う・ら・み・は・ら・さ・で・お・く・べ・き・か『うらみキャンデー』/クスリで大失敗⑤
藤子・F・不二雄大全集を片っ端から読破している息子(10歳0ヵ月)が、最近になって藤子A作品に手を出すようになった。
僕の子供の頃はFとAの区別はほとんどできていなかったので、流れとしては全く問題ないのだが、僕としては藤子不二雄継承者を作れたことを誇りに思う次第である。
ただ、「まんが道」とか「忍者ハットリくん」などを読んでいる分には、温かい目で見ていられるが、「魔太郎がくる‼」を片手にご飯を食べだす姿は、あまり看過できない。
ちなみに子供の頃、僕は「魔太郎がくる‼」のコミックを持っておらず、友だち(年上の兄弟がいる)の家に遊びに行って読んでいたことを思い出す。てんとう虫コミックスとは異なり、秋田書店のコミックは黒っぽい装丁もあって、子供ながらにちょっと気持ち悪い気がしたものである。
さて、「魔太郎がくる‼」と言えば、「うらみはらさでおくべきか」である。日中に陰湿ないじめを受けた魔太郎が、なぜか夜になると悪魔少年に変貌し、黒魔術をこなしていじめっ子を撃退する。
いや、撃退という言葉は生易しく、あらゆる方法で虐殺してしまう。復讐はスカッとするものだが、読者としては「さすがにそれはやりすぎだろう」と思ってしまう。
とは言え、いじめっ子はきちんと征伐されるべきだし、恨みを溜め込んでおくことは、精神衛生上も良くはない。スカッと仕返しができれば、それにこしたことはないのである。
本稿では、そんないじめっ子への恨みを晴らす藤子F作品をご紹介する。同じイジメ復讐ものでは、こうまでF作品とA作品が違った味になるのかも、チェックしてもらいたい。
「キテレツ大百科」『うらみキャンデー』
「こどもの光」1975年9月号
キテレツは基本的に頭が良い少年なので、「ドラえもん」ののび太のようないじめられっ子ではない。性格的に度を越した凝り性なので、変人扱いはされるが、別にそれで本人が気を悪くすることはない。
そんな中、この世界のガキ大将・ブタゴリラたちに標的にされているのが乙梨君である。
背が低く、卑屈そうな表情を浮かべていて、声を出しての抵抗ができないタイプなので、殴られても「ウ・・」と涙を零すだけ。その姿がサルそっくりだと言うことで、さらに殴られるという悪循環に陥っている。
イジメ現場にキテレツがたまたま通りがかり、乙梨がサルに似ているのではなく、「それよりか、君の方がゴリラそっくりだよ」と指摘したものだから、ブタゴリラの不興を買って、キテレツもボコボコにされてしまう。
普段からブタゴリラというあだ名を享受している割に、大人げない態度ではある。
家に帰ってコロ助とスイカを食べていると、先ほどの乙梨君が訪ねてくる。どんな用かと聞くと、乙梨は黙ったまま。部屋にあげてやり、ママがお茶などを持ってくるのだが、ここでも黙ってお辞儀をする。
そんな大人しい様子を見てキテレツは、「何をしに来たかぐらい言ってくれなくっちゃ困るよ」と言うと、コロ助がフォローに入る。「乙梨君はさっきからしゃべっているナリ、声が小さくて聞こえないのナリ」というのである。
そこでマイクを近づけて乙梨の声を拾うと、「僕は、恨みを晴らしたいんだ」と顔をしかめる。そして、秘めたる思いが吐き出されていく。
「みんな僕のこと・・バカにしていじめて・・悔しくて悔しくて・・。ぶん殴ってやれたらどんなにスッとするかと思っても・・僕は弱いから・・」
そこで乙梨は、キテレツはいつもヘンテコな機械を発明していることから、思いついたという。
「お願いだ。恨み晴らし機を作ってくれ! やつらをメタメタにやっつける機械を!」
マイクを持たずに心の叫びを爆発させた乙梨。大声出せるじゃんと思うところであるが、それほどに恨みが大きいのだろう。
しかしキテレツは「恨みを晴らす機械なんて作れるもんか」と否定的。そして「機械の力を借りて恨みを晴らすの卑怯だ」と極めて真っ当な答えを返す。
「君だけは味方だと思ってたけど・・」とトーンを落とした乙梨は、再びマイクを手にしている。
トボトボと帰っていく乙梨。その姿をみたコロ助は、非力の乙梨が機械にでも頼りたくなるのは当然だといきり立つ。
その声に押されて、キテレツは実は奇天烈大百科にそういう発明が載っているのだと明かす。それは第二巻81頁に書かれている「うらみ糖」である。
キテレツはさっそく何かの調合をしながら、うらみ糖について説明する。それは恐ろしいキャンディーだという。
人間の精神活動は、脳細胞の間を流れる電気信号であり、そのエネルギーは非常に小さいものだけど、これを強めてまとまった形で取り出せば・・とキテレツ斎様は考えたという。
黒っぽいキャンディー(うらみ糖)が完成する。さっそく実験しようと思うが、残念な(?)ことに恨めしいことが、キテレツもコロ助も思い当たらない。
すると、キャンディーを詰めた瓶を持って二階の部屋から一階に降りようとすると、足を滑らせて転がり落ちてしまう。見るからに痛そうなキテレツに、ママが冷たく「ぼんやりしているかたよっ」と注意をする。
