パー子の正体がバレてしまう!『パー子の羽衣伝説』/藤子Fの羽衣伝説②

昔話でお馴染みの羽衣伝説。著名な昔話を作品のモチーフとして取り込むことを得意とする藤子F先生は、羽衣伝説を基にしたお話もいくつか残している。

前回の記事では、そもそも羽衣伝説とはどういう伝承なのか、全国各地に伝わるいくつかの枝分かれエピソードを含めてまとめた。その上で、羽衣エピソードの代表作、「ドラえもん」の『しずちゃんのはごろも』を取り上げた。

本稿ではもう一本、「パーマン」の羽衣伝説を扱ったエピソード(『パー子の羽衣伝説』を取り上げる。本作は単純に羽衣伝説をなぞるだけでなく、伝説に内包されるメッセージを抽出したお話となっている。

さらに言えば、本作は「パーマン」の中でも重要かつ有数の傑作であり、是非とも原作をきちんと読んでもらいたい作品である。


「パーマン」『パー子の羽衣伝説』
「コロコロコミック」1984年5月号/大全集7巻

前回の記事であまり触れていなかったが、羽衣伝説を基にした能の演目がある。世阿弥が書いたとされる「羽衣」である。三保の松原を舞台として、天女の羽衣を拾った漁師と天女とのやりとりが描かれる。

このお話(バージョン)で特徴的なのは、男が羽衣を隠してしまったり、その結果天女が妻になったりという展開に進まず、天女の舞を見返りにあっさり羽衣を返還していることにある。

このお話の中では、漁師が「羽衣を先に返すと舞を舞わずに天に昇ってしまう」と懸念を示すのだが、それに対して天女が「人を疑うというのは人間だけのことで、天上ではそのようなことをない」と否定する。そこで漁師は「それは恥ずかしいことを言った」と詫びて、羽衣を天女に引き渡す。

このやり取りでは、人間は人を疑う、つまり人間は人を信じられないということが示されており、同時に漁師が疑ったことを恥じることで、人間も捨てたものではないといったメッセージが含まれている。(多分)

これから見ていく『パー子の羽衣伝説』では、まさしくそうした「人間を信じること」というメッセージが出てくることから、藤子先生が能楽の「羽衣」を下地にしたことは間違いないだろうと考えられる。


冒頭では、パー子の中身であるトップアイドル、星野スミレが出演するテレビCMが流れる。羽衣伝説をベースにしていて、スミレちゃんは美しい天女の役。羽衣が海辺の漁師の手に渡り、それを返して欲しいと訴える。

「返してくれれば後からプレゼントを贈る」と漁師に提案するが、「帰ってしまえばそれっきりじゃないか」と信用しない。そこで天女はきっぱり「天上の世界にウソはありません」と言い切ると、漁師は「恥ずかしいことを申しました」と言って羽衣を返す。

まるで能楽の「羽衣」通りの展開である。ただし、天女の返礼品は舞ではなく、「羽衣ぶとん」という高級羽根ぶとん。「天女のくれた羽衣ふとん」という商品なのであった。


このCMを帰宅中のタクシーで見ていた星野スミレとマネージャー。マネージャーは「ドロくさいCM」だと評して、「スミレちゃんはもっと仕事を選ばなきゃ」と不満を口にするのだが、仕事で疲れ切っているスミレはいつの間にか眠ってしまっている。

相変わらず売れっ子のスミレは、学校と芸能活動の二足の草鞋で多忙を極めているようである。

そして、スミレは二足の草鞋だけ履いているわけではない。そう、パー子としてパーマン活動にも手を抜いていないのである。


パーマンとして活動を続けている限り、自分の身代わりとなるコピーロボットが与えられているとはいえ、二重生活を送っていることには違いない(パー子の場合は三重生活)。

当然、日々疲労が蓄積しているわけだが、そんなパーマンたちを見かねたバードマンが、月に3日間、パーマン休暇を出そうと言う。パーマンへの福利厚生である。

パーマン4人が順番に3日間休みを取り、この間連絡は取ってはいけない。休暇中にコピーロボットが勝手に変身しないように、電子ロックも与えられる。・・・これは常備与えておいた方が良い気もするが。

