「のび太の日本誕生」とチンプイの繋がりとは『御先祖は日本王?』/石器時代の物語<番外編>

「チンプイ」は、1985年から「藤子不二雄ランド」の巻末にて発表された作品で、藤子F先生の体調不良での連載中断を挟みながら、1991年の藤子不二雄ランド刊行終了まで連載が続いた。

藤子先生の晩年を代表する連載作品であり、これでもかと魅力的なキャラクターたちが登場する非常に楽しいお話である。(これほど一本のお話で新規のキャラクターが出てくることは珍しい)


本稿では、連載開始から5作目となる作品を見ていくが、エリちゃんの主要な友だちの紹介にもなっているお話であり、エリちゃんの意外なご先祖様が明らかになる話でもある。

さらには、その後、このご先祖様と「ドラえもん」が意外なところで結びつくことになる。その意味で、今後予定している「ドラえもん」の大長編の考察には欠かせないし、このnoteできちんと語っておくべき作品である。


「チンプイ」『御先祖は日本王?』
藤子不二雄ランド「ドラえもん」第15巻(1985年8月9日初版)

爽やかな晩夏の風が吹く。長かった夏休みも終盤となり、まだ終えていない宿題が気にかかってくる頃である。

エリは「忍び寄る秋の気配。二学期が始まるまでの束の間の自由を大事にしなくちゃ」ということで、ボーイフレンドの内木君の家へ遊びに出かけることに。

ちなみにエリは庭の壁を飛び越えて外出する癖があるが、庭にエリの顔をみればお手伝いを押し付けてくるママがいたため、最初は外出できないと言っていたが、チンプイに「玄関から出れば」とアドバイスをされている。


ところが内木君は最後のやっかいな宿題を残しており、そのためにおじいさんの家へ出ることになったという。

優等生の内木君が夏休み後半で終えていない宿題というのは、社会の日根先生出題の「わがルーツ」というレポートである。

要は自分の先祖について調べるというものなのだが、なかなか意義深い目的があり、日根先生が語るその部分を抜粋してみたい。

「社会には歴史がある。同様に社会に生きる我々にもひとりひとりの歴史がある。この世に人類が現れて以来絶えることのない血のつながりの末に君たちがいるのだ」

日根先生、良いこと言う! これはもちろん、藤子F先生の子供たちへのメッセージに他ならない。

内木家は代々加賀藩に仕えた武士だったようだが、父に聞いてもはっきりしなかったので、もっと詳しく知るために祖父のもとを訪ねることにしたという。内木はやはり紛れもない優等生であった。


さて、この宿題はエリも当然対象者。チンプイが「マール星王室調査室の・・・」と、何か助け舟を出してくれそうだったのだが、自分を妃にしたがるマール星の話は聞きたくないと怒鳴って、口を封じてしまう。

そしてパパにご先祖の話を尋ねると、エリの祖父・太郎は教員で、曾祖父・勇作が村役場の書記だったと答える。もっと古い話を知りたいのだが、エリのパパが子供の頃、父の太郎が戦死してしまったので、これ以上のことはわからないという。

さりげなく戦死というキーワードが出ているが、エリの祖父の太郎は、教員だったにも関わらず、徴兵されてどこかで死んでしまったようである。戦中派の藤子先生ならではの設定と言えるだろう。


エリは「こんな変な宿題みんなやってるかしら」と疑問に思い、方々に話を聞いて回る。

まず大江山(この世界のジャイアン)と一緒に野球で遊んでいるスネ夫タイプの男の子に聞くと、「由緒正しい清和源氏の流れを汲む名門」であるという。

それを横で聞いていた大江山は、怒ってスネ夫タイプの少年の胸ぐらを掴む。自分は平家の子孫で、壇ノ浦の敗戦後、山奥の隠れ里に何百年も潜んでいたんだと激高し、「積もる恨みを晴らしてやる!」と少年を追いかけ回すのであった。

ちなみに藤子先生は、平家の落ち武者伝説がお気に入りらしく、いくつかの作品にモチーフとして取り込んでいる。(「T・Pぼん」『雲の中のミカド』)


続けて小金山スネ美を訪ねる。スネ美はどう見ても骨川スネ夫の親戚としか思えない風貌の女子で、大金持ちであり、嫌味な性格が似通っている。ただし、スネ夫と違って意地悪一辺倒ではなく、むしろ天然っぽいところがある。スネ夫のママに似ているタイプだ。

