藤子F版「チ。」の世界『地球は動く』/オバQ世界の天才児ハカセ③

「ビックコミックスピリッツ」で連載され、昨年の10月から絶賛アニメ放映されている「チ。-地球の運動について-」

内容の詳細は、是非ともアニメかコミックで堪能いただきたいが、ざっくり、中世のヨーロッパを舞台にした、地動説を研究する人々を追った胸アツな物語である。(特に最初の一巻の衝撃は大きかった)

この作品は、命にも代えて信念を貫こうとする人間の強さと、異説を迫害してしまう人間の弱さが同時に描かれていて、一読して、藤子F先生の「T・Pぼん」を思い起こした。

非常に藤子F的な物語だと感じたわけである。

そこで、「チ。」に関連したテーマの藤子F作品はなかったかと、脳みそを一巡させたところ、地動説を扱ったお話が思い浮かんだ。それが「オバケのQ太郎」の『地球は動く』という作品である。

極めてアカデミックな題材である地動説を、アカデミックな香りがほとんどしないQ太郎が学ぶという、まさにコペルニクス的転回とも言うべき、意外性を是非ともご賞味いただきたい。


なお、本作では、オバQ世界の博士こと、ハカセが地動説がどんなものかをきちんと解説をしてくれている。ハカセについては、これまで二本の記事を書き終えているので、本稿の前にこちらをご覧いただくことをお勧めします。


『地球は動く』
「週刊少年サンデー」1966年10号

改めて「チ。」のテーマとなっている地動説について、簡単にまとめてみたい。

ほとんどの方がご存じだと思うが、地動説とは、それまでの地球が宇宙の中心であるとされていた理(=天動説)をひっくり返し、地球が他の惑星と共に太陽を周回しているとした学説のことを指す。

一般的に地動説を始めて理論的に提唱したのは、カトリック教の司祭であったニコラウス・コペルニクス(1473‐1543)である。コペルニクスは、それまでも語られていた太陽中心説を、天文観測や計算によって理論補強し、1543年に自身の著書「天体の回転について」(1543年)にまとめ上げた。

地動説は、発表当時、迫害の対象になっておらず、逆にすぐに一般的な信用を得たわけでもなかった。異説の枠から出ていなかったものと考えられる。

しかし、ドイツのケプラー(1571-1630)や、イタリアのガリレオ・ガリレイ(伊1564‐1642)といった著名な天文学者が地動説を支持し、特にガリレオが地動説を補強する「慣性の法則」を示したことで、潮目が変わっていく。

地動説の広がりが見られる中、地動説にまつわる有名な事件が起こる。それが「ガリレオ裁判」である。

当時のキリスト教会による聖書の解釈では、地球が世界の中心であるとされていた。地球ではなく、太陽が中心とする地動説は、受け入れられるものではなかったようである。

ガリレオは自説の正当性を主張するべく、聖書の解釈についても見解を述べたことで、当時のキリスト教内での論争に巻き込まれる形となり、宗教裁判所において異端尋問に掛けられ、自説の撤回を命じられてしまう。

ただし、ここで投獄されたり、暴力などの不当な迫害に遭ったという説は誤りだとされているようだが、このあたりは判断しかねる。

ガリレオは「それでも地球は回っている」と述べたとされているが、実際にはこれもフィクションではないかとも言われているらしい。

しかしながら、ガリレオ裁判以降、地動説を公に語る者が減り、科学的発展が阻害されたことは紛れもない事実であろう。その意味で、当時の教会が下した判断は、やはり罪深いものと考えるが、果たしてどうなのだろうか。


この後、『地球は動く』の中身を見ていくが、本作は1966年の作品であり、ガリレオが迫害を受けたとされる説がそのまま受け入れられている点をご了解いただきたい。


本作は特別ゲストの登場で幕を開ける。赤塚不二夫作品(おそ松くん)からの客演となるチビ太である。ご存じのとおり、初期オバQはスタジオ・ゼロのメンバーの共作として描かれている。赤塚不二夫もゼロのスターティングメンバーであり、オバQでは背景や仕上げなどを担当していた。

チビ太はトレードマークとなっているおでんを手にして登場。特別出演チビ太(フジオ・プロ)と記載されている。

Qちゃんは「うまそうだなあ!!」とおでんに注目。強引に説得して持っていたリンゴと交換してもらう。ところが、やはりリンゴの方がいい、と優柔不断の態度を取り始め、結局二つともチビ太に取られて逃げられてしまう。


そんなQちゃんの一部始終を見ていたハカセが、「Qちゃんは信念がないからそんなことになるんだ」と指摘する。ちなみに今回のハカセからは、眉毛が「ハ」で、両目が「カ」と「セ」になっている。

