「得な人間」になりたい、「大損な人間」のび太。『ニクメナイン』/クスリで大失敗⑧

ドラえもんが薬害を次々と引き起こしていることは、以下の記事を読んでもらえれば納得してもらえると思う。(結果的に良い思いをすることもあるが)


しかし、まだまだこんなものではない。

今回取りあげるお話に登場する薬は2種類だが、特に一方のクスリがとんでもない害悪を引き起こす。そもそも存在理由がよくわからない、害悪を引きおこすことを目的にしたようなクスリなのだ。


『ニクメナイン』
「小学六年生」1975年5月号/大全集3巻

まず前もって書いておくと、今回登場する薬は、「ニクメナイン」と「ムシスカン」という対となる2種類である。

ドラえもんでは、このように対になる薬は他にもあって、上でリンク張った記事の中では、「お金を嫌いになる薬」と「お金を配りたくなる薬」だったり、「クイック」と「スロー」という素早さが変わる薬が出てくる。

今回の「ニクメナイン」は、人から憎まれにくくなるという、人生好転を感じさせる立派な薬だが、「ムシスカン」は誰にも嫌われるという人生暗転しか無さそうな薬となっている。

ただ、本稿ラストで少し触れるが、何と「ムシスカン」は後年再登場を果たし、非常に重要な働きをみせることになる。害悪でしかない道具も、使い方しだいということなのだろうか。


空き地で野球の練習をしているいつものメンバー。のび太は参加せず見ている様子。

するととある気の良さそうな少年が、ボールキャッチの拍子にジャイアンとぶつかってしまい、その勢いでジャイアンは顔面を水たまりに突っ込んでしまう。

「えらいことやった!」と、のび太含め、友人たちがハラハラしながら推移を見ていると、少年は悪びれなく「ごめんごめん。かんべんな、このとおり」と軽い感じでジャイアンに謝る。

すると、いつもだったら大あばれしそうなところだが、意外にも「お前にかかっちゃかなわねえや」と言ってあっさり許してしまう。

この一部始終を見たのび太は「ジャンアンは怒りっぽいやつかと思っていた」と、不思議に思い、試してみようとジャイアンに背後から近づいて蹴り上げようとする。

ところが、実際に蹴る前から、ジャイアンは「何しやがる!!」と激怒して、のび太の顔面にパンチを決める。いつものように顔にめり込む、全治数か月クラスのダメージである。


顔面を赤くして帰宅するのび太。「こんな不公平なことってあるか!」とドラえもんに当たり散らす。するとドラえもんは、「それは人柄だよ」と切り出し、持って生まれた人間のタイプについて解説を始める。

「憎めないヤツっているもんだ。こん畜生と思っていてもそいつの顔を見ると、怒れなくなるような。その反対もある。虫の好かないヤツ。そいつは別に悪くないのに、顔見ただけで癪に障るヤツ。生まれつき色々あるもんだ。得な人間、損な人間」

全くもってその通りである。

見るだけでなんかムカつく人と、何だか可愛げのあると感じてしまう人がいる。表情なのか動作なのか、その差はどこから来ているのかよくわからない。いわゆる天性のものとしか思えないのである。

のび太はドラえもんの話を聞いて、「得な人間になりたい」と反応する。完全に「損な人間」トップクラスののび太ゆえ、切実さも感じるところである。


ただ、のび太も自分の力で憎めない人間になろうとはしない。すぐさまドラえもんに、「(得な人間に)してくれよ、なんかあるだろポケットに。出せよ」と迫る。「そんな言い方があるか」とドラえもん。

そこで取り出しのが「ニクメナイン」という薬である。一錠で一回、とっても感じのいい人物になるという代物である。

手にするや否やさっそく一錠飲んでしまうのび太。ドラえもんは「無駄に使っちゃだめだ」と注意して説教を始めるのだが、すぐに「まあいいだろ、君には怒れないや」と矛を収める。

そればかりか、ひげを引っ張られても、殴られても、「怒れない」の一点張り。さらには、ネズミのビックリ箱で脅かされ、気絶しながらも「怒れない」と答える。のび太は「こりゃ本物だ」と、自分の憎めなさ具合に満足する。

