フニャコ先生の頭ん中『天才少女・魔美』/フニャコフニャオを探せ⑤
広くて深い藤子Fワールドから、作者の分身であるフニャコフニャオが登場するエピソードを探していくシリーズ「フニャコフニャオを探せ」も第五弾。
フニャコフニャオは当然漫画家なので、「漫画」を切り口にした作品に姿を現わす。これまで5作品を紹介してきたが、それはつまり、藤子作品に「漫画」をテーマとした作品がそれだけ多いということだ。
これまで見てきた作品では、F先生とA先生を合わせたようなルックスの、ギャグマンガ調にデフォルメされたキャラクターとして描かれている。
本稿では、読者年齢高めの「エスパー魔美」に登場するフニャコフニャオ先生を見ていくわけだが、ちょっとだけリアルなタッチにビジュアルが変更されている。そのあたりもご注目いただきたい。
「エスパー魔美」『天才少女・魔美』
「マンガくん」1977年18号/大全集2巻
本作は久しぶりにパートカラーで始まる。そしてこういう時は読者へのサービスカットが描かれるのが通例となっている。例えば連載二回目の『超能力をみがけ』では、美少女エスパー「エスパーおマミ」の活躍がカラーで描かれている。
今回は、ばっちりヌードの魔美が3ページに渡って色付きで綺麗に描かれる。魔美は頭だけ横を向いて直立している姿勢。このポーズは何気にラストのオチへの伏線でもある。
パパはペタペタと熱心に魔美を描いているが、その脇でムシャムシャ・モグモグ・パクパク・モリモリとコンポコがご飯を食べている。すると魔美が静寂を破って、突然笑い出す。急に面白いことが頭に浮かんだのだという。
その内容は・・
・二人連れがハイキングに行く
・分かれ道にきて右に進むか左に行くか意見が分かれる
・杖の倒れた方に行こうという訳で、杖を倒す
・もと来た方に倒れたので二人は仕方なく帰ることに
まるで漫画だな、とパパも笑うが、実は笑い上戸のコンコポも食べている途中のエサをブーッと噴き出して、フャンフャンと笑い転げまわる。噴き出したエサまみれになる魔美とパパ。
魔美は突然フッとアイディアが思い浮かんだのだと言うと、パパはマンガ家の素質があるのかもな、と誉める。魔美は思う。
「漫画家ねえ。考えたこともなかったけど、そういえば高畑さんが言ってたわ。君はマンガみたいな女の子だって」
そしてマンガに挑戦してみようと思い立つ。なお、高畑くんは、魔美の超能力を指してマンガみたいだと言ったのではないかと想像されるが・・。
魔美が浮かんだアイディアを四コマ漫画にして、翌日クラスの友だちや先生に見せると、みんな口々に上手いと絶賛する。特に先生は、
「こんなアイディアを思いつく頭脳が君にあったとはねえ。実に意外だ。たいしたもんだ」
と感心するが、あまり褒められている気分にならない魔美であった。
その点、持ち上げ上手の高畑は、自分で自分の才能に気付かないこともある、魔美は漫画の天才かも、と褒めたたえて、ノせられた魔美は一流の漫画家になってみせる、「ポーの一族」みたいな大傑作を描くと発奮する。
「ポーの一族」とは萩尾望都が1972年から76年まで「別冊少女コミック」にて不定期に発表していた大河ファンタジー。70年代を代表する少女漫画で、本作の中で「大傑作」と魔美に言わせているのは、藤子先生の本音なのだろう。最近、続編も発表されているらしい。
魔美は帰って着替えもせずに机に向かって漫画のアイディアを考える。モデルのアルバイトも今日は忙しいと言って断って、パパを苛立たせる。けれど、机でもベッドでも部屋でウロウロしても、昨日のようにアイディアは浮かんでこない。
そこへいつもの非常ベル。それどころじゃないと怒る魔美だが、困った人は放って置けない。ベルの先にテレポートすると、部屋の中で一人の男性が「あのやろうぶっ殺してやる!!」と発狂していて、周囲の三人が取りなしている。
魔美はテレキネシスで男を飛ばして、天井や壁にぶつけて動きを止めさせる。荒療治である。この男、漫画雑誌の編集担当で、締め切りが遅れているフニャ子先生が行方不明で、どうしようもなくなってキレていたようである。
