飛びたい、消えたいは皆の夢『オバケの正太郎』/クスリで大失敗④

「クスリで大失敗」と題して、効能とは裏腹に、実際の使用時にはかなり危険度の高い薬を使ってしまうFキャラたちを取り上げているが、本稿ではそれほど危険ではない薬のお話を見ていく。

その薬を飲めば、とってもマズイ代わりに、Qちゃんのように姿を消すことができるという、俄かに信じがたい、透明になる薬をQちゃんが作ってしまうのだ。

しかし、オバQの世界では、ドラえもんやキテレツのように不思議な薬が出てくる余地はなさそうに思える。どうにも嘘くさい気がするのだが、果たしてその効能やいかに・・?


「オバケの正太郎」
「週刊少年サンデー」1966年42号/大全集5巻

タイトルがイカす一本。オバケになった(なろうとした)正ちゃんのお話である。

Qちゃんは化けることができない中途半端なオバケなのだが、それでも空を飛んだり、姿を消したりできるので、超人的な能力を持っていることには違いない。

この日はママからお使いをお願いされ、Qちゃんはパッと姿を消してどこかへと飛んで行ってしまう。残された正太郎が仕方なく買い物を引き受けるが、Qちゃんがとてもズルく感じる。

そこで「自分だけが消えたり飛んだりしてそれでいいのか」とQちゃんに抗議し、オバケができることなら人間もできるはずだと主張する。

ちなみにその根拠とは、「人間は魚と違うけど泳げるし、サルじゃないけど木に登れる」からだという。さすがのQちゃんも変な理屈だと納得しない。

兎にも角にも、どうやって空を飛ぶのか教えて欲しいと乞われるQ太郎。一度は無理だと言って逃げ出すのだが、ドロンパに見つかって「親友なら教えてやるべきだ」などと説得させられ、渋々指南役を引き受けることに。

もっともドロンパは正ちゃんのために、Qちゃんの後押しをしたわけではない。当然意地悪な狙いが込められている。


実際にオバケはどうやって飛んでいるのか。Qちゃんとしては、飛ぼうと思うだけで飛べるらしい。なので、正ちゃんに飛ぶ方法を教えようとしても、それはうまくいかない。

例えば、「右足を上げて、それを下す前に左足を上げる、それを素早く繰り返す」と飛ぶコツを言ったところで、正ちゃんは全く浮かび上がらない。

結局、オバケじゃないから飛べないのかと、正ちゃんが断念しかけるのだが、そこにドロンパが颯爽と空中から登場。「空を飛ぶのは楽しいぞう。一度飛んでみると止めらないぞっ」と自慢してくるのである。

ドロンパは結局、Qちゃんにも正ちゃんにも嫌がらせをしたかっただけだったのだ。この時、正ちゃんは「やっぱり飛びたい」と再び熱を帯びるが、読者の私たちとしても、空を飛ぶ憧れが強まる。この辺りが、藤子流の面目躍如である。


またタイミング悪く、P子までも空を飛んで遊びにきたものだから、Qちゃんは「お前も正ちゃんをけしかける気かっ」と怒り出す。P子はどうして怒られたか意味がわからないと言って去っていくが、P子の登場はこの後の展開の伏線となる。

もう一度、空を飛ぶための試行錯誤が始まる。Qちゃんは苦し紛れに「空を飛ぶには体を軽くするんだ」と言い出し、目方を減らそうといって裸になる正ちゃん。

ここでママに風邪を引くと注意されるが、この何気ないやりとりもラストに繋がる重要な種まきのシーンである。

続けて、空気を詰めてみるかと言って、タイヤの空気入れを使って空気を吸い込むが、当然苦しいだけ。

「飛ぶ方法はこっちが知りたい」と困り果てるQちゃん。その様子を見ていた、再度登場のP子ちゃんは、兄を助けようという気持ちで、自分が姿を消して、正ちゃんを持ち上げて空を飛ばせてあげる。

突然飛べるようになって、正ちゃんは大喜び。P子の仕業と知らぬQちゃんは「訳がわからないけど、おめでとう」と呆気に取られる。

ここで調子にのった正ちゃんは、P子が離れた後に、皆を集めて自分は屋根に上り、「飛んでみせるぞ」と言って飛び降りる。

当然、実際には飛べないのだから、真っ逆さまに落下するのみなのだが、ここでP子が間一髪間に合って、再び正ちゃんは上昇する。そして颯爽と飛び回るものだから、見物客のゴジラは驚き、よっちゃんはうっとりする。

ところが、ドロンパにはこのトリックは通じない。「どうも怪しい」ということで、犬を背負って正ちゃんに近づくと、犬嫌いのP子は姿を見せて、慌てて逃げ出していく。

哀れ、正ちゃんは電信柱の上に取り残されてしまう。「おろしてくれえ」と泣き叫ぶと、ギャラリーからは「飛べばいいのに」と冷たく言い放たれてしまうのであった。


Qちゃんに助けられ、P子のおかげだったと聞かされると、正ちゃんは飛ぶことに関しては断念する。しかし、その代わりに姿を消す方法を教えてくれとQちゃんにねだる。

「なおさら無理だ」とQちゃんは怒るが、そこに三度ドロンパが現れ、姿を消したままQちゃんをひっくり返し、「消えるとどんなイタズラでもできるから面白い」と正ちゃんにアピールする。

