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正義の少年ではなく、事なかれ主義の老人が『鉄人をひろったよ』/巨大ロボット大暴れ②

藤子作品では、超初期の頃からロボットが登場する。例えば、単行本デビュー作となった「UTOPIA 最後の世界大戦」では、ロボットに世界が支配されてしまう世界を描いている。

ただし、初期の頃からロボットのサイズは大型ではなく、どちらかと言えば人間と同じような大きさで描かれる。ドラえもんやコロ助などが有名だが、藤子作品におけるロボットとは、主人公と等身大のキャラクターとなっている。

もちろん、主人公たちよりも遥かに大きい巨大ロボットもしばしば登場してはいるが、それほど数は多くない。メインとして登場する作品はかなり限られているように思う。


そこで、「巨大ロボット大暴れ」と題して、大型ロボがメインを張る作品をいくつかチョイスして、なぜ大型ロボットの登場回数が少ないのかを検証している。

前回の記事では「ドラえもん」における巨大ロボットを扱ったエピソードを取り上げた。こちらは大長編ドラえもんの第七弾となる「のび太と鉄人兵団」の元ネタとなった作品でもあった。


続けて本稿では、SF短編の中から、巨大ロボットが活躍(?)する『鉄人をひろったよ』を見ていく。

「ロボット」ではなく「鉄人」というところがポイントであり、本作を語るうえで、横山光輝先生の「鉄人28号」は外せない。横山先生は、藤子F先生の一つ学年が下で、手塚治虫先生の影響を受けた同世代の漫画家である。

「鉄人28号」は、1956年に光文社発行の月刊誌「少年」で連載が始まった。太平洋戦争期に大日本帝国軍が秘密裏に開発していた巨大ロボット=鉄人28号を巡って、正義の少年と悪者たちが格闘するお話である。

漫画はかなり好評であったようで、1959年にはラジオドラマとなり、1960年には実写ドラマ化する。1963年にはアニメ化されて人気に拍車がかかり、1966年に連載が終了するものの、その後何度もリメイクされたり、派生作品が生み出されていく。

僕はずっと後になってリメイク版のアニメ(1980年)を見たことがあったが、基本的に主人公の少年がリモコンを手にロボットを操縦し、悪と戦うストーリーであった。

ただ、連載開始当初は、リモコンの争奪戦が延々と描かれたり、そもそも鉄人が悪という設定であったらしい。この辺りは、ネットで調べた限りなので、詳しい方に是非ともご教授願いたい。


これから見ていく『鉄人をひろったよ』は、「鉄人」という名称からわかるように、初期の「鉄人28号」を相当意識している書かれている。例えば、鉄人の設定として、旧帝国陸軍が極秘裏に開発した兵器という、全く同じ出自を持っている。

ただし、「鉄人28号」とは異なり、鉄人を操縦するのは正義感あふれる少年ではなく、事なかれ主義の老人である。さらに、鉄人が敵と戦うというような活躍する場面はなく、むしろあまりの巨大さゆえに、厄介者扱いされてしまう。

「本当に巨大ロボットが現れたらさぞかし邪魔だろうな・・・」という感じの、皮肉な思考実験から生み出されたお話なのだ。


『鉄人をひろったよ』
「ビックコミック」1983年07月25日号

どこか郊外を流れる川面。ボロロ・・・と、オンボロなエンジン音の車が一台、川べりの道路を走っていく。ハンドルを握るのは、スーツ姿の初老の男性。すっかり日が暮れた時間帯なので、男は仕事帰りのようだ。

すると道で倒れている人影を見つけて、初老の男性は車を止める。降車して「具合が悪いのか」と尋ねると、倒れている男は体中に傷を負っており、残る力を振り絞るように体を起こして、「これを・・」と小さなコントローラーのようなものを手渡してくる。

さらに男は、

「旧帝国陸軍が極秘裏に開発した・・・、黒部の深山・・・、狙って・・・CIA・・・KGB・・・モサド・・・」

と、聞き慣れない単語(世界各国の諜報機関名)を並べたてるが、初老の男性は深く受け止めようとはせず、むしろ男性が大傷を負っていることに驚き、「救急車を呼ばなくちゃ」と言って、慌ててどこかへと走りだす。

老男性は、闇雲に走っていくが、近くに人家は見当たらない。躓いて転倒してようやく、「けが人を車で病院に運んだ方が早かった」と冷静さを取り戻し、傷ついた男性の元へと戻る。

しかしそこには男性の姿はなく、初老の男性は「無責任だな」といら立ちを覚える。そもそも車を使わずに自分の足で走り出してしまった方にも落ち度があるとは思うが、そういう認識を持てない性格であるようだ。


先ほど男から手渡されたコントローラーをポケットから取り出す。短いアンテナがついている他には、ボタンが一つと音声を吹き込むマイクの部分があるだけの簡素な仕組みである。

