魔美、高畑への嫁入りを考える。『恋人コレクター』<前半>/藤子恋愛物語⑳
以前、こんな記事を書いた。
こちらは完全に僕個人の見解を反映した記事なので、異論などもあるかもしれないが、その意味することをもう一度書いてみる。
「エスパー魔美」は、超能力者の魔美と、魔美を支える天才的頭脳の持ち主高畑君のコンビで事件を解決していく、ある種のバディものになっている。
マンガの世界において男女で相棒を組んだ場合に、二人の信頼関係が深まった先に、おおよそ男女の関係に進んでいくのがパターンとなっている。
(もちろん、そうならないものも多い。例えば「X-ファイル」など・・・って例が古い)
ところが、「エスパー魔美」では、信頼関係は徐々に深まれど、恋愛関係には進んでいかないように僕には読める。
魔美ちゃんも高畑君も中学生のお年頃なので、二人の関係を恋愛方向に深めることは別に難しい話ではなかったはずである。
むしろ、秘密を二人で共有し、コンビネーションでいくつもの難事件に当たっていく中で、そっちの方向に進まない方が不自然とすら思えてくる。
では、なぜ二人の関係は恋仲にならないのかと言えば、意図的に藤子先生が、そのように書かないからである。
本作に置いては、男女の恋愛感情ではなく、魔美と高畑の、人と人としての絆を深めることを狙っているようなのである。
その証左として、上の記事にあるように、二人の関係は恋愛ではないと、察しの良い担任の先生に言わせているのだ。
ただし、魔美の側からはともかく、高畑君の方が、魔美が別の男性と親しくしている様子を見ると、嫉妬のような態度を見せることがある。
少なくとも3作品は存在していて、それが発表順に『恋人コレクター』『マミを贈ります』『占いとミステリー』である。以下がその記事となる。
これらに共通するのは、高畑が嫉妬する相手は自分より年上の男性であるという点だ。逆を言えば、同年代の男の子にやきもちを焼くというシーンは描かれない。
高畑からすれば、魔美は他者に対して脇が甘く、本人の意思とは別に、年上の男性に言い寄られそうなタイプに見えているはずである。なので、自分が守らなくてはならない、というような感情もあるのかもしれない。
しかし、繰り返すように、高畑が一時、嫉妬したとしても、「魔美と付き合いたい」みたいな素振りは一切見せないし、何より魔美の方が、恋愛に対してまだ他人事のようなお子ちゃまである。
なので、全く二人の仲は恋人方向には進まないのだ。
ただし、下記の作品においては、魔美が恋愛対象として高畑君のことをどう思っているのかが伺える、貴重なエピソードが描かれる。
よって、変則的ではあるが、「藤子恋愛物語」シリーズの一本としてご紹介しておこうと思う。
パンチパーマに色付き眼鏡、ネックレスを下げ、裾の広がったパンツルックという現代風(当時)ファッション。いかにも怪しげな男に、なぜか魔美がロックオンされる。
魔美は男の視線を感じつつ、その場から立ち去ろうとするが、後ろからその男が声を掛けてくる。ハンカチが落ちたと言うのである。この時、男の歩く音が「パカランパカラン」であることが少々気にかかるが、底上げブーツでも履いているのだろうか。
魔美は「あら、どうも」と素気なくハンカチを受け取って行こうとするのだが、男は「そのハンカチは僕のだ」と言う。なんとも安っぽいナンパの初手であったのだ。
男は「話しかけるきっかけが欲しかった」と正直に語りつつ、「ひとめ見た時閃いたのだ、この人こそ僕の・・・」と魔美を口説きにかかるのだが、すでに魔美の姿はない。
フラれた形の男だが、「俺の好みのタイプ」とめげる様子はなく、近くにいた細谷(放送屋)さんに、魔美のことを尋ねるのであった。
その頃魔美はテレポートで高畑の家へと向かっていた。男から逃げたかったのもあるが、暑くてダラダラ歩いていられないと思ったからである。
そしていつものように、パッと高畑の部屋へと飛び込むと、クーラーのない環境にある高畑は、文字通りパンツ一丁で寝転がってアイスなどを食べている。とても人様に見せられる格好ではない、
「ノックぐらいしろよ」と抗議する高畑に、「別にそのままでも構わない」と魔美。この辺りの噛み合わなさを見るにつけても、魔美から高畑君を思う気持ちは無さそうである。
魔美は高畑に今日は何の日か尋ねる。高畑は「終戦記念日でもなし・・」と首をひねるが、すぐに今日は土用の丑の日で、ウナギを食べる日だと思い浮かぶ。
