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人生の結末を誰にも教えて欲しくないんだ『占いとミステリー』/当たるも八卦当たらぬも④
「当たるも八卦当たらぬも」と題して、みんなが大好き「占い」をテーマとした藤子作品を見てきた。これまでに3作品を選んで記事にしたが、取り上げた作品全てに共通しているのは、そこはかとない「占い」への不信感である。
当たるかもわからない「占い」を信じてしまって、必要以上に慌てたり、ビビったりしてしまうことの愚かさ。占いが示す運命とは関係なく、その人が信じた道を進むべきだとする主張。
そういったメッセージが、占いをテーマとした作品から浮かび上がってくることを丹念に見てきた。記事のリンクを張っておくので、もしよろしければご参照下さい。
さて本稿ではこのシリーズの最終回とさせてもらい、「占い」について藤子先生がどのように捉えているかが、さらにはっきりと明示している作品を考察していきたい。
少し大人の世界を描く「エスパー魔美」の中でも傑出した、「占い」と「推理小説」と「人の運命」というモチーフを見事に掛け合わせた、最高にお勧めしたい一本である。
「エスパー魔美」『占いとミステリー』
「少年ビックコミック」1982年4号/大全集5巻
魔美が珍しく夜更かしして本を読み耽っている。アガサ・クイーンの「大密室」という推理小説にハマってしまい、読む手が止まらなくなってしまったのだ。
なお、説明するまでもないが、魔美が手にしている本の著者名アガサ・クイーンは、「アガサ・クリスティ」と「エラリー・クイーン」を合わせた名前となっている。
アガサ・クリスティは、英国で20世紀前期~中期に大活躍したミステリーの女王と呼ばれる推理小説家。特に探偵ポアロとミス・マーブルを主人公とした作品が有名で、ミステリファンで読んだことのない人はいない大御所である。
今でも映像化・舞台化されることが多く、最近も「ナイル殺人事件」が再映画化されていた。
エラリー・クイーンは、フレデリック・ダネイとマンフレッド・ベニントン・リーの共同ペンネームで、エラリー・クイーンという名前の探偵を主人公にしている点が特徴的。「国名シリーズ」などが有名。ダネイとリーは、バーナビー・ロスという別名義もあり、『Yの悲劇』などで知られている。
なお魔美が読んでいた「大密室」は元ネタがわからなかったが、典型的な密室劇なのだろう。
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さすがに深夜になりママからも注意されたので寝ることに。ベッドに入った魔美は、空き家だった家に明かりがついているのに気がつく。様子を見に行くと、大雨の深夜にも関わらず引っ越しをしている。
あと30分で0時なので急げと指示している人、引っ越し業者の人たちを労っている人の声が聞こえてくる。この段階ではシルエットだが、後の重要人物たちである。
翌日まんまと寝坊して遅刻して、授業中も眠って注意される魔美。放課後、高畑に推理小説にハマっていると伝える。読書好きの高畑は当然ミステリも大好物で、魔美から「大密室」を借りることに。
魔美は別のミステリを読みたいが資金がない。モデルの仕事も別のあっせんモデルで間に合っている。お釣り目当てに買い物を引き受けるが、ピッタリお金を渡される。
買い物帰り、「踊る死体」というミステリを読む耽りながら歩いている男性とすれ違う。魔美は「名作と噂の高い小説だ」と思っていると、男性は小説に夢中になりすぎて、ドブに足を突っ込んでしまう。
魔美が手助けすると、足を挫いている様子。そこで肩を貸して歩き出すのだが、その様子を野球に向かう高畑に目撃される。ここで高畑は珍しく「誰だ、あの男は!?」と、嫉妬の表情を浮かべるのであった。
ちなみに「踊る死体」の作者名は「レンタ・カー」と書かれている。この名前はレンタカーのモジリでもあるが、アメリカのミステリ作家ジョン・ディスン・カーから取られている。カーは、「密室の王者」などとも言われる作家で、主に戦後まもない時期に多く読まれていた。
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男性の自宅は、先日大雨の夜に引っ越しをしていた家であった。門には「占い総合センター 院長 聖天宮宜子」と大きく看板が掲げられている。男曰く、「聖天宮宜子は母で、本名は山田花子」。無理やり引っ越しをした理由は、「あの日に移転しないと不吉だ」と言われたからだという。
「引っ越したくなかったが、勤め先の方角が悪いと言うので」と男は事情を説明する。この部分から、男は母親の占い通りに動くものの、あまり信じていないようなニュアンスを受け取れる。
魔美は男の部屋に寄らせてもらう。部屋の本棚には推理小説を中心とした大量に並べられている。好きなだけ持っていって良いと言われて喜ぶ魔美。すると部屋が急に冷え込む。母親のお告げで火難の相が出ているのでヒーターを消したのだと。
男はこっそりと「占いなんて信じちゃいない」と打ち明ける。それでは反対すればと思う魔美だったが、男はその一方で母親が自分の職業に忠実に働いていているし、女手一つで育ててくれたことに頭が上がらないのだという。
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いずれにせよ大量のミステリ小説を入手した魔美は、この夜も夜更かしして翌朝遅刻~授業中居眠りのパターンを踏襲する。放課後高畑に、山田さんの話を嬉々として聞かせる。
・ミステリマニア
・36歳、一流商社のエリート社員
・ハンサムでおっとりしてて、やさしい
・なぜか独身
・占いは嫌いだが母親に頭が上がらない
不愉快そうに話を聞いていた高畑は、
「変なの!! いい年してマザコンなんて!!」
