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羽衣伝説の詳細、解説します。『しずちゃんのはごろも』/藤子Fの羽衣伝説①
日本の説話の中で有名なエピソードの一つに「天女の羽衣伝説」がある。有名な昔話を自らの作品のモチーフとすることが得意な藤子F先生は、当然「羽衣伝説」に基づいたお話を作り上げている。
パッと思いつく羽衣伝説をテーマとしたエピソード2本を連続記事にしようと思ったのだが、その前にハタと筆が止まる。
・・・あれ? 「羽衣伝説」ってどんなお話だったっけ?
そこで本題に入る前に、「羽衣伝説」とは何なのか、全貌を掴むべく改めて調べてみることにした。すると、想像以上に歴史が深く、他の有名な説話や伝説と結びつくバリエーションも存在していることがわかった。
そもそも「羽衣伝説」は、日本国内だけではなく、世界各国で語り継がれている「物語」の一つの類型であるらしい。
話の流れとしては、羽衣を身につけて天から降臨してきた天女が、水浴びをしている間に、天女の美しさに見惚れた男に羽衣を盗まれてしまう。それによって、天に帰ることができなくなる・・・というのが定番の進行。そこからは、大きく2つのパターンに分かれる。
一つは羽衣を隠された天女が男(主に猟師)と結婚して、子供を産むが、やがて羽衣を取り戻してひとり天上へと昇天していくというもの。『近江国風土記』逸文などで見られるパターンである。
丹後に伝わる「さんねも・羽衣」伝説では、天女が昇天する際に男(さんねも)に「七日七日(=七日ごと)に会いましょう」と言い残すが、天邪鬼の邪魔が入って、誤って「七月七日に会いましょう」と伝わってしまう。
その後、さんねもは、何とかして自分も天に昇って天女に会いに行こうとするが・・・、と話が転がっていく。
この話は、「七夕」の発祥なったとされる逸話となっており、天女伝説と七夕が繋がってくるのである。
ちなみに我が家にある「天人女房」(童話館出版)という絵本では、ラストで天女が織姫となり、男が彦星となる。羽衣伝説で始まり、七夕伝説で締め括られるお話となっている。
もう一つのパターンは、天女が老夫婦の養子となり、万病に効く酒作りをして、富をもたらすが、やがてその家を追い出されて、放浪の末、別の場所で定住する。「丹後国風土記」逸文によれば、天女は死後、豊宇賀能売命(とようかのめのみこと)として祀られる。
この話には続きがあって、後に伊勢外宮に豊宇賀能売命が祀られ、豊受大神(とようけのおおかみ)という祭神となったとされる。羽衣伝説は、古事記の世界とも、繋がってくるようだ。
他にも、天女が白鳥の姿で舞い降りてくるパターンがあって、そうなると異類婚姻譚と呼ばれるタイプとなるという。また、最初に8人の天女が降りてくるということもある。
他にも、歌舞伎や能などの題材となった三保の松原に伝わる羽衣伝説では、羽衣を見つけた漁師が、それを返して欲しいという天女に対して、羽衣と引き換えに美しい舞を見せて貰うという流れとなる。
また、天の羽衣と言えば、「竹取物語」の終盤でかぐや姫が羽衣を着て月に帰ろうとするエピソードが描かれるが、これは「羽衣伝説」の類型とも言える。
こうしてみていくと、「羽衣伝説」は、古事記や七夕、竹取物語までともリンクした、非常に奥深い説話であることがわかるのである。
参考:
さて、以上のように羽衣伝説の全貌を理解したところで、本題へと進もう。
「ドラえもん」『しずちゃんのはごろも』
(初出:ふわふわはごろも)
「小学二年生」1973年12月号/大全集5巻)
冒頭、のび太としずちゃんが何やら芝居じみたやりとりをしている。しずちゃんが「羽衣がないと天に帰れません。どうぞお返し下さい」と懇願するが、のび太は「うちに持って帰って宝にしよう」と相手にしない。
誰がどう見ても「羽衣伝説」のお芝居中だとわかるが、そこへドラえもんが割って入り、のび太の頭を叩く。「人のもの取るのは、ドロボーだぞ」と言うのである。