さっそく休む順番を決めるべく、パー子がくじ引きを引くと、一番を引いて思わず喜びの声を上げる。パー子にとってのパーマン休暇は、星野スミレとしての仕事も休めることになるので、喜びもひとしおなのだ。

ちなみにこのパーマン休暇は、後にパーやんが利用してパーやん運送の東京出店の下見をしている。この時、一号はパーマン休暇ではいつも家でゴロゴロするだけだと語っている。(『こまった時はハワイに行こう』


さて、パー子はパーマン休暇を使ってバカンスに出掛けることに。ただし、行き先は定めず、空中で昼寝をして、風任せで流れ着いた場所に滞在しようと考える。

この時「できれば人里離れた場所がいい」と言っているが、お休みの日に日常の喧噪から離れようとする性格は大人になっても変わらない。(「ドラえもん」『『めだちライトで人気者』

果たして、辿り着いたのは南国の離れ小島。遠浅のきれいな海が広がっており、人気がないので無人島かもしれない。

本作は5月という設定だが、泳ぐのに十分の暑さであるらしい。ちょうど持ってきた水着に着替えて、海に飛び込むスミレ。パーマンバッジがあるので、深く潜るのもお手の物だ。

海に浮かびながら、スミレは羽衣伝説のCMを思い出す。海辺に舞い降りて天女が羽衣脱いで水浴びをする。パーマンセットを脱いだ自分を天女と重ね合わせる。美しい海と空を独り占めした気分になるスミレであった。

幸せを噛みしめるスミレと対比するように、東京ではパーマンとブービーが逃走犯を一生懸命に探している。ザアザアと強い雨が降りしきり、南国の太陽を浴びるパー子とは見事に対照的に描かれる。


「羽衣を隠す人はいないから安心」と言っていたスミレだったが、浜辺に戻ってくると、海風によってパーマンセットも服も四方に飛ばされてしまっている。慌てて集めるが肝心なマスクとマントが見当たらない。

すると上空で海鳥がパーマンマスクを咥えて飛んでいるのが見える。マントもないので、自力で岩によじ登って海鳥を追うが、足を踏みはずして、かなりの高さから落下してしまう。

・・・スミレが目を覚ますと、どこかの家の蒲団の中に横たわっている。起き上がると、先ほどの落下で腰を強打したらしく、立って歩けない。何とか杖をみつけて立ち上がり、辺りを見回ってみる。

ここは村のようだが、荒れ果てて人の住んでいる気配がない。するとそこへ、後ろから肩を掴まれる。それは怖い顔の老人で、「動き回るでねえ」と言ってスミレを捕まえて、家へと連れて帰る。

スミレは「乱暴しないで」と叫ぶが、その声は人気のない村に空しく響き渡る。蒲団に連れ戻され、「大人しく寝てろ」と命じてくる老人。そして、ゴリゴリゴリと何かをすり潰し始めるが、その様子はとても不気味である。

「私をどうする気かしら」と恐怖するスミレの目の前に老人が立つと、「服を脱ぐだ」と口にする。「えっ!?」と慄くスミレ(と若い読者)だが、老人が服を脱げと言った理由は、痛めた腰や背中に薬草をすり下ろして作ったシップを貼ってくれるためであった。

「明日の朝までにはだいぶ楽になるべ」と老人。スミレは「意外に優しいおじいさんだわ」と考えを改める。

おじんさんは魚などを焼いて、スミレに夕飯を用意してくれる。「なんで木のてっぺんにひっ掛かってたんだ」と尋ねてくるが、パーマンであることを言えないので、「え、まあ、色々と・・・」と口を濁すしかないスミレ。

スミレが逆に「どうしてこんな島に一人でいるのか」を質問すると、若い者は都会に出ていき、老人は死に絶えたという。おじいさんの島を出ればいいのにとスミレが言うと、「わしゃ約束したもんな、独りぼっちにしねえと」と意味深なことを口にする。