魔美はこの答えにカチンときて、「薄情ね、私は4月12日を覚えててボールペンをプレゼントしたわ」と声を上げる。そう、今日は魔美の誕生日であり、魔美は自分の誕生日パーティーに誘いに来てくれたのだ。
高畑は誕生日を覚えていないという失態を演じただけでなく、魔美から「ささやかなケーキを切って祝う」と聞くと、「是非伺います、甘いものは大好きだから」とデリカシーのない受け答えをしてしまう。
魔美は「甘いものだけが目当てみたい」とますます不機嫌になり、先ほどの土用の丑の日と言われたことも思い出して、「ウナギと私とどっちが大事なのよ」と憤慨するのであった。
もし仮に高畑が魔美に対して恋愛感情があるならば、この一連の失礼極まりないやりとりのようなことにならなかったと思われる。そして、この高畑の女心のわからなさが、この後魔美がナンパ男に付け入られる要因となってしまうのである。
魔美が帰宅すると、先ほど家の前でナンパしてきた男が居り、パパに対して「ずっと前から佐倉先生の絵を敬服していた」などと見え透いたお世辞で見事に心を掴んでいる様子。
男はイラストレーター志望の美大生だと偽って、パパに近づいてきたのである。「将を射んとする者はまず馬を射よ」の格言通りの行動パターンである。
魔美は「図々しい人って嫌いよ」と皮肉を言うと、男は即座に「僕も大嫌い、僕たち気が合いそうだね」と返してくる。口八丁手八丁の油断ならない男なのである。
魔美と二人きりになると、すぐにも怒涛のナンパ作戦が再開。「僕は君を見て夢中になった、恋人になってくれ」と、てらいもなく告白。さらに「二人で青春のひと時を楽しもう、油壷へ行って僕のヨットで真夏の海へ乗り出そう」とズカズカと踏み込んでくる。
強引に魔美を連れ出そうとする男に対して、コンポコがフェンフェンと鳴いて助太刀に入る。すると男が「うるせえネコだな」と口走ったものだから、コンポコはブチ切れて男をボロボロにしてしまう。
男はたまらず家から逃げ出し、「ガールハントにかけちゃ超能力者と言われた俺が失敗するとは」と悔しがる。そして「このまま引き下がれない、あらゆるテクニックを使って、俺のコレクションの一人に加えてみせるぞ」と、かえって意思を強めるのであった。
さて、怒りの収まらないコンポコは、二度と男を寄せつけないよう玄関で見張ると言って部屋を出ていく。この時のコンポコは完全に二本足で歩いているように見える。
魔美は先ほどのナンパ攻勢にまだドキドキが収まらないが、「でも私もそろそろ一人前の女性に見られる年頃なのかなあ」と少し気分を良くしてしまう。強引とは言え、やはり熱烈に言い寄られると満更でもないようなのだ。
ここで魔美は、遠い目をして思う。
ここでパッと思い浮かぶのは高畑なのだが、その姿は先ほどのパンツ一丁のだらしない姿。魔美は「もうちょっとカッコよければいいのにな」と、残念がる。
さらにここからは、珍しく魔美が高畑について、結婚相手としての見解を巡らせていく。
そして一方的に、魔美は「決めた、高畑さんのお嫁になろう」と結論を得る。ところがここで「高畑の外見で自分の頭脳を持った子が生まれたら、こりゃあ問題だわ!!」と我に返る。
そこで取り出したるは、「星座と占い」という本で、高畑との相性を調べてみることにする。
高畑は4月12日のおひつじ座。独立心、決断力、活動と勇気の性格が与えられているという。
魔美はしし座。性格は、正義と犠牲と奉仕。いつも鏡の中の自分を見つめ、虚栄と自惚れがあるという。
肝心のしし座とおひつじ座の相性は悪くない。魔美は高畑の気持ちはどうなのか、確かめてみなくちゃと思うのであった。
ところで、魔美の誕生日は作中では明示されないのだが、冒頭の高畑とのやりとりから、土用の丑の日と同じであることが判明している。そこで調べてみると、本作が書かれた1978年の土用の丑の日は2回あり、7月26日と8月7日であった。
両日ともしし座ではあるが、高畑は「終戦記念日でもないし」と言っていたので、おそらくは後者、8月7日生まれが濃厚であろう。
となると、8月7日はのび太の誕生日でもある。これは偶然なのか、狙っていたのか・・。
ちなみにアニメでは、オリジナルエピソードの中で京都の大文字送り火の日であるとされている。こちらを支持するのなら、魔美の誕生日は8月16日となる。
終戦記念日と一日違いなので、高畑が一瞬間違えそうになった事実と合致するが、さてどちらが正しいのだろうか。
さて、この後ナンパ男(名前は早手と判明)の逆襲があり、高畑とも一戦交えることになるのだが、長くなってしまったので、一度本稿はここで区切り。
次回、本作の後半戦を取り上げていく。