ヒーローと怪人を隔てるもの『フクロマンスーツ』/正義のヒーローごっこ⑨
「正義のヒーローごっこ」と題して、にわかヒーローとなった藤子キャラのドタバタエピソードを数々取り上げてきた。
彼らは、ただ自分の力を誇示したい者(ジャイアン・ブタゴリラ)、とあるピンポイントな使い方を指向する者(エリちゃん、マサル)、ヒーローに憧れて自分もヒーローを始めてしまう者(カバ夫、のび太、Qちゃん、つとむ)に大別できる。
これまでの記事を以下に並べておくので、興味ありそうなものを読み比べてみてください。
本稿ではシリーズの締めくくりとして、過去の記事も含めて最も情けないヒーローを演じてしまうキャラクターを掘り下げてみたい。
その、過去一情けないキャラとは、・・・当然我らがのび太君である。
ヒーローになりたい理由は、基本的に正義の行いを成すためでなくてはならない。正義心あってのスーパーパワーであって、私利私欲でその力を行使し始めると、途端に悪の存在として認識されてしまう。
ただ、のび太のような、物事を完遂できないタイプの人間は、超人的能力を得ても、その力を使って女の子(しずちゃん)にチヤホヤされたいといった下心が出たりして、中途半端な結果を生み出してしま。
ヒーローにもなれず、アンチヒーローとも見做されず、ただ何をしたいかわからない間抜けな存在で終わってしまうという訳なのだ。
本作で、のび太がヒーローになりたいと思ったきっかけは、人気テレビ番組の「コンドルマン」を見たからである。
コンドルマンは鋭い目つきが特徴的なスーパーマンだが、その正体はおっとした風貌のメガネ男子。敵に捕まったマリちゃんを救出し、去っていった後に元の男子に戻ってマリの前に現れたりする。
マリちゃんは「コンドルマンの正体は誰なのかしら」と感謝の意を示すが、隣にいる中身の人である男は、もちろん口を閉ざしたままである。
のび太は「コンドルマン」を見て「あんなこと言われてみたい」と思い、さっそくドラえもんに「スーパーヒーローになる道具を出して」とねだる。ここでのポイントは、のび太がヒーローになりたい理由が、「正体は誰なのかしら」とうっとりされたいという点である。
ドラえもんは「フクロマンスーツ」という、名前からして格好悪いフクロウをモチーフにした全身タイツのようなスーツを取り出す。「スーパーダン」でのマントと同じように、あくまで子供用のおもちゃであり、パワーは控えめであるという。
空に浮かび上がることはできるが、一生懸命に泳がないと地上に降りてきてしまう。ブロックくらいはパンチで粉々にできるが、かなり痛い。小さい子供たちが気軽に強くなりすぎないように、調整されているようだ。(かえって危ない気もするが)
ドラえもんは「ま、一応スーパーヒーローになった」とお墨付きを与え、のび太改めフクロマンも「うん、一応活躍する」と決意表明をする。
さて、一応のヒーローとなったフクロマン。最初に思う描くのは、しずちゃんを襲う変態男性を撃破して、「ありがとう、あなたはどこのどなたですか」と感謝をされる場面だ。悪を倒すことが目的ではなく、あくまで感謝されたいという気持ちが先走っている。
妄想では、「名乗るほどもありません」と答えて去っていくが、後日しずちゃん、スネ夫、ジャイアンがフクロマンを褒め称えるのを聞いてご満悦となる。
さらに、偶然を装ってフクロマンのスーツを落とし、(自主的に)正体をバラし、皆から「なんて立派な人でしょう」と泣いて感謝される。何とも都合の良い展開を思い浮かべるのであった。
こんな感じで、邪(よこしま)な気持ちを孕んだヒーローなので、この後ろくなことにならない。
まず、フラフラと溺れるように飛ぶ姿は何とも締まりがない。これはフクロマンスーツの特徴なのか、のび太自身がシャンとしていないからだろうか。
