少しずつ、世の中は良い方向に『T・P隊員の犯罪』/「T・Pぼん」アニメ化記念特集⑥

本稿で取り上げる『T・P隊員の犯罪』は、タイトルだけだと、内容は想像できるが、いつの時代のどんなテーマを描いているのがわからない。

いずれかの時代にフォーカスする「T・Pぼん」としては、異例のパターンと言える。(同様の例としては『超空間の漂流者』)


本稿のテーマとは、ずばり「絶滅危惧種と人間」である。これは、藤子F先生が、繰り返し繰り返し描いているテーマで、特に1980年代において同様の主題を扱った作品は数知れない。(以下にリストアップ)

◆主な「絶命危惧種」作品
ドラえもん『モアよドードーよ、永遠に』1978年11月
『絶滅の島』(サイレント版)「スターログ」1980年8月
ドラえもん『のび太は世界にただ一匹』1981年3月
T・Pぼん『T・P隊員の犯罪』1982年9月(本稿)
ドラえもん『さらばキー坊』1984年4月
ドラえもん『ドンジャラ村のホイ』1984年7月
『絶滅の島』(単行本版)「てんとう虫コミックス」1985年7月25日
大長編ドラえもん『のび太と雲の王国』1991年10月~

上記のほとんどを記事化させているので、興味ある方は是非以下のリンクから読んでみて欲しい。


本作は、歴史の流れの改変を許されないT・P隊員にとって、許されざる罪を犯した男についてのお話である。しかし、当然のことながら、罪を犯さざるを得ない理由がある。

本稿では、この犯罪者に対して、藤子F先生のとある思いが十分に込められている。それをくみ取りながら、丁寧にその内容を検討していきたい。


『T・P隊員の犯罪』
「コミックトム」1982年9月号/大全集2巻

ぼんや白木さんが、博学の友人・柳沢から、「珍しいものを見せるから」と言われて呼び出される。ドキドキしながら向かうと、それは都会では珍しい存在となったモンシロチョウであった。さすがに大げさだと、期待外れのぼんたち。

ちなみにモンシロチョウは都心では珍しいのかも知れないが、基本的に日本全国で容易に見ることのできるチョウである。


部屋に戻ると、T・P本部の監察官がぼんの帰りを待っている。彼が言うには、T・P隊員の中から犯罪者が出てしまった、1667年のイギリスの港町で、一人の水夫を殺したのだという。

勇敢で正義感も強く、心優しかったというその男の犯罪を未然に防ぎ、犯人を逮捕することが今回のぼんの任務である。警察のような仕事であり、かなりな危険が伴いそうだが、それだけぼんが信頼されているのかもしれない。


さっそく、助手のユミ子と共に、現地時に飛ぶ。その途中で、今回の任務をいま一度整理する。

時は1667年。場所はサザンブトン。ロンドンから93キロ離れた古い歴史を持つ港町だ。

犯人の名はジョン・デフォー。23歳の英国人で隊員歴は5年。被害者はザブロック、38歳、捕鯨船のモリ撃ち。

デフォーとザブロックは、向かった日の夜10時半に裏通りの酒場で出会い、犯行が行われる。

ちなみにサザンブトンは、ポーツマス条約が調印された町、ポーツマスから程ない場所にある。タイタニック号の出港地としても知られている。

殺人犯と交戦になった時のため、「ショックガン」を準備するぼんたち。ぼんはユミ子に「射撃なら自信がある。OK牧場の近所で決闘したこともある」と語っているが、第一部での下記の出来事を念頭に置いている。


夜の酒場へと向かうぼんたち。そこには機嫌よく飲んだくれたザブロックがいる。巨大なセミクジラ、レビアタンを仕留めた褒美として、船長に金貨を貰ったと、店主に自慢している。

レビアタン(レヴィアタン)とは、旧約聖書にしばしば登場する海の怪物のことで、おそらくこの時代の捕鯨界では、怪物級の巨大クジラをそのように呼称していたものと思われる。

そんなザブロックに話しかけてくる男が一人。レビアタンについてもっと詳しく教えて欲しいという。しばらくはザブロックの武勇伝を静かに聞いていたが、会話の途中でザブロックが頭に巻いていた「レビアタンのヒゲ」を手にして、突然激高する。

「これが彼ら一族の命取りになったのか!!」

突然大声を出したので、驚いてひっくり返るザブロック。男は非礼を詫びる。意味ありげな男の叫びだが、この時点は何の話かさっぱりわからない。


二人は酒場を出る。ザブロックが家へとフラフラ戻っていくのだが、男はその進路を変えようとする。男の目的は、この後ザブロックが酔って穴に落ちて、そこで一人の男に助けられるという歴史を変えさせたいのである。

ザブロックとその男が出会うことで、「彼らの悲惨な運命が始まる」のだと男は独り言ちる。

この後、結局ザブロックが穴に落ち、気絶をしてしまう。男は「歴史の流れは強い」と観念し、仕方なくザブロックを消そうと考える。「何百万、何千万の彼らを救うため、許してください」と言って、銃をザブロックへ向ける。

