ガタガタ超能力者VS.凶悪犯『エスパー危機一髪』/クスリで大失敗⑥
薬は服用方法を間違えると、思わぬ副作用を引き起こすことがある。一回一錠のところを二錠飲む程度なら、影響は少ないかもしれないけれど、場合によっては吐き気とか下痢とか胃痛などの症状が出ることもある。
ところで、期限の切れた薬を飲むとどうなるのだろうか。市販薬などは一般的に3年が期限とのことだが、例えば10年前の薬を飲んでも異変は起こらないだろうか。
食料品とは違うので、ちょっと期限が切れたところで問題はなさそうだし、特に錠剤であれば、簡単には変質しないような気もする。
少し気になって色々とネットで調べてみたけれど、飲むのは止めた方が良いとは書いてあるが、期限切れの薬を飲んだらどうなるかという情報はほとんど出てこなかった。
今度薬剤師の友人と会う予定なので聞いてみたいと思う。
さて、我らが魔美ちゃんは、誤って10年の前の風邪薬を大量に飲んでしまった結果、思わぬ副作用に見舞われてしまったようである。体調面の異常もさることならが、肝心かなめの超能力に大いなる異変が生じてしまう。
本稿では、そんな「クスリで大失敗」のエピソードを取り上げていく。
『エスパー危機一髪』
「マンガくん」1978年8号/大全集3巻
魔美のパパが、魔美にお茶を一杯くれないか、と話しかけている。コンポコも協力して、魔美に声を掛けるのだが、魔美は心ここにあらずといった風情でボーッとしている。
どうやら体調が優れないようなのだが、魔美のパパはこないだ引いた風邪が治りきってないのではと指摘する。
そこで魔美はユラユラと部屋に戻ってパジャマに着替え、風邪薬の服用を復活させて、温かくして寝ることにする。
昼間から公然と寝れることに幸せを感じていると、いつもの困った人の念波が聞こえてくる。無視しようにも、念波は途絶えず、「神様!病人に対してこれはあんまり残酷じゃないですか」と嘆きつつ、結局着替えて発信先に向かうことに。
念波にも強弱や種別があるようなのだが、今回は今にも誰かが殺されようとしてるみたいにけたたましい。
大きな邸宅に辿り着き、さっそく部屋の中へと飛び込むのだが、激しい念波とは裏腹に、何の気配も感じられない。
するとそこへ一人の男性が現れ、魔美に対して金庫を狙った空き巣ではないかと疑いをかけてくる。
体調不良を押して飛んできたのに、泥棒扱いされて、怒りにまみれる魔美。テレポートして帰宅するが、調子を狂わせて、隣の陰木さんの家の池へと飛び込んでしまう。
陰木さんは連載開始当初は、嫌味な隣人として描かれ、池に落ちようものなら、烈火のごとくクレームをつけてくるような人だった。しかし、『電話魔はだれ?』で陰木さんの不幸な家庭環境が解消されて、『ずっこけお正月』以降、佐倉家との関係は好転している。
よって本作でも水没した魔美に対して「風邪引くわよ、魔美ちゃん」と優しく声を掛けてくれるのであった。
さて、いよいよ体調に狂いが出ている。もっと薬を飲まなくちゃと言うことで、風邪薬をガバと7錠ほどを飲み込むと、その様子を見ていたママが、その風邪薬は捨てようと思っていた10年前に買ったものだと告げる。
むしろ逆効果の薬を飲み続けていたことを知って、ガーンと大きなショックを受ける魔美。
あくる朝、魔美が朝食のパンを食べながら新聞を開くと、再びガーンと衝撃を受ける。なんと、昨日魔美が向かって何事も無かった家の主が、昨晩連続強盗犯に襲撃され、首を絞められて殺されそうになったというのだ。
魔美は事件が起こる7時間前に現場に向かってしまったことになる。ベルが早まって聞こえたことになるのだが、それはどういうからくりだったのだろうか。
学校に向かう魔美の超能力の不調は続く。宿題を家に置いてきたことに気が付き、トレイを理由に教室を離れて家に取りに帰る。忘れ物をしてもパッと帰ることができるエスパーの強みを感じる魔美。しかし、家の屋根裏に飛び込んでしまい、ホコリまみれとなる。
