「あの子がいるから僕は生きていける」『しずちゃんさようなら』/藤子恋愛物語㉑

本稿では、「藤子恋愛物語」シリーズのとっておき、語るべきところが多い「ドラえもん」の傑作『しずちゃんさようなら』の詳細を見ていきます!


『しずちゃんさようなら』
「小学六年生」1980年11月号/大全集8巻

本作は、のび太としずちゃんの関係性にフォーカスを当てた重要な作品である。したがって、まずは本作の位置づけについて整理しておきたい。

まず大前提として、ドラえもんは、将来不幸になることが約束されていた、のび太の運命を変えるために未来から派遣されたロボットである。

そして、のび太が将来、ジャイアンの妹ジャイ子と結婚することが、その不幸の象徴として描かれた。

ジャイ子はその後漫画家を目指す、非常に真面目な女の子にモデルチェンジするが、連載開始当初は、見た目もさることながら、強烈な意地悪キャラであった。

ところがすぐにジャイ子は登場しなくなり、1972年2月の『のび太のおよめさん』にて、のび太の結婚相手はしずちゃんだとされた。つまり、ドラえもんがやってきて約2年で、彼の目的は半ば達成したのである。

さらには1978年10月の『雪山のロマンス』にて、のび太としずちゃんの婚約も描かれ、二人の関係は盤石となる。

しかしそんな二人の間を引き裂く人物が姿を見せる。それが1979年9月の『ドラえもんとドラミちゃん』で初登場した出木杉君である。

出木杉は頭脳明晰、性格も抜群で、誰の目から見ても、しずちゃんの相手に相応しい男の子である。その後、随所で出木杉がしずちゃんと仲良くしている場面が描かれ、その度にのび太は嫉妬に狂わされていく。

特に1980年9月の『透視シールで大ピンチ』では、危うくしずちゃんとの関係が完全に破壊されそうな事態に陥っている。

もっとも、1981年8月の『のび太の結婚前夜』にて、しずちゃんのパパの口から、のび太がしずちゃんの結婚相手にいかに相応しいかが語られ、のび太の結婚相手は、変更がないことが描かれている。

本作は、そんな出木杉の登場で、のび太の将来に暗雲が立ち込めた時期の作品であることを押さえておきたい。

関連作のリンクは以下。


続けて、本作では新規で登場するひみつ道具はない。二度目の登場となる「虫スカン(ムシスカン)」のみとなっている。

ムシスカンの初登場は、「ドラえもん」の有名な作品のひとつ『ニクメナイン』。誰からも嫌われない憎まれない人間に変貌できる「ニクメナイン」と対になるように、誰からも嫌われてしまう「ムシスカン」が登場している。

「ニクメナイン」は、人間関係が重要な一般社会において需要のありそうな薬だけれど、あえて嫌われ者になる「ムシスカン」には必要性を感じない。その上「ニクメナイン」と良く似た形の錠剤なので、誤飲するリスクもある。極めて不要な薬のように思われる。

案の定、『ニクメナイン』では、のび太が町中の嫌われ者になってしまう、悲惨なラストを迎えることになる。

しかし、そんな役立たずかと思われた「ムシスカン」の方が、その5年後に再登場を果たすことになるとは・・・。


それでは、本編を冒頭から見ていこう。

いつもの「安岡医院」と書かれた電柱の前を、肩を落としてトボトボと歩くのび太。しずちゃんが通りかかり、「今帰るの?」と声を掛ける。その様子から、のび太の下校時間は、皆より相当遅い時間だということがわかる。

のび太は驚いた表情を浮かべ、特に返事もしないまま慌てて走り去っていく。しずちゃんは「・・・変な人!!」といつもと違う雰囲気を感じ取っている。

のび太が息を切らせて部屋に帰ってくる。ドラえもんは「ジャイアンにでも追っかけられたのか」と軽く尋ねると、のび太から「しずちゃんと別れる」という意外なる返事を聞かされる。


別れるも何も結婚はおろか、付き合ってもいない。しかし将来しずちゃんと結婚することがわかっているのび太は「だから、そうなる前に別れるんだ、決心したんだ!」と言う。

そこでドラえもんが「嫌いになったの?」と聞くと、のび太は全力否定。

「とんでもない! 好き!好き!大好き!! あの子がいるから僕は生きていけるんだよ」

と泣き叫ぶのであった。

それにしても、のび太のしずちゃんへの思いはかなりなものである。小学六年生にして、心の底からしずちゃんを愛しているようだし、しずちゃんありきの人生だと考えている。裏を返せば、相当にしずちゃん依存症とも言えるが・・。


では、どうしてそんなしずちゃんと別れたいと言い出したのか。それは、この日の放課後、先生に居残りさせられて、「そんなことじゃろくな大人になれない」と断言され、大いなるショックを受けたからである。

そんなことはないと、真っ向反発すればいいのだけれど、自己評価も低いのび太は「言われてみればそうかなあと・・」と認めてしまっている。ドラえもんもここでは、否定できず「なるほど・・」と頷くのみ。