シンネンと聞いて「新年=お正月」を思い浮かべるQちゃん。ハカセは、「信念とは、例えばおでんがいいと信じたら、絶対にぐらつかないことだ」と説明する。

そしてハカセが信念の人として例に挙げたのがガリレオ・ガリレイである。Qちゃんは「その人おでん屋さん?」と天然ボケをかますが、ハカセは「初めて地動説を発表した人さ」と答える。

実際には地動説はコペルニクスがガリレオより先に提唱しているが、この時代での認識はそうでなかったようである。

ハカセは「地面が動いていることを発見したんだ」と補足するが、Qちゃんは「地震のことか」と勘違い。さらに「地球が動いているって言ったんだ」と付け加えると、「その人バカだね」とQちゃんはあざ笑う。

Qちゃんは「地球が動いていたら乗っている僕らは転げ落ちるはず」と、至極真っ当なツッコミを入れるが、ハカセはそれについてうまく回答できない。

本に書いてあると言っても、Qちゃんは「本もウソをつくことがあるんだね」とまるで納得しない。先生に問い合わせてQちゃんに説明してもらっても、「先生も間違うことがあるんだね」と信用しない。

Qちゃんは本、先生、友人たちの話を聞いても全く信じないのだが、ドロンパがテレビに変身して「地球は動いているよー」と伝えると、ここでようやく認めて、「キャー危ない」と言って飛んでいく。

ここでは、疑り深いQちゃんが、テレビの言うことだけは信じるというギャグになっているのだが、何だか、ネットの話題しか信用しないと言っている、現代人のマインドとも似通っているように思う。

ちなみになぜ動いている地球から落ちないかと言えば、「慣性の法則(運動の第一法則)」が働いているからである。ガリレオはこの法則を理解したからこそ、地動説を主張したのである。


完全には納得できていないQちゃんだが、それはさておき、先ほどのおでんと地球が動くことにどんな関係があるのか、ハカセに尋ねる。

かなり回り道をしたが、ハカセが言いたかったことは下記のような内容である。

・ガリレオが地動説を唱えると、世の中が大騒ぎになった
・当時の人々は地球が宇宙の中心と思っていたので、神の教えに背く考えとされた
・ガリレオは捕まって、酷い目に遭った。無理やりに自分がウソをついたと書かされた
・ガリレオは密かに呟く

「それでも地球は動く!!」

と。

残念ながらQちゃんには、おでんとの関係についてはわからずじまいだったが、シンネンが大事だとは刷り込まれたようだった。


さて家に戻ったQちゃん。ガリレオの話題を正ちゃんに振ると、「ガリレオは電灯を発明した」などとニュートンを勘違いする小ボケ。

Qちゃんは地動説がまだしっくりこないようで、「太陽が地球の周りを回っても同じだ」と疑問をぶつけてくる。「わりと理屈っぽい」と正ちゃん伸ちゃんに嫌がられるが、Qちゃんの疑問を持ち続ける姿勢は非常に正しいものに見える。

対する正ちゃんたちは「偉い科学者が言っている」と、ある種の思考停止をしている。


Qちゃんはどうしても地球が動いている証拠が見たいと考える。動力はモーターか、原子力か、などと疑問を正ちゃんたちに呈するが、知らないと一蹴される。

そんな中、夜中になって、「空に浮かんでいればいい」と思いつく。「下で地球が回ればただで世界一周旅行できる」と言うのだ。早速お弁当を用意してもらって、空へと浮かびあがっていく。

ところが、Qちゃんが言うように空に浮かんでいるだけでは、世界一周などできない。

その理由は作中では語られないが、やはり慣性の法則が影響している。大気も地球の自転と一緒に動くので、慣性が残って一緒に自転してしまうのである。


翌朝、目が覚めたQちゃんは、見慣れた風景が広がっていることを意外に思う。ドロンパのいたずらもあって、いつもの町がアメリカだと思い込むのだが、こうなると「信念の人」となったQちゃんは、日本にいることを信じなくなる。

大原家のメンバーと再会しても、「アメリカのパパとママ、初めまして・・」と挨拶を始めてしまう。

その様子をみていたドロンパは「ちょっとかわいそうになったな」と思い、再びテレビに変身して、「ここは日本です」と放送する。

そこで、ここが日本だとQちゃんは理解する。やはりマスメディアしか信用できないようである・・・。


落ち込むQちゃんだが、寝てる間に地球を一回りして元の日本へ帰ったんだと思いつく。見事なまでの正当化バイアスである。

そしてQちゃんは、「やっぱり地球は動くんだ」と大喜びするのでありました。


本作は、ガリレオの「それでも地球は動く」という言葉と「信念」がテーマとなっている。ただ、その中では、思い込んだことに頑な態度を取るQちゃんが、テレビの言うことをすんなりと正しいと受け入れてしまう姿も描かれている。

考えすぎかもしれないが、信念を持つことの重要さというよりも、マスメディアの言うことを信じてしまう危うさを扱ったお話のように思われるが、いかがだろうか。



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