結果、正ちゃんは「どうしても消えたい」と決意を新たにしてしまうのだが、Qちゃんにとっては迷惑千万の展開であり、Qちゃんはドロンパに対して「お前僕になんの恨みがあるんだ」とブチ切れるのであった。


人間もオバケのように消える方法はあるのか。ここでQ太郎は、正ちゃんを部屋に待たせて、この町随一の秀才ハカセに知恵を貸して欲しいと相談に行く。

しかし、ハカセにとっても難問は難問。ただ彼は基本的に根がイイヤツなので、一応Qちゃんの相談に乗ってあげて、カメレオンの保護色のように、回りの色と同じ服を着たり体に色を塗ることを提案してくれる。

しかしそれはイチイチまだるっこしいということで却下。ハカセは次に、「透明人間」という小説があると言って本棚から取り出し、ある博士は透明になる薬を発明する話だと紹介する。

小説だから作り事だとハカセは言うが、前向き(?)なQちゃんは「色々試したら偶然できるかもしれない」と、透明になる薬を作ることにする。

ちなみに透明人間をモチーフにした藤子作品はかなりの数があって、以前シリーズ記事を書いたりもしたが、藤子先生は「透明人間」の愛読者であることが本作からもわかる。


大原家に戻り「とうめいクスリけんきゅう室」と書かれた用紙をふすまに貼る。「踊る」シリーズの戒名みたいなものだが、何事もまずは形から入るQちゃんの性格がよく表れている。

飲み物、洗剤、化粧品、調味料、あらゆる家中の液体の入った瓶を集めて、それらを混ぜ合わせて舐めてみるという研究を開始。あまりの行き当たりばったりぶりがQちゃんらしいが、ともかくも酷く不味い一杯が完成する。

自分が飲んでも、オバケなので消えて当たり前。であればと、動物実験に乗り出す。

まずは野良猫を呼び寄せ自家製のクスリを飲ませると、あまりの不味さに「フニャゴ」と大声を出して、目にも止まらぬスピードで姿を消してしまう。あまりに一瞬の出来事で、Qちゃんは、消えたのか逃げだのか判断できない。

次に庭で首輪を鎖に繋がれている小太りめの犬に飲ませてみる。こちらは美味しそうに堂々と飲み干すのだが、まるでクスリが効くような素振りがない。消えぬまま、寝てしまうワンちゃん。

Qちゃんはそこら辺を一周し戻ってくると、犬が首輪を残して姿を消している。何と、透明グスリがいきなり完成したようなのである。


家に戻り、正ちゃんにクスリを飲ませる。すぐには効かないとは言いつつも、30分を経過しても姿はそのまま。正ちゃんが「あのクスリはインチキか!」と怒りだしたので、Qちゃんは「面倒くさいな、消えたよ!」と投げやりなウソをつく。

すると正ちゃんは透明になったと喜んで、先ほどのドロンパの言うように、まずはイタズラを仕掛けてみることに。標的はママの近くのあるオヤツの盗み食い。

Qちゃんはマズイことになったと思うが、まるで正ちゃんのことが見えてないかのように、つまみ食いを見逃すママ。「あれ」と驚くQ太郎。


果たして本当に透明グスリは完成していたのだろうか。ここからは一応ネタばらしの時間。

まずママだが、正ちゃんは見えていたのだが、オヤツは元々正ちゃんの分なので黙って見過ごしたというのである。

犬への実験は成功していたはずと、確かめに戻ってみると、クスリの効果でお腹を壊して、ぽっちゃり体型だったのが、ゲッソリとやせ細っている。激ヤセの効果で、首輪も抜けてしまったとのことで、全然透明になったわけではなかったのだ。


これに慌てたQ太郎。お腹を壊さない薬(正露丸?)を正ちゃんに飲ませようと、後を追う。そしてクスリを飲むように声を掛けるのだが、「僕が見えないはずだ」と正ちゃんにツッコまれる。

そこで、咄嗟に、体が消えても服が見えるんだと言い逃れると、確かにそうかと納得の正ちゃんは、服を脱げばいいんだなと言い出して、素っ裸になってしまう。

表を全裸で歩き回る正太郎を見て、ママは「なんてことしてるの!?」と大変に驚く。これは物語中盤で、裸になろうとした正ちゃんにママが風邪を引くと注意したことの、繰り返しとなっている。

Qちゃんは「知いらないっと」と、ここで責任を放棄して、その場を去っていくのでありました。


空を飛びたい・姿を消したいは、子供たちにとっての「出来たら良いな」の代表格。正ちゃんが憧れる気持ちはよくわかるところではある。

ただ、冷静になれば、人間ができる術はないことは正ちゃんでも理解できるのだろうが、巧みにドロンパが正ちゃんをけし掛けて、その気にさせてしまう。相当に罪深い輩である。

一方でお兄ちゃんのために動いてくれるP子、無理めな相談に乗ってくれるハカセ、何より、正ちゃんのために一生懸命に頭を使ってくれるQちゃんの善意も光り輝く。

何気ないエピソードの作品なのだが、色々なキャラクターがそれぞれ持ち味を発揮する良作のお手本と言えるのではないだろうか。



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