そして「僕はもう誰にも怒られない。のんびり楽しく暮らせるんだ!!」と早くも調子に乗る。もうこの時点で、のび太のろくでもない顛末が目に浮かぶ・・。


ママにも怒られず外出し、いつものメンバーが川遊びをしているところへ合流するのび太。すかさずのび太が、ジャイアンを蹴飛ばして、川へと突き落とす。

これがドえらいことになると、しずちゃんやスネ夫は顔を真っ青になるが、川から這い出てきたジャイアンは、のび太の顔を見ると、「お前にゃ怒れねえや」とあっさりと許してしまう。

その様子に驚いたスネ夫は、試してみようとジャイアンを殴ってみるのだが、返す刀でボコボコにされてしまい「不公平だ!」と呟く。冒頭場面ののび太の二の舞である。


のび太はよせばいいのに「誰にも僕には怒れない。そういう人柄になったんだ」と自ら胸を張る。憎めないタイプの人間があまり口にしないセリフである。

ただ、皆は反発せずに「羨ましいなあ」と好意的な反応。特にジャイアンは、散々いじられた後にも関わらず、「それに引き換え俺は、家でも学校でも怒られっぱなし」と吐露する。

確かに、ジャイアンはのび太とは別のタイプだが、憎まれやすいタチではある。

そしてジャイアンは「実は今日も怖くて家に帰れない」という。なぜかと言えば、オタマジャクシを捕まえてきて、入れ物がなかったのでやかんに入れておいたら、かあちゃんが知らずにその水を飲んでしまい、激怒したのだそう。

この話を聞いたのび太は、自分のせいにしてもらって、代わりに叱られてやろうかと申し出る。「そんなこと頼んでいいのか」と大喜びのジャイアン。

すると、スネ夫もパパのパイプでシャボン玉を吹いて折ってしまったと告白。のび太は他の子たちも合わせて、「僕が君らの罪を全部引き受けよう」と、高らかに罪引っ被り宣言をする。

それに対してみんなは「のび太さま!キリストみたいなお方だ」と完全に崇め奉るのであった。


そうなれば、もっと「ニクメナイン」が必要となる。そこでのび太は取って返し、ドラえもんに追加の薬をお願いすることに。

しかしドラえもんは先ほどネズミショックから立ち直れずに気絶したまま。のび太は「急いでいるから」と、勝手にドラえもんのポケットを探り、「ニクメナン」を引っ張り出す。

先んじてネタばらしをすると、こちらは「ニクメナイン」と真逆の働きをする「ムシスカン」という薬なのだが、傍目にその区別は全くつかない。まるで誤飲をさせたいがために似通らせているかのようだ。


のび太はいっぺんにうんと飲んじゃえと、手にした9粒全てを口の中に入れる。「エスパー魔美」では魔美ちゃんが10年前の風邪薬を一気飲みしていたが、藤子キャラたちの錠剤の飲み方は少々乱暴である。

のび太はニコニコしながら、ママの前を通過する。すると、先ほど出た時はママは快く送り出してくれのだが、今回は訳もなく耳をつねり、さらにベチンと顔面に思い切りビンタする。

挙句、「傍にいるだけで癪にさわるわ!」と大激怒。のび太は逃げるように家から飛び出すのだが、道では犬に噛み付かれたり、赤ちゃんに石をぶつけられたりする。

さらには、ジャイアンたちに囲まれ、「叱られに回ってくれる約束だぞ、何グズグズしてんだ!!」と凄まれる。先ほどの憎まれないのび太とは、隔世の感がある。

そして復活してきたドラえもんが言う。

「君が今飲んだのは、誰にも嫌われるムシスカンだよおっ」

誰にでも嫌われる薬って・・。それにどんなニーズがあるのだろうか。そして「ニクメナイン」と形状が似すぎているのもどうなのだろうか。


しかしながら、使い道の無さそうな「ムシスカン」だが、意外にもこの5年後に再登場を果たすことになる。その話では、誤飲したわけではなく、とある狙いを持って自らのび太が飲むことになるのだが、それはどういう了見であろうか。

続けて、次稿にて「続編」をご紹介してみよう。



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