そしてのび太は泣きながら続ける。「僕なんかのお嫁さんになれば、しずちゃんは一生不幸に・・」と。のび太の想像図では、乞食となった夫婦と赤ん坊が、木枯らしに吹かれている。


ドラえもんは、そんな先のことを今から大げさに、と大笑い。しかしのび太の悩みは深刻だ。辛いけど、しずちゃんの幸せを願うなら別れるべきだと決意する。そして、遠く離れようということで、ママに対して引っ越ししようと申し出る。

ここでのび太は「例えばアメリカ留学するとか」とママにぶつけて、猛反発を受けているが、このエピソードが具体化するのが、本作の3年後に発表される『ためしにさようなら』である。


引っ越し作戦も却下され、のび太は自分の意志の力だけでしずちゃんを忘れようと考える。そこであらゆる繋がりを絶つために、借りていた本を返すことに。風呂敷に包んだその量は数十冊レベルで、漫画雑誌以外の本は全てしずちゃんのものであったらしい。

しずちゃんの家ではママが迎えてくれるが、本を渡しつつ、「しずちゃんにさよならと伝えてください」と言い残して、すぐに引き返す。しずちゃんは、ママからその様子を聞いて、どうも様子が変だということで、後を追う。

のび太は、追ってきたしずちゃんと再会し、一度は喜ぶのだが、「僕らはもう会わない方がいいんだ」とか「聞かないで、このまま別れて!」など、しずちゃんからすれば、何が何だかわからない発言をまくしたてる。

「言うまで離れないから」としずちゃんが真意を聞こうとすると、「そうだ嫌われればいいんだ」とのび太は思い、いきなりしずちゃんのスカートをめくる。

狙い通り「嫌い!!」としずちゃんは怒って行ってしまう。のび太は「これでいいんだ、でも、辛いなあ」と肩をがっくりと落として歩き出す。

そして「しずちゃんの幸せのために耐えよう」と一人立ちをしていると、そこへ出木杉君がどうしたのかと話しかけてくる。

既に大泣きしているのび太は出木杉に対して「君はいいやつだ。君なら幸せにできる。しずちゃんのこと、頼んだぞ」と伝えて、号泣してその場から駆け出していく。

完全に情緒不安定なのび太なのである。


出木杉から「どうも変なんだ」と、のび太のことを聞いたしずちゃん。心配になっていると、スネ夫とジャイアンが、のび太が先生に酷く叱られたという話題をしている。

「あれだけ言われれば、世の中嫌になる。僕なら死にたくなるね」と、いつもならバカにする二人ですら、のび太に対して強く同情をしている。

しずちゃんは、のび太の様子を振り返り、まさか自殺を考えているのでは、と思い、ゾッとする。そしてすぐに、のび太の家へと走っていくしずちゃん。


しずちゃんが家にやってきたので、のび太は「何とかして」とドラえもんに懇願する。そこで「どうしてもと言うなら」と「虫スカン」を取り出す。先述のとおり、約5年ぶり二回目の登場である。

前回はこれでのび太が痛い目に遭っていたが、まだ捨ててはいなかったらしい。

虫スカンを飲むと、しずちゃん以外の誰も寄り付かなくなるとドラえもんは注意するが、「この際仕方がない」と言って、手元の16粒全てを飲み込む。一回一錠で十分であったのだが・・。

それにしても、いつものことながら、のび太を始めとする藤子キャラたちは、適量を考えずに一気に薬を飲む悪いクセが直らない。


するとモヤ~とのび太から「強烈な不愉快放射線」が発せられる。以前の登場時よりも、不愉快度はアップしている模様である。

ドラえもんは「傍にいるだけでムカムカする」と言って、部屋から逃げ出していく。一階にいたママも、とても同じ家にいられない!」と言って飛び出していく。

不愉快放射線は広範にわたって広がるものであるらしい。

ドラえもんとママと入れ替わるようにしずちゃんが家の中に入ってくる。しかし、不快指数の高いオーラに弾き返されてしまう。

のび太は一度に虫スカンを飲んだことで、体調が悪くなる。「助けて!!」と叫び、「もうだめ、死にそ・・」と言って廊下に倒れ込む。

のび太の助けの声を聴いたしずちゃんは、猛烈な放射線の波状攻撃に圧倒されながらも、這うようにして家の中へと進んでいく。そして倒れているのび太と合流、のび太をおぶさるようにしてトイレまで連れていき、薬を吐かせる。


虫スカンを吐き出したのび太は、すぐに具合も良くなる。しずちゃんは毒を飲んだのかと思ったと言って、ホッとした様子。のび太は「そんなに心配してくれたの」と軽い調子で尋ねると、しずちゃんは、

「当り前でしょ!!お友だちだもの!!」

と大声を出す。さらに、

「あなた弱虫よ!先生に叱られたぐらいで・・・」

と、涙を流すほどに興奮してのび太を𠮟りつける。のび太は圧倒されながらも、心配されていることに嬉しさがこみ上げている様子。

その夜、のび太は屋根の上でドラえもんに言う。

「しずちゃんに嫌われるのは、また今度にするよ」

もちろん、その言葉とは裏腹に、もう二度と嫌われるようなことは言うまいと思っているに違いない。




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