空き地でしずちゃんとジャイアン、スネ夫の3人が集まっているのを見つけて、近くの屋根の上へと降りるのび太。そのうちにジャイアンが乱暴を始めたら、そこへ飛び出していこうという狙いである。
ところがフクロマンの目論みからは外れて、しずちゃんに「さっきから屋根の上に変な人が」と不審者扱いを受けてしまう。さらに「気持ち悪いわ」というしずちゃんに対しては、ジャイアンに「俺が付いているから安心しろ」とヒーローの座も押さえられてしまう。
悪口に怒りを覚えたのび太は「もういい!」とその場を離れる。「これからの僕の活躍をみて後悔するな!」と、正義のヒーローとは思えない負け惜しみを口にする。
空を泳いでいると、「クラスで一番エッチなヤツ」(のび太談)が、カワイイ女の子にノートを見せていて、ニヤニヤしている。女の子を見るといやらしいことをする常連らしく、陰で飛び出すチャンスを伺うのび太。
ところがいつまでも普通に会話をしているので、待ちくたびれたフクロマンは、「いつもみたいなことやらないの」と話しかける。「いつもみたいってどんなこと」と尋ねられ、「こんなこと!」と言って女の子のスカートをめくる。見た目含めて、完全なる不審者(痴漢)である。
「子どもなんか相手にしない、もっと大事件を探そう」と守備範囲を拡大させるフクロマン。闇雲に泳いで悪者を探すのは疲れるということで、銀行帰りの人が狙われるのではないかと、アタリをつける。
さっそく銀行から大きなカバンを持って出てきた富裕層っぽい初老の男性を見つけて、「守ろう」と勝手に判断して後をつけていく。しかし、守られているはずの男性は、全身フクロウタイツ姿の男がついてくるので、怖くなってしまう。
逃げ出す男性に対して、のび太は「正義の味方、フクロマンです」と名乗って、勝手にボディガードをしていたことを話すのだが、のび太の目算とは異なり、男性のカバンにはお金など入っていない。男性は銀行にお金を借りに行ったのだが、断られてしまったというのである。
この反省を間違った方向に生かし、今度は銀行から出てきた女性に「お金持ってる?」と聞いて、お巡りさんを呼ばれてしまう。まるでチグハグなのである。
そして極めつけ。とある家から「ギェーッ、人殺しだ」という叫び声が聞こえてくる。待ってましたの大事件発生とばかりに窓ガラスを大破させて、その家へと飛び込んでいくと、なんとその悲鳴はテレビドラマのセリフであった。
「ガラス代は後で弁償します」と言って、フラフラと家から出ていくフクロマン。やることなすこと失敗続きののび太は、「もう嫌だっ」とたまらずスーツを脱いでしまう。何も実績を残せぬまま、ヒーロー廃業である。
さて後日、しずちゃんとスネ夫、ジャイアンでフクロマンの噂話をしている。のび太の妄想では、皆で褒め称えていたが、実際には・・・
と、120%いかがわしい男として認識されてしまったのである。
のび太は当然名乗れずに、渋い表情をしてフクロマンの悪口を聞くのであった。
正しいヒーローの在り方は、①正義を行う→②皆に尊敬されるである。ところがのび太が目論んだのはその逆で、①皆に尊敬されたい→②ヒーローになる というもの。のび太には正義心が全くないわけで、似て非なる展開なのである。
フクロマンスーツという見た目のダサさ怪しさと相俟って、かなりのお間抜けヒーローを演じてしまったのび太は、最終的に「怪人」呼ばわりされてしまう。
確かに「仮面ライダー」などは、正義のヒーローである主人公も、もともとは怪人と呼ばれてもおかしくない改造人間であった。しかし善き行いのおかげでヒーローとなったのである。
英雄と怪人を隔てるものは、そうした純然たる正義の心だが、フクロマン(のび太)は邪な下心ばかりが先を行き、あえなく怪人側に転んでしまったようである。