老人が言うには月に一度は船が寄ってくれるらしく、二、三日中には次の便がくるという。スミレにそれで帰るといいと助言する。


その晩、布団に横になると、天井に吊り下げられているパーマンマントを見つける。「あれは!?」と思わず声に出すと、老人は「今日浜で拾った風呂敷だ」と答える。

スミレは自分のものだと言いかけるが、自分のパーマンマントだと説明するわけにもいかないので、何でもないと口を閉ざす。

寝床でスミレは「丸っきり羽衣伝説だ」と思う。こっそりマントを取ることはできても、そこでパーマンとの繋がりを悟られてしまうかもしれない。バッジでパーマンたちを呼ぼうにも、マスクなしでは合わせる顔がない。困るスミレ。


朝になると、すっかり痛みが取れている。おじいさんのシップが効いたようだ。おじいさんが見当たらないので、家を出てみると、林の中でおじいさんが誰かに話しかけている。

突然女の子が舞い込んできた。ほっとく訳にもいかないから、今日はタマゴでも取ってきてやろう。ちょうど海鳥の産卵期で岩場に集まっとる。

老人が話しかけている先には、簡易なお墓がある。一輪の野花が飾られている。これは昨日の「一人にしない」発言と総合すると、先立たれた奥さんのお墓であると思われる。

また、ここのでおじいさんの語りは、この後の行動、海鳥の卵を取るために岩場を上るという説明セリフにもなっている。


海鳥と岩場というキーワードで、スミレはパーマンマスクが海鳥に咥えられていったことを思い出す。そこで家に戻ってマントを取り、おじいさんの後を追う。

切り立った崖をよじ上っている老人。岩陰から「危ないなあ、あんなお年寄りが」とヒヤヒヤして見守るスミレ。老人の方も、「これくらいで息が切れるとは」と自分が年を取ったことを痛感している様子。

けれど「まだまだ若いもんには負けんぞ!」と鼓舞して岩を登っていく。すると、岩肌にパーマンマスクが引っ掛かっていることに気が付く。マスクに手を伸ばすと、ズルと足を滑らせてしまい、崖から落下してしまうおじいさん。


パーマンマントを着けているスミレは、落ちていくパーマンマントを被り、おじいさんの体もキャッチして、無事に地面へと連れて下ろす。

「お陰で命拾いしたが、あんたは一体・・」と驚きを禁じ得ないおじいさん。そこでパー子は自分の正体がバレてしまったことに気が付き、「取返しのつかないことを・・・」と言って泣き出してしまう。

パーマンの秘密を見られたからには、バードマンに動物にされてしまう。そう言って泣き崩れるパー子に対して老人は言う。

「なんのことかわからねえが、大事な秘密なら、わしゃ誰にもしゃべらねえよ」


パー子は老人に別れを告げて空へと飛び立つ。しばらく飛行しているとバードマンの円盤が近づいてくる。パー子は「覚悟してます」と言ってうな垂れる。「せめてカナリヤか何か可愛い動物にしてほしい」と。

そこでバードマンは言う。先ほどの老人の心を覗いてみた。10年前に亡くなった奥さんとの約束を守って島に住んでいる。彼が秘密を守ると言ったら、絶対に守るだろう。それは秘密が漏れなかったと同じことだと。

今回のパー子についてはお咎めなしというわけである。そしてバードマンは晴れ晴れとした様子で、さらに付け加える。

「人間を信じられるって、なんて素晴らしいことだろう。僕は感動したなあ!! 地球人を見直したよ」


パーマンの秘密をバラすと動物にするというペナルティは、言ってみれば、人間を信用していないからこそ付与されるものである。

パーマンの正体がバレれば、きっと悪者がマスクとマントを狙ってくる。下手をすれば、奪われて、スーパーパワーを悪用されるかもしれない。

基本的に性悪説を前提としたペナルティであるのだ。

ところが本作の老人は、秘密を守る「善き人間」であることが、亡き奥さんとの約束を10年も守り続けている事実からも明らかとなっている。性悪説に基づく、ペナルティは必要ないという訳なのだ。

人を信じられることの素晴らしさ。それは能楽の「羽衣伝説」の一場面でも語られていることだった。本作で語りたかったことも、そういうことであろう。


東京に戻ってきたパー子に、バードマンが尋ねる。「休暇は楽しかったかい?」と。パー子は「ええ、とっても!!」と心から強く返答する。人の優しさに触れた、素晴らしいバカンスであったようだ。



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