ボタンを押してみると、ゴオンゴオンと遠くから何やら音が聞こえてくる。見上げてみると、どこからか巨大なロボットが飛んできて、目の前に着地する。

初老の男が見上げるほどの大きさで、10メートルを超える高さのように見える。外見は「鉄人28号」とかなり似通っているが、若干デザインは異なるようだ。もしかしたら「鉄人29号」あたりかもしれない。

ちなみに今読むことのできる単行本版の鉄人のデザインは、初出版から全面的に書き換えられているようである(理由は不明)。


突如目の前に巨大ロボットが出現すれば、普通は大いに取り乱しそうなものだが、この初老の男はなぜか淡々と受け入れる。もっと言えば、事態を軽視した、矮小化した受け止め方をする。

ロボットが鉄製(=鉄人)だということを確認し、孫の雄一郎がこんなのを持っていたと男は言う。本作では「雄一郎」が何度も話題に上るが、本人は登場しない。

「ロリコンとかいうんだ。ラジコンだったかな」

と、男は言うが、ロリコンな訳がない。

いずれにせよ、鉄人を現代の贅沢なおもちゃだと認識してしまったようで、自分の子供の頃は手作りで竹トンボとか糸巻戦車とか作ってたと愚痴る。

ちなみに本作発表が1983年で、僕が9歳の時なので、ちょうど初老の男の孫、雄一郎と同年代だと思われる。確かに、手作りおもちゃはあまり作らなかったなあと回想します。


男は「子供もいないので、持ち帰っても意味がない」ということで、鉄人を放置したまま帰宅する。ところが、自分のことを親とでも思ったのか、鉄人は、ドスドスと歩いて車の後を追ってくる。全速力で逃げる男。

何とか鉄人を振りきって家に帰る。車から降りると、庭に大量の枯葉が落ちている。隣家の木の落葉のようで、日頃から迷惑を被っている様子が伺える。

さらに、「お願いしても枝を切ってくれない」と掃き掃除をしながら男は嘆く。彼の愚痴から、自分の庭に生やしていたマテバシイ(*椎の木の仲間)に対して、お隣さんから「日陰になる」と文句を言われて、切られてしまったこともわかる。

ともかくも、隣の家とは揉め事が発生しており、関係がよろしくないことが明示される。何かと手狭な都心のお隣同士では、庭に大きな木を生やすだけでも問題の種となってしまうのだ。


そんな狭い庭に、いつの間にか鉄人が立っている。ひょっとしてコントローラーを持っていたので、ついて来たのかもしれない。老男性が鉄人を押しても微動だにしない。

庭でバタバタしていると男の妻が声を掛けてくる。「遅かったわね」と言われるが、鉄人のことをうまく説明できずにモゴモゴしていると、「犬か猫をまた拾ってきたのか」と突っ込まれる。

過去に、犬猫を拾ってきたことで、ご近所との揉め事に発展していたようで、奥さんは日々夫の行動を警戒しているのだ。


仕方がないので、男が「おもちゃだ」と言って、庭にそびえ立つ巨大な鉄人を奥さんに見せると、「なんでこんなもの拾ってきたのよ」と声を荒らげる。いかにもご近所迷惑なデカさだからである。

男が、けが人から渡されたコントローラーを奥さんに見せると、意外にも「これ知ってる! 雄一郎が見てたテレビのマンガ」と反応する。そこで男は「マンガなんかじゃない、これは現実だ!」と返す。

このセリフは割と重要で、マンガなのにマンガじゃないと突っ込むメタ的なギャグであると同時に、本作は「あくまで現実をテーマにしたお話ですよ」という作者の声明にもなっている。

雄一郎が見ていたというアニメは、「鉄人28号」と考えて間違いはないと思うが、奥さんはそのアニメで見たところ、主人公の少年がコントローラーに向かって命令するのだと説明する。

そして実際に「鉄人よ、飛べ!!」と叫ぶと、ゴオンと巨大な音と共に爆風を巻き上げて鉄人が浮かび上がる。

たまらず「やめて!ご近所が起きるじゃないの!!」と鉄人に呼びかけると、すぐさまピタと地面に足をつけて不動となる。その素直な様子を見て、「かわいいところもある」と、鉄人に対して犬か猫のような感情を持ち始める。


さて、現実として庭に現れてしまった巨大ロボット。この後どうするべきか、夫婦で話し合いをすることに。男がいくつかアイディアを出し、次々と奥さんが反対していくやり取りが繰り広げられる。