そして予想通り、小金山家はお金持ちの家系で、第二次世界大戦が終わるまでは男爵と呼ばれた家柄だったという。要は元華族だったということだ。家系図も残っているので、宿題も簡単に終えてしまったらしい。


そしてスネ美の家を後にすると、もう一人友人に声を掛けられる。この女の子に小金山家は元男爵だと告げると、「あんなの明治維新のドサクサで成り上がっただけじゃない」とバッサリ一刀両断。

その子の先祖は秦氏という渡来人で、その先を辿ると秦の始皇帝に繋がると豪語する。「どう、スケールが違うでしょ」と颯爽と去っていく。秦氏は機織りの家系かと思っていたが、「秦(しん)」と繋がっていたとは初耳である。


ともあれ、みんなはそれぞれ立派な先祖がいるので、羨ましがるエリなのだが、そこで久々に登場したチンプイが「エリちゃんのご先祖だって立派なもんじゃないか、ある時は日本王だったと言うじゃない」と声を掛ける。

チンプイ曰く、エリをお妃候補に選ぶ際、家柄を調べたというのである。そこで、マール星の話は聞きたくないという前言を撤回し、科法(科学+魔法)を使って実際に家系を遡ってみることにする。

部屋で昼寝をしているパパを実験台とする。「遺伝情報コネクター」でパパと「タイムシミュレーター」を繋ぎ、パパの中に受け継がれたきた遺伝情報を手掛かりにして、ご先祖様の姿に変えていくというもの。

まず一代遡る。写真で見覚えのあるおじいちゃん(太郎)の姿となる。さらには、村役場の書記を務めていたひいおじいちゃん(勇作)になる。

もっともっとと遡っていくが、どちらかというとパッとしない風情の男ばかりで、ちっとも偉そうなご先祖様が出現しない。

江戸~室町~鎌倉~平安~奈良・・・と遡り、石器時代まで辿り着くが、まだ出てこない。さすがにチンプイも「おかしいなあ」と弱気になったところで、お待ちかね! 「この人だ!」と言って登場したのが、いかにも貫禄ある風貌の石器時代の男である。

チンプイの解説によれば、「初めて日本へ移住してきた原始人グループのリーダー、ウンバホ氏」であるという。ただし、日本王とはいうものの、その頃の日本に他に人間がいなかったので、日本国王と言えるというからくりであった。


ともかくも、エリのご先祖様も誇るべき立派な方に違いはない。しかし、エリが「うちのご先祖様は日本最初の王ウンバホ・・」とレポートを書いていくのだが、まるで証拠のないものように思えて、筆が止まってしまう。

結局、「何とか先祖が公爵にならないか」とパパにねだるエリなのであった。


さて、問題はこのウンバホ氏である。

本作では、初めて日本に移住してきたグループのリーダーであると紹介されている。このエピソードを聞いて、藤子ファンであればすぐに大長編ドラえもんの「のび太の日本誕生」を想起することだろう。

「日本誕生」では、のび太たちと行動を共にすることになる少年・ククルが、日本に移住してきたグループの族長となり、ウンバホ(日の国の勇者)と呼ばれ、尊敬を集めたという後日談が出てくる。

単純に名前が「ウンバホ」と一緒であり、風貌もそっくり。「初めて日本に来た」という同じ経歴なので、エリのご先祖と「日本誕生」のククルが同一人物だと考えてもよさそうである。

よく勘違いされがちだが、ウンバホが初登場したのは「チンプイ」(85年)の方であり、「日本誕生」(1988~9年)が後になる。

つまり、日本誕生のアイディアの種の一つが、「チンプイ」の本作であったのだ。


なお、本作ではウンバホを単に「原始人グループのリーダー」としているが、「日本誕生」ではクルル一族(新人)と注釈を入れている。

チンプイの後、藤子先生は「日本誕生」の執筆を前に歴史的背景を整理したようで、

「それ以前の日本にも人間はいたようだ。だが彼ら(旧人)はやがて絶滅したらしく、今の日本人と血のつながりはない」

と丁寧に「日本誕生」の経緯を説明している。科学的な正確さに目を配るF先生の姿勢が伺えるところである。




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