魔美、人間の値打ちについて考える。『恋人コレクター』<後半>/藤子恋愛物語⑳

魔美と高畑は人間的に強い信頼関係で結ばれていくが、男女の恋仲には進んでいかないというのが、藤子先生が決めた事柄だった(多分)。

とはいえ、高畑君は時々魔美が年上の男性と親しくする様子をみて、嫉妬することがある。もっとも、だからといって魔美と付き合いたいとか、いつも一緒にいたい、みたいな感情は見せない。

一方の魔美は高畑を信頼しきっているものの、恋愛感情を見せるようなシーンはほとんど描かれない。この点は藤子先生の意図が明快である。

ところが、今回取り上げている『恋人コレクター』では、将来誰と結婚するのだろうと考えた魔美が、真っ先に高畑を思い浮かべている。もう少しカッコよければいいんだけどと愚痴りつつ、星占いでお互いの相性なんかを調べている。

そして、「高畑の気持ちはどうなのか、確かめてみなくちゃ」と独り言を言う場面までを前回の記事で紹介した。

本稿はその続き、後半戦となる。果たして、二人の関係は恋仲に進むのだろうか・・・?


「エスパー魔美」『恋人コレクター』
「マンガくん」1978年15号/大全集3巻

自称ガールハントの超能力者、早手。お世辞にも恰好良い見た目ではないけれど、とにかく口がうまく、行動力もある。図々しいという言葉がピッタリのナンパ男だが、この押せ押せの感じが、女性の心を掴むのかもしれない。

一度はコンポコに追い払われた早手だったが、すぐに近所の細谷さんから情報を得て、コンポコにお土産(あぶらげ)を持って再度現れる。

コンポコはあぶらげを蹴飛ばして早手を拒否するのだが、巧みなお世辞をペラペラと繰り出され、あっと言う間に懐柔されてしまう。そしてコンポコは「どうしても上がれ」と、早手を魔美の部屋へと引き込むのであった。

魔美のパパ、そしてコンポコまでを手なずける恐るべき人たらし(犬たらし)の早手に、魔美は心底驚く。さらには今日が魔美の誕生日ということまで調べて、プレゼントを用意する周到さ。

魔美の誕生日をすっかり忘れて「今日は土用の丑の日だ」と言い放った高畑との対比がここで浮き彫りにされる。


早手はペラペラと薄っぺらいお世辞を繰り出し、最初は反発していた魔美も、いつの間にかうっとりしてきて、「そう悪い人でもないんじゃないかしら・・・」とボーっとしてしまう。

そして気が付けば、男に寄り添い、手なんかを繋いでしまっている。ハッと我に返るのだが、この時の早手の悪い表情といったら・・・。

このままではマズイとばかりに魔美は部屋を抜け出し、高畑を誕生パーティに迎えに行く。テレポートしながら、高畑もあんな風にうまくしゃべってくれたら楽しいのにな、と思う魔美であった。


高畑はパーティーに向けておめかしをするでもなく、ランニング姿で庭先でバットを振っている。魔美は「のんきな・・」と呆れるが、高畑としては素振りが日課となっているとのこと。自分で決めたことは守らないと気が済まないのだという。

さらには、手入れするのが面倒だから髪の毛は伸ばさないだの、体形がおやじ譲りで年を取ったら相当な中年腹になるだの、ことごとく魔美をがっかりさせる。魔美は高畑と結婚してもいいと思ったほどなのに、高畑が全く格好よくないのである。


高畑の素振りの日課が終わるのを待つ魔美のもとへ、コンポコに連れられて早手が歩いてくる。パカランパカランというトレードマークの足音を鳴らしながら。

早手は高畑を見て、「君のボーイフレンド、なんか釣り合わないね」といきなりの牽制球を放り込む。ここで一瞬、高畑と早手の視線が交錯し、バチバチと火花を散らす。

高畑がバットを振る間にも、魔美へのナンパが行われる。「デートをしたい、北海道でも、パリでも・・」と調子に乗っていき、「もし君が望むなら、NASAのロケットをチャーターして、銀河系まで飛んでいってもいい!!」とぶち上げる。

「まさか」と返す魔美だが、満更でもない表情。早手の口撃は確実に魔美を射程に捉えている様子だ。

するとそこへ高畑が割って入り、「それは不可能だ、なぜなら僕らが住んでるここが、既に銀河だから」と、極めて頭脳優秀なツッコミを入れる。明らかな冗談だったのに、真面目なツッコミが入り、若干興ざめる早手。

さらに負けじと、今度は魔美の手を取り、「手のひらを太陽に透かして見よう。真っ赤に流れる君の血潮。この熱き血潮の冷えぬ間に、僕らは・・・」と情熱的にムードを盛り上げる。

