーヒーにすら幸せを見つけられた

この残り3日の人生に
たった3日という人生に
酸味が薄れたいつものコーヒーと共に私は最後まで生きよう。描き続けよう

小説の最後の言葉は、小難しい表現を使わず
ただ簡単に。



                  「明日は何を書こうか」

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