といつになく、人を貶めるような発言をする。これは間違いなく嫉妬心から出た言葉なのだが、魔美はそのことを気が付かない。
話が変わって先日高畑が借りた「大密室」の話題となる。すると魔美は、「トリックが凄いのよ」と切り出し、何とミステリの種明かしをベラベラとしゃべってしまう。今でいうネタバレである。
これを聞いてしまった高畑は涙ながらに大激怒。
「先を読む楽しみが無くなったじゃないか! 推理小説の種明かしするなんて最大のエチケット違反だぞ!!」
高畑は怒って行ってしまい、魔美は親切に教えてあげただけなのに、と自分のした罪がわかっていない様子。なお、この高畑のセリフは、ラストシーンで生きてくる大いなる伏線となっている。
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放送屋(細矢さん)の噂話などから、聖天宮宜子はかなりの評判を呼んでいる占い師だということがわかってくる。九州や北海道にも顧客がいるらしい。魔美は山田さんはお母さんの言う通りにしてれば間違いない幸せ者だと思うのだった。
すっかり山田と打ち解けた魔美。山田の部屋で本を読んでいる魔美。そこで山田に推理小説の種明かしがいけないことかと質問すると、普段温厚な山田が突如として激昂する。
「当然じゃないですか!! もしも誰か僕に、読みかけのミステリーの犯人を教えたらぶん殴ってやる!!」
魔美も驚く興奮っぷりだが、ミステリマニアの考えがわかってくるのであった。
その夜。お客さんに痴漢されそうになった保険の外交員を助ける魔美。独身女性で、魔美は孤独そうな影を見て取る。それは山田と共通するもののように感じる。
山田の家に新しい推理小説を借りに伺う魔美。まだ山田は帰宅前で不在だったが、部屋へと通される。すると、山田の母親・聖天宮宜子とすれ違うのだが、太郎のガールフレンドということで、関心を寄せられ、運勢を見てもらうことになる。
ここから魔美の運勢が次々と明らかになる。一部だけ抜粋すると・・・
・人相 → 騙されやすいがこだわらないのが美点、末広がりで子宝に恵まれ晩年の運がいい、のんびりと長生きする・・・
・手相 → 生命線が長く100歳以上生きるかも、頭脳線が斜めに下がっている。夢みたいな空想に耽ったりする・・・
・姓名判断 → 人格が主運で31画が素晴らしい・・・
・星占い、筮竹、水晶玉 → 理想的な運勢
運勢をベタ褒めされて、大喜びの魔美。高畑に出くわし、「素敵な結婚をして世界一幸せになるんですって」と自慢すると、「それはそれはおめでとう」と、プリプリしながら去っていく高畑。すっかり、二人の間にはすきま風が吹いてしまっている。
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すると魔美は、通りの向こうで光り輝くものが見える。山田とこの前魔美が助けた女性が、ばったりと出会って見つめ合っているのだが、二人からは「恋の光」のような輝きを発しているのである。
その頃魔美の家では、聖天宮宜子がパパに息子の縁談を申し出ている。突然の話に驚き慌て、魔美はまだ14歳だと言うと、年の差ではなく相性が問題で、その点二人の相性はこの上なくぴったりなのだという。
運命は定められているという一点張りで、全く反論が聞かない。その強引さに熱を出してしまうパパ。魔美がこの話を聞き、「山田さんはいい人だけと結婚なんてとんでもない」ということで、断りに出向くことに。
魔美はそこで高畑にヘルプを求める。事情を聞いた高畑は「ナニ!?中年男の嫁さんに!?」と顔色を変えて、聖天宮宜子の家へと走り出す。嫉妬が前向きな行動にようやく働いたらしい。
そして科学的な知識を持つ高畑と、最高の占い師との討論が幕を開ける。ここでの話し合いは、「占いとは何か」というディベートで、かなり読み応えがある部分なのだが、ここでは詳細は省く。是非原典を当たってもらいたい。(特に占い=統計学か否かの議論が面白い)
議論の末、最終的には信じない人には何を言っても無駄ということで、家から追い出されてしまう。
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するとそこへやってくるのが、山田と保険外交員の女性の二人。彼らはかつて愛し合い、結婚を約束したのだが母親の猛反対にあって、断念してしまった過去を持っているのだった。
山田は女性を母親に改めて紹介し、この人と結婚すると宣言する。鬼の形相となった母親は、その女は最悪の運勢で相性も悪いと言い出し、結婚などさせないと大声を出す。
そして「母さんの占いを信じないのか」と息子に問う。すると山田は、ズバリ言い返す。
「信じるとか信じないとか、そんなことじゃないんだよ。占って欲しくないんだ、僕らの未来を」
そして本作において、最も重要な言葉を付け加える。
「ちょっとキザな言い方をすれば、僕の人生を推理小説に例えると・・・、僕は誰にも結末を教えて欲しくないんです。一ページずつ、自分の目で読み進めていきたいのです」
人生と推理小説と占いという三大テーマが見事に融合を果たす名ゼリフである。
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親子の言い争いは続く。今度ばかりは山田は引き下がらないだろう。魔美たちは、このような災難を聖天宮は占いで予知できなかったのかと話す。
どんなに当たる占いがあったとして、それを信じるかどうかではなく、そもそも勝手に占って欲しくない、というのが山田の主張だった。占いの結果を否定するわけではなく、占いそのものを嫌う姿勢が明確である。
これをわかりやすく、占いを「ミステリのネタバレ」と重ね合わせているのが、本作のユニークな点であり、秀逸なアイディアである。
本作は、藤子先生の「占い」論、運命論を読み解くことのできる、貴重な作品だと言えるだろう。是非、読んでもらいたいと思います。
「エスパー魔美」全作解説中。