まだ現代の常識がドラえもんに定着していない、初期ドラならではのシーンである。
案の定、のび太としずちゃんは、仲間の劇のコンクールに参加するべく「天人のはごろも」の稽古中であった。
ただ、二人が言うには、最後の場面、羽衣を返してもらった後に天に昇っていく場面をどうしようかと困っているらしい。
そこでドラえもんは「いいもの貸してあげる」と言って、「フワフワオビ」という白い帯を取り出す。この帯を体に巻き付けると、フワフワと空に浮かび上がるという。
しずちゃんが実際に巻き付けてみると、フワリと体が宙に浮き、そのまま窓から外へ。「本当の天人みたいよ」と大喜びのしずちゃんなのである。
なお、のび太としずちゃんが演じようとしている「天人のはごろも」は、三保松原の羽衣伝説を基にしたという著名な紙芝居が原作と考えられる。
東京タワーのてっぺんまで浮かび上がったしずちゃん。上空の強風に流されて、思いの外遠くまで飛ばされてしまう。しずちゃんは、体から帯を外せば降りられると考えるのだが、実際に外すとたちまち落下してしまい、そのまま森の中へ・・・。
普通は死ぬところだが、しずちゃんは枝に引っ掛かって奇跡的に一命をとりとめる。ただし、羽衣はどこかへと飛ばされてしまったらしい。
山奥を進むと帯が木の枝に巻き付いているのを発見。しかし、間一髪、地元民と思しき薪を背負った無骨そうな人相の猟師に帯を取られてしまう。
さて、いつの間にかリアル「羽衣伝説」の世界に入り込んだしずちゃん。男が「うちの宝にしよう」と言って持ち帰ろうとするので、「それがないと帰れないの」と泣いて訴える。
そこで男は「じゃあ、踊りを踊ったら返してやろう」と天女の舞を要求する。「何だか劇に似てきたわ」としずちゃん。
バレエを習っているしずちゃんは、「音楽があれば・・」と男に告げると、男はソーラン節を歌いあげ、無理やり合わせてピョコピョコと踊るしずちゃんであった。。
ちなみに「天人のはごろも」の類型では、白鳥が湖に降り立ち美しい乙女となるというパターンがあり、これがバレエの「白鳥の湖」の原典の一つになったとされる。
無骨な男は拙いしずちゃんの踊りに大満足したらしく、「羽衣を返してやろう」ということになったのだが、傍に置いておいた帯がどこにもない。いつの間にかおサルが羽衣にちょっかいを出していたようで、帯を体に巻き付けて、体が浮かび上がってしまっている。
「いやあん、返してえ」と空飛ぶサルを追いかけるしずちゃん。
しばらく飛んだ後、サルは帯を振り払うことができたが、その帯はフワフワと漂い、とある民家の庭へと落ちる。庭で野良作業をしていた女性が見つけて、「軽くて柔らかそうな布だ」ということで、赤ん坊のオムツにしてしまう。
余談だが、今は紙おむつ全盛期だが、僕の子供の頃は布おむつがメインだった。ウン〇も当然付く訳で、しょっちゅう洗濯が必要だったはずである。昔の育児は、そういう面でも大変だったのだ・・。
オムツは汚れるものという認識をきちんと持っておくことが、本作のラストがより生きてくるので、そのように了解していて欲しい。
オムツ替わりにフワフワオビをセットさせられた赤ん坊は、フワリと宙に浮き、そのまま上空へと飛び上がっていってしまう。
そのころ、飛んで行ったまま行方不明となっているしずちゃんを探して、ドラえもんとのび太がタケコプターで飛んでいると、空飛ぶ赤ん坊を発見。赤ちゃんは、空中浮遊が楽しかったらしく、ニコニコしている。
赤ん坊を連れて地上に降り、赤ん坊の母親と帯を探していたしずちゃんと合流。どうやら、リアル羽衣伝説は終わりを迎えることになりそうである。
その帰り道。しずちゃんはフワフワオビを巻きつけて、嬉しそうに空を飛ぶ。「私、これを着て素敵な天人になるわね」とご満悦だが、さっきまで赤ん坊のオムツとなっていたことをしずちゃんは知らない。
「教えた方がいいかしら」とのび太は思うが、知らぬが仏。まあ、やめた方がよいだろう。