男:番犬代わりに家に置いておくのはどうか
妻:洗濯物も干せないと反対

男:ガタのきている乗用車代わりではどうか
妻:みっともないし、駐車場所に苦労すると反対

男:孫の雄一郎にやったら喜ぶかも
妻:あんな危ないものをやって万が一のことがあったらどうするかと反対

男:郷里の小学校に寄付するかな
妻:あんなの校庭に立てて教育効果があるかしら、と疑問を呈する


奥さんからしてみたら、これ以上近所と軋轢をきたす要因は極力排除したいので、鉄人(&生き物)はいて欲しくないのである。

よって、「どこかへ捨ててきてよ」と言うことになるのだが、粗大ごみの収集は来週だし、これほど巨大なものを持って行ってくれるとは思えない。

では保健所に電話したらと奥さんが言い出すが、イヌネコじゃあるまいしと男が一蹴する。大きすぎるモノは処分に困る世の中なのである。

奥さんは、日照権がどうのこうのとお隣が騒ぐのではないかと危惧する。去年、同様の日差しの問題でマテバシイを切らされたことを口にすると、男は怒りが再燃し、「あのクソ爺い、いっぺんぶん殴ってやりたい」といきり立つ。

すると、近くに鉄人のコントローラーを置いてあったので、男の声を拾って指令と判断してしまい、鉄人がズシンと地響きを上げて動き出す。ゴガガと腕を上げて、隣の家へと歩いていき、破壊しようとしたところで、「止めんか」とコントローラーに叫ぶと、動きを止める。

ロボットはコントローラーを通じた指令に絶対忠実であることがよくわかるシーンとなっていて、これがラストの命令に繋がっていくことになる。


さてこの騒ぎで奥さんは「何とかしてよ」と泣き出し、喧噪が伝わったお隣さんがわざわざ電話を掛けてきて、慇懃無礼なクレームをつけてくる。あまりにネチネチした言い分なので、受話器を投げつけて「鉄人を止めるんじゃなかった」と半ば本気で後悔する初老男性なのであった。

男はこれまでの鉄人とのやりとりを振り返って、鉄人はこの箱(コントローラー)についてくるし、箱を通じて指令を聞く、と状況を整理する。とすれば・・・。男に何か鉄人を捨てる妙案が閃いたようである。


鉄人に対して「お手」と指示して手を出させて、「おんぶ」と言って背中に乗せてもらう。ダサめな指示出しなので、奥さんは「アニメではもっと格好よく指令してた」と指摘する。男は「わしはアニメではないのだ」と、ここでもメタな発言をする。

飛び去るついでに、自分の庭に面した隣家の落葉樹を二本引っこ抜かせる。憎きお隣の家を壊すことはできなかったが、せめてもの一矢を報いようということだろう。


まずは植林のため、どこかの山中へと向かう。その道中、男は鉄人に話しかける。「ひょっとして正義の味方ではないか。手放すには惜しいが、今の住宅事情でやむを得ん」と。

このセリフも非常に重要で、たとえ正義の味方であっても、巨大なものは、狭小住宅地には迷惑な存在となってしまうという現実を語っているわけなのだ。

落葉樹を山中に植えるなどの、鉄人との穏やかなひと時を過ごした後、海岸へと向かわせる。海岸にそびえ立つ鉄人は、感情のないはずのロボットであるにも関わらず、何か秘めたる思いを醸し出しているようだ。

初老の男はコントローラーを通じて鉄人に話しかける。「過去は知らないが、今の世の中にはお主の身の置き場は無さそうだ」と。そして「いたずらに世間を騒がすよりは、深い海の底で安らかに眠る方が幸せではあるまいか」と、諭すように語り掛ける。


そしてコントローラーのスイッチを入れたままにして、思い切り遠くの海へと投げさせる。そして、鉄人はコントローラーの落ちた先へと飛び去って行く。

男は「箱を追って飛んでいけ」と声を掛けているが、距離的にこの声はコントローラーに拾われてはいないだろう。それでも鉄人が飛んで行ったのは、鉄人が何も指示もないのにコントローラーの箱を持っていた男の車の後を追ってきたと同様の仕掛けが働いたからである。

淡々と鉄人との別れを済ます男。そこにナレーションが表示される。

「一国が命運をかけて開発し、三つの国が大いなる犠牲を払って追い求めた鉄人の、あっけない最期であった」

ちなみに一国とは日本のことで、三つの国とは、アメリカ(CIA)・ソ連(KGB)・イスラエル(モサド)であることは言うまでもない。


思えば、戦後長らく平和な時代が継続し、過剰な兵器や軍の施設に対して、近隣の住民から縮小・閉鎖が主張される時代となった。そんな中、日照権を脅かす巨大ロボットが町中に存在するわけにはいかないのだ。

本作では、兵器の無意味さを描く要素もあれば、大型ロボットを維持するのは不可能という現実的な視座も入り込んでいる。世界中の諜報機関が追い求めている鉄人が、市井の人々にとってはただの邪魔者であったという皮肉が、静かに染み入るのである。



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