災難に遭っているのに怒鳴りつけるとは恨めしいということで、これで実験しようとうらみ糖を口に入れて、心の中で「恨めしい恨めしい」と念じる。すると、口の中からモヤ~と煙が噴き出て、幽霊状のキテレツが形作られる。
恨みの固まりとのことだが、見るからに小さく迫力がない。恨みを晴らしにママに元へと飛んでいき、か細い声でうらめしい・・と言いながらママの髪の毛を引っ張るのだが、単なる虫扱いされて、ハエ叩きであっと言う間に倒されてしまう。
実験の結果、深い恨みのエネルギーがなければ、全く非力だということ。つまりは、相応の人が使わないと意味がないということである。
乙梨君の家にうらみ糖をあげに行くキテレツとコロ助。お母さんに通されて乙梨の部屋に入ると、カーテンを閉め切った薄暗い中で藁人形に釘を刺している。
既に釘を打ち込まれた膨大な数の藁人形が散らばっている。キテレツはバッカだなと感想を述べると、「バカにした、恨めしい」と一言。さらにうらみ糖を渡すと、「もし僕をからかっているのなら一生恨むぞ」と睨んでくる。
乙梨はイジメられ過ぎて、どうやら、人を簡単に恨む体質になっているようである。
で、疑いながらも一つ口に入れると、先ほどのキテレツの恨みとは桁違いの巨大な恨みが形成される。さっそくこれを使って、ブタゴリラへの恨みを晴らすことに。
ところが、出発してすぐに恨みの固まりは消滅してしまう。薬の効き目は10分くらいであることが判明する。そこで、うらみ糖の瓶を渡してあげて、イジメにあったら飲めばいいとアドバイスして、キテレツたちは立ち去っていく。
ここからは、乙梨目線で次々と恨み晴らしのお時間がスタートである。
まずトンガリが宿題を見せろと迫ってくる。断ると逆ギレして、乙梨の「僕に手を出すと後悔する」という警告も無視して殴りつけてくる。無残にも倒された乙梨はうらみ糖を食べると、すぐに等身大ほどの恨みエネルギーが登場。
トンガリの後を追っていき、そのままボッコボコにしてしまう。自分の幽霊(恨みエネルギー)の強さを知った乙梨は、これでもうビクビクしないで生きていける、と元気を出す。
さらにもう一人のいじめっ子も撃退し、いよいよ一番憎たらしいブタゴリラへの積年の恨みを晴らしに行く。自らニヤニヤと近づいていき、案の定ちょっかいを出してきたブタゴリラの前でうらみ糖を嘗める。
その後どうなったか様子を見に来たキテレツとコロ助。すると、既に傷だらけになっているブタゴリラが乙梨の幽霊に襲われて、猛スピードで逃げている。その後を「逃がすな」と追っていく乙梨。
ブタゴリラは溜まらず、家の中へと逃げ込むのだが、さらに追撃するようにうらみ糖を口に入れて、大量の幽霊を発生させて、家の中へと送り込んでいく。幽霊の形状なので、壁も簡単にすり抜けるのである。
実際の様子は伺えないが、家の中からブタゴリラのギャアという悲鳴と、許してという懇願の声が聞こえてくる。さすがにその辺で勘弁してやれよとキテレツは乙梨を窘める。
「えらいもの作った」と後悔するキテレツだが、乙梨は「大丈夫、イジメられた時しか使わない」と約束し、キテレツに感謝の念を伝える。
本当に約束してもらえたかは不明だが、乙梨にはいじめっ子たちは怖くて近づけないだろうし、乙梨の方も、いつでも恨みを晴らせると思えれば、無理もしないような気もする。これにて一件落着だろう。
さて、今回の薬は大失敗ではなく、大成功。・・・のはずだったのだが、その夜のキテレツの家。
パパが、まだ一か月も期限を残していた定期券を落としたと言って落ち込んでいる。そして、落ちていたうらみ糖を何の気なしにパクと飲むこみ、そこで「うっかり者の自分がつくづく恨めしい」と口にしてしまう。
自分に対する恨みとは・・。比較的大きめのパパの幽霊が出現し、自らの恨みを晴らすべく、パパとママを追いかけ回す。やっぱり、クスリの使い方は気を付けないといけませんなあ。
さて、恨みと言えば、本作の一年半前に発表された「ドラえもん」の『ウラメシズキン』(74年3月)というお話がある。
この話は薬ではなく、幽霊のズキンのようなものを頭に巻いて、恨みエネルギーを発露させるという仕掛けである。
詳細は割愛するが、ウラメシズキンを使って、のび太はジャイアンへの恨みをきっちりと晴らすのだが、なぜか幽霊ののび太に対して恨みを抱いてしまい、自分の幽霊に付き纏われる。
乙梨君と違い、調子に乗ってしまったのび太が、いつものようにしっぺ返しを食らう展開なのであった。
さらに余談だが、本作の二か月前に発表した少年SF短編『なくな!ゆうれい』(75年7月)というお話も、幽霊と恨みをテーマとした作品である。
こちらは記事にしているので、是非お読みいただきたいが、どうもこの頃は恨みについてのエピソードが多いように思う。1972年から75年にかけて連載していた「魔太郎がくる‼」の影響が色濃く出たと考えているが、いかがだろうか。