魔美もその情熱にほだされたような笑顔を見せるが、そこで高畑がかなり冷徹な指摘を入れる。子供なのに大人げない発言全文は下記。

「その赤さは血の色じゃないよ。光が手の中を通過するうちにほとんど吸収され、波長の長い赤だけが目に届くんだ。夕焼けの赤さと同じさ」

・・・・・。

さすがにイラついた早手は「お前やきもち妬いているな」と返す。すると魔が悪く、そのタイミングで振っていたバットがすっぽ抜けて、見事に早手の頭に直撃する。

「わざとじゃないよ」と高畑は弁解するが、悪気があったと取れなくもない行為で、さすがの魔美も「なんて酷いことを!!」と責める。早手は「死ぬ~」などと大げさに倒れこんでしまう。


ここで閑話休題。

早手が「手のひらを太陽に透かせてみよう・・・」などと発言していたが、これは「アンパンマン」の作者として有名な、やなせたかし作詞の「手のひらを太陽に」の歌詞を引用したもの。

「手のひらを太陽に」は、1962年にNHKの「みんなのうた」で流れた曲で、本作発表時点(1978年)では、誰もが口ずさめるスタンダードとなっていた。

高畑のツッコミは、早手ではなく、この歌詞に向けたものであったわけだが、常日頃からこの曲を聞くたびに「科学的ではない」と藤子先生が考えていたのかと思うと、なんだかほのぼのした気分となる。


さて、バットを当てられて大げさに倒れこんだ早手。魔美に抱き抱えながら、ヨロヨロと歩き出す。医者を探そうとする魔美に対して、「もう一歩も歩けない」と弱気な態度を見せる。

いかにも嘘くさい雰囲気だが、人の好い魔美は本気で心配している。つくづく女の子の心の隙間を狙うのが上手い男である。

そして「横になって休みたい」と言って近くの公園に入っていき、茂みの奥の方へと進もうとする。

ここで魔美の導体テレパシーが発動。肩を貸している早手の思考が流れ込んでくる。早手の狙いは、人気のない所まで魔美を連れ込み、そこで襲い掛かって押し倒し、自分のものにしてしまおうというハレンチな行為であった。


魔美はすかさず早手を振り払って投げ飛ばす。早手は「どうして感づいた!?」と疑問に思いつつも、「諦めな、おいらが狙って逃がした獲物はねえんだ!!」と、本性を丸出しにしてにじり寄ってくる。

普段ならテレキネシスであっさり倒すところだが、男に押し倒される映像を見させられ動揺したのか、うまく力を発揮することができない。

だが、男が飛びかかってきたことが幸いし、テレポートで難を逃れる魔美。「どこへ行った」と怒り狂う早手だったが、そこへ「あ、あそこにいたよ、女たらし!!」と女性三人が指差してくる。

雰囲気からいって、早手にちょっかいを出された女たちが一堂に会して、早手を探していたようである。

「まずいところで、まずいやつらに」と言って逃げ出そうとする早手を、冷静さを取り戻した魔美がテレキネシスで宙に浮かせて、女たちの元へと送り届ける。

早手の被害者と思しき女たちは総勢5人もいて、「あたいたちのうち、本当に好きなのは誰なのよ」などと取り囲まれてもみくちゃにされてしまう。

「ギエーッ」と悲鳴を上げる早手を見て、魔美は「上っ面だけじゃわからないのね、人間て・・・」と、何かを理解した様子。


テレポートで家に帰る道すがら、魔美は思う。

「高畑さんの野暮ったさが、とても懐かしく思えてきたわ・・・」

まあ、だからすぐに「好き」とはならないが、魔美の高畑への気持ちが少しだけ前に進んだのは確かなようだ。

家では、既にケーキとご馳走が並べられ、高畑もきちんとした身なりで待っている。「何してんだ遅かったぞ」とパパに言われつつ、「ハッピーバースデー、マミちゃん」とささやかな祝福を受ける。

ペラペラとした口だけではつかみ取れない、幸せな空間がそこにある。魔美はほろりと涙を一粒溢すのであった。


高畑の飾らなさ、気取らなさは、少し度が過ぎていて、年頃の女の子には少々受け入れがたい性質に見える。外見を良くしようという様子も伺えず、恋人候補としては、ちょっと残念な男である。

ちなみにウチの奥さんも、高畑君はいくら何でも見た目が嫌だと言っている。女性から見ればそんなもんなのだろう。

でも、頭脳明晰な上に、誠実で謙虚で自分を良く見せようという虚栄心がない。これは恋愛対象としてはともかく、結婚相手としては、かなりの上物だと思うのだが・・・。

本作で魔美は、高畑が自分のことをどう思っているのかを気にしていて、直接聞いてみようというところまで踏み込んでいた。が、この後連載が終わるまで、高畑がはっきりとした言葉で魔美を一人の女性として語ることはなかった。

まあ、答えは明らかだろうけれども。




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