魔美はここがフニャ子フニャ雄先生のスタジオだとピンとくる。これまで藤子作品で登場した「フニャコフニャオ」は自宅のような場所で書いていたが、リアル志向の「エスパー魔美」では、初めてスタジオが登場となった。名前は「フニャ子プロ」だろう。
邪魔だと追い出された魔美は、プンプンしながら家へと戻ると、その途中でフニャ子フニャ雄が道をトボトボと歩いている姿を見かける。そこで魔美は急にフニャ子先生の前に飛び出して、すぐ帰った方がいいと声を掛ける。
フニャ子先生の風貌は、ベレー帽・メガネ・口ひげという三点セットだが、小ぎれいでリアルな感じ。これまで見てきた「ドラえもん」などのギャグマンガ調ではない。そして相変わらず、F先生とA先生がミックスした印象となっている。
フニャ子先生は16ページの読み切りを抱えて、アイディアが浮かばないので帰れないのである。魔美はアイディアだと聞いて、
「苦労しますわねえ、お互いに」
とすっかりマンガ家として肩を並べたかのような感想を言う。
魔美はどうしたらアイディアが浮かぶのか聞くと、
「人による。ベッドで考える人もいるし、トイレやふろ場が考えやすいという人もいる。僕は散歩に限るんだ」
そして、
「ようするに、自分に合った精神集中法を見つければいいのだ」
とアドバイスを送る。
魔美は「精神集中」と聞いて、自分はモデルをやっているときに頭が働いたのではないかと考えつく。そしてすぐさま家へと舞い戻り、読書中のパパに詰め寄って、仕事を始めてくれと懇願する。
強引にモデルの仕事を再開させて、どんな漫画を描こうかなと夢想する魔美。「古代ギリシャを舞台にした悲恋メロドラマ」「華やかなビクトリア王朝あたりのラブコメディー」・・。そして、モデルのポーズをする魔美。
するとしばらくして、何かが浮かんでくる。魔美のパパは絵の調子が乗ってきて、藤山一郎の「酒は涙か溜息か」を口ずさむのだが、「気が散る」と魔美に制止されてしまう。
頭の中でぼんやりと浮かんだアイディアが次第にハッキリと形を現わしていく。そして一人笑ってしまう魔美。そうしてタイトルからラストシーンまでまとまり、早く書きたいとソワソワし始める。
魔美はモジモジと落ち着かないので、パパも集中力を切らして、今日はこれまでと区切ってしまう。魔美は服も着ないで部屋へと戻っていく。
そうして描き始めた作品は「暁のスーパーマン」という、見た目明らかにコメディの作品であった。ギリシャ悲劇とはだいぶかけ離れている。魔美は、食事もそこそこに、徹夜で一気に下絵を完成させる。描きながら、思わず自分のアイディアに笑いながら。
朝の5時。ギャグ読み切り16ページの下絵が完成する。何度読み返しても笑いが止まらない自信作の出来上がり。そして早く誰かに読んでもらいたいと思い、この時間に起きている人ということで、昨日出会ったフニャ子先生のスタジオへと向かう。
突然、朝っぱらから持ち込み原稿を読まされるフニャ子先生。「プロになれますか」と魔美が能天気に感想を聞くと、混乱した表情で、「とにかくこれを見てくれ」と言って原稿を渡してくる。
それは、さっき完成したばかりの原稿のコピーで、表紙には「暁のスーパーマン」という魔美が書きあげた作品と全く同じものが描かれている。魔美は「そっくりじゃないの!真似するなんて酷い」と憤慨するが、フニャ子先生も「冗談じゃない!こっちこそ訳を聞きたいね!」とマジ切れする。
魔美はピンとくる。もしかして、フニャ子先生が案を思い浮かべたのは魔美の家の近くだったのでは・・? つまり事の真相は、モデルをして集中していた魔美に、フニャ子先生のアイディアがテレパシーで流れ込んできたのであった。
徹夜でフラフラのまま学校に行って、帰ってからはパパのモデルの仕事。迷惑をこれ以上かけたくないと言いつつ、この日はベッドに横になって、寝たままモデルとなる。顔を横を向いて直立したポーズは、このラストの伏線となっていたのである。
本作では初めてフニャ子スタジオが登場。フニャ子先生の風貌もだいぶリアルとなっている。散歩することで漫画のアイディアを浮かべていると言っていたが、これもアイディア出しに苦労している藤子先生のリアルなのかもしれない。
フニャコフニャオ特集、あと一歩で完結です!