教室に戻るって授業を受けていると、救いを求めるベルが鳴り響く。仕方なく、またトレイを口実にして事件現場へと向かうが、今回も発信源の家では何事も起こっていない。
この家では平穏無事な夫婦がいて、魔美は気まずく去っていくことになるのだが、この時「さよなら・・さよなら」と呟いて帰る。さりげないセリフだが、これはおそらく映画評論家の淀川長治の決め台詞から取られているものと思う。
なお、授業に戻り、もう何があっても席を立たないと決意する魔美だったが、今度は本当におしっこがしたくなってしまい、さすがに3度目のお手洗いを言い出せずに、我慢することを余儀なくされてしまう。
ちなみにこのおしっこ災難のシーンは、「パーマン」の少年サンデー第二話『パーマンに水難の相』の展開の使い回しである。
放課後、魔美は高畑に水難事件も含めて相談する。高畑は古い風邪薬が原因ではないかと指摘する。化学変化で変質した薬の副作用で超能力を狂わせたのではないか、結果予知能力が働いたのでは、と。
そうなると、先ほど何事も無かった夫婦の家では、その7時間後、すなわち今夜12時過ぎに事件が勃発することになる。強いベルだったこともあり、今度も連続強盗の標的になるように思う魔美。
そんな魔美の心の内を察知した高畑は、超能力がおかしくなっている今、凶悪犯に立ち向かうようなことは止めろと強く制止する。今夜12時すぎになったら・・・と、何かしらのアドバイスを与えて、それで十分だと説く。
本気で自分のことを心配してくれる高畑に、感動する魔美なのであった。
さて、深夜12時過ぎ。魔美は110番をして、例の家の住所を告げて、強盗が入ったと通報する。高畑の助言とは、警察の助けを呼ぶという作戦なのであった。
ただ魔美は、パトカーは間に合っただろうかと心配して、ちょっとだけ様子を見に行こうと考える。
ところが、テレポートしても庭に出るのみ。もう一回飛んでみても、家の門を出たところにしか行けない。不調だった超能力が一層酷くなってしまったようである。
仕方なく、走って現場へと向かう。40分程度走って到着するが、その家は何事も無かったようにひっそりしている。気になって呼び鈴を鳴らし、強盗は来たかと尋ねてみると、「君か変ないたずらしたのは!!」と激怒される。
追い回されるが、何とか身を隠す魔美。もう非常ベルなんて信用しないとウンザリする魔美だったが、そこへベルではなく、直接的な悲鳴が聞こえてくる。
どうやら、今回は7時間ではなく、もっと先の念波を感じてしまっていたのである。慌ててテレポートで現場へと舞い戻るが、狙いが外れてガシャンと窓から突っ込んでしまう。
先ほどの夫婦は既に縛り上げられており、いかにも狂暴な風貌の巨漢が待ち構えている。彼こそが、連続強盗犯、指名手配103号である。
魔美はテレキネシスを使って投げ飛ばそうとするが、超能力が発揮せず、うんともすんともしない。
捕まってしまい、投げ飛ばされ、蹴られ、ロープで首を絞められる。絶体絶命の大ピンチ。こういう時に藤子先生の描写は全く容赦がない。
死がよぎったその瞬間、103号の体が宙に浮きあがる。そして、空中で壁から壁へと投げ飛ばされる。先ほどのテレキネシスが、時間差で働いたのである。
連続強盗事件はこれにて一件落着。ただし、魔美への薬の副作用は当面続くやもしれない。
そのため、いつものように寝坊して遅刻寸前だが、テレポートは怖くて使えない。仕方なく、エスパー以前のように食パンをくわえて、学校へと猛ダッシュするしかないのであった。
本作を読むと、相変わらず、F先生の超能力者の描き方が自然だなあと感心する。体調不良だと、超能力も不調となる。思いつけば普通のことだが、その不調の様子が、リアルなのだ。
思いもよらず予知能力を発揮してしまったり、その予知する時間が少しずつズレたり。テレポートの正確さが損なわれたり、テレキネシスの効果が遅れて現れたりする。
わりと他愛のないエピソードなのだけど、超常現象を日常に溶け込ませることにかけては、藤子作品の右に出るものはないと、強く感じさせる一本なのである。