男が繰り返し口にする「彼ら」とは何者のことなのだろうか。ここまでミステリ調にお話が進行している。


男が犯行に及ぶ直前、ぼんがショックガンを撃ちこみ、男を倒して事なきを得る。ぼんたちの姿を見て、「しまった」と口にして姿を消す男。「ハンディタイムマシン」を使って、逃げ出されてしまったのである。ガンの出力を最小にしたのが裏目に出たようだ。

その後、倒れていたザブロックを、とある男が助ける。デフォーが危惧していた「出会い」は達せられてしまったように見える。

犯行は止めたが犯人確保には至らず、現代へと帰還するぼんたち。しかし、監察官によればデフォーの罪は殺人だけではなく、歴史の改変も試みており、身柄を確保して査問する必要があったのである。

そこでデフォーのマシンを追尾するべく、波動を捉まえるセンサーを手渡されるぼんたち。今度こそデフォーを捕らえるため、再度、17世紀のイギリスへと向かう。


センサーで追っていくと、デフォーは、サザンブトンでの夜を過ぎて、さらに過去へと向かっているようだ。時間を遡って、もっと前の時点でザブロックを殺そうと考えているのだろう。

センサーが消えたところで、ぼんたちは超空間を抜ける。するとそこは大海原のど真ん中。一艘の船がクジラの群れへと近づいていく。V字型に潮を吹いていることから、セミクジラだとわかる。その中に、かなり巨大な個体がいて、これこそがザブロックの語っていたレビタアンであろう。

デフォーは、ザブロックがレビタアンを捕獲する前に排除しようと考えているのだ。

様子を見ていると、ザブロックが倒すはずのレビタアンに逆に襲われて、船から転覆させられる。心優しきセミクジラが、狂暴な様子で海に落ちたザブロックに襲い掛かっていく。

レビタアンはデフォーの「生体コントローラー」で操られていているのだ。海中でデフォーを見つけたぼんは、得意の射撃で見事に撃退。無事、デフォーの身柄確保に成功するのであった。


近くの無人島で、ぼんはデフォーに今回の犯罪の動機を尋ねる。訥々と語られた意外な事実とは・・・。

・ザブロックがサザンブトンで出会った男は、高級婦人服専門の仕立て屋だった。
・ザブロックのヘアバントを目にして、鯨のヒゲがコルセットに最適な素材であることを直感した。
・やがて新型コルセットが作られ、コル・バネレと呼ばれて大ヒットとなる。
・時代が進み、新型のフープ・ペチコートが作られ、フランスに輸入されてパニエとなる。
コル・バネレとパニエは爆発的に流行し、ヨーロッパの貴婦人にとって欠かせぬものとなる
・材料となるセミクジラは乱獲され、デフォーが住んでいる時代である1912年には一頭のセミクジラも捕れなくなる。
・すなわち、セミクジラは絶滅したのである。

ここで、サザンブトンの町で、デフォーが「彼ら」と呼んでいたのはセミクジラであることがわかる。

デフォーの犯行目的は、セミクジラの絶滅のきっかけとなった、男たちの出会いを妨げることだった。すなわちセミクジラのヒゲと高級婦人服との結びつきを阻止するためだったのだ。


そしてデフォーの言葉を借りて、F先生の思いが零れる。

「鯨も人間も等しく神がお創りになったものだ。たかがおしゃれのために、一つの種を絶滅させるなど、許しがたい大罪じゃないか」

もちろん、ここで絶滅阻止の手段として、殺人を試みたことへの反論をぼんに言わせる。

「ザブロックを殺したって解決にはならない。鯨のヒゲでコルセットをなんてアイディアは、遅かれ早かれ誰かが考えつくんじゃないかしら」

ヒゲクジラの絶滅は、人類の歴史において必然だったのではなかろうか、という問いかけである。

こうしたやり取りの上で、次のセリフがおそらくはF先生のもっとも主張したいこととなる。すなわち、

「自然は全て自分たちのためにあるという人間の思い上がりが無くならない限り、これからも多くの動植物が絶滅していくのだろう」

このメッセージは、一連の「グリーンドラえもん」キャンペーンの中で語られ、その後の大長編『のび太と雲の王国』で結実を迎えることになる。


デフォーが監察官に引き渡される。そのタイミングでユミ子がデフォーに告げる。セミクジラは絶滅していない、むしろ最近では再び増え始めていると。

20世紀末になり、自然保護運動も盛んになっている。少しずつだけど、世の中には良い方向に動き出しているのだと、デフォーに言うと、「それを聞いて救われた」と返す。

査問委員会がデフォーの気持ちを汲んで、処分が軽くなって欲しいと思う、ぼんとユミ子であった。


世の中良い方に向かっている。これは藤子先生が本当に思っていたことなのかは不明である。

しかし、『のび太と雲の王国』などでも、ラストで「地球の自然は破壊されつつあるが、一方では自然を守ろうと努力している人たちも増えつつある」と語られている。

現状はともかくも、将来の子供たちが、それまでのような人間の非道な行いを改めてくれることを、藤子先生が信じていたことは想像に難くないのである。



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