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【卒業のショートストーリー】明日また、繋がる
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※
終わりのチャイムってこんな音をしていたのか、なんて今更ながら気づく。
三年間、気にも留めなかった無機質なこの音が、今日は大きく鼓膜を揺らした。
ポケットから振動が伝わり、携帯を握る。多分、明日に関する連絡が吉川からあったに違いない。
携帯を取り出し画面を開こうとすると、低い声を後ろ背に感じた。
ー大地、行くぞ
振り返ると、裕二が教室のドアの近くに立っていた。一度こちらを見て首肯した。
“早く来い”ということだ。
分かったという代わりに、俺はグーを突き出した。裕二とのいつもの挨拶だ。
帰り支度を急ぐ。
明日が卒業式だから何かと持って帰るものが多い。荷物をまとめるのに少し時間がかかってしまった。
ドアに視線を移せばそこに裕二は居なくて、
慌てて廊下に出た。見ると、裕二は階段を降り始めていた。
その横を通って吉川が上がって来るのが見えた。
視線をこっちに向けるなりハッとした顔で立ち止まった。
「ちょうどいい所にいた。さっきメッセージ送ったけど見た? 」
やっぱり吉川からのメッセージだった。急いで携帯を取り出してメッセージアプリを開いた。
吉川のメッセージ通知がトップに出ている。
そのいくつか下には裕二のメッセージ欄がある。「ごめん、少し遅れる」裕二に送ってみた。既読にはならない。そりゃそうだろう。
吉川のメッセージ欄をタップする。
「明日の卒業式が終わってからね、部室に集合して欲しいって。二年生がね、気を遣ってくれてる見たい」
俺がメッセージを読むより先に吉川が内容を話した。
「俺、そういうの苦手なんだけど」
「苦手じゃなくて寂しいってことでしょ。素直に言えばいいじゃん」
「それも含めて苦手なんだよ」
辛気臭いモードは勘弁してほしい。後輩の気遣いは嬉しい。だけど、明日に関してはそれを易々と受け入れられる心の余裕がない。
「この後みんなとおやつと飲み物を買ってから裕二の家に行くし、大地は用意しといてよ」
「用意って何を」
「だから『星山高校バスケ部 俺らが最高だ!』って紙に書くの」
試合の度に裕二が俺らに放っていた言葉だ。正直ダサいなって最初は思ったけど、キャプテンとして裕二なりに考えた叱咤激励の言葉で、気がつけば俺たちも「俺らが最高だ!」なんて叫んでいた。もちろんマネージャーだった吉川も。
「書くのはいいけど、子供っぽい字とか言うなよ」
「言わないよ。ってかまた背が伸びた? 」
「吉川が縮んだんでしょ」
「うっさい」久々に肘鉄を食らった。
吉川は俗に言う少年漫画に出て来るようなマドンナ的マネージャーではない。むしろ部活バカこ俺らを叱咤激励する姉御肌的なタイプ。
三年になって裕二がキャプテンになり、新一年生に「肘鉄の吉川」なんて紹介したもんだから、吉川からは熱い”激励”を頂戴していた。
ただ、特にプレーが上手いわけでもなく、試合に負ける度に落ち込んでいた俺たちを持ち前の明るさで励ましてくれたのも吉川だった。俺らのマネージャは、こいつじゃないと務まらなかったと思う。
「バスケ部の三年で集まるのは数か月ぶりだよね。楽しみ」
「だな。しかも裕二の家だし」
「よく集まってたからね」吉川がフッと笑った。ただ、その目じりには小さく光るものが見える。
吉川、お前はそんなキャラじゃないだろう。
泣くなよ。俺まで耐えられなくなるから。
「また後で」胸に湧き起こる感情を誤魔化すようにそう俺は早々と裕二のもとへ走った。
※
「俺が一番知ってるよ、字が上手くないことくらい」模造紙の字を見てため息が出る。裕二の方が上手いなんて分かってるし、その裕二が俺の字を見て何か言いたげな顔をしているし。
「吉川が書けって言うから。あいつの言うことに従わないとまた肘鉄食らうしさ」
裕二の頬が緩んだ。
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俺の子供っぽい字が裕二の部屋の壁を覆う。
「いっつも試合前に叫んでたよな。お前、明らかに声で相手を威嚇してただろ」
裕二がとぼけた表情をした。
「試合に負けても勝ってもお前はこの言葉を叫んだ。最初は恥ずかしかったんだぜ。でもさこれを聞くと憑き物が落ちたみたいにみんなスッキリした顔をしてたんだよな」
バスケのレベル的には中の下くらいだった俺らの武器はスタミナと粘り強さだった。三年の時はインターハイ予選の準決勝まで進んだ。試合終盤の記憶はあまりないほど、俺は必死にボールにかじりついていた。気づけば俺はゴール下に立ち尽くしていた。
「大地、行くぞ」と裕二に言われて初めて試合終了のブザービートが聞こえた。裕二のあの時の声は強くてそれでいて優しかった。俺はあの時、試合に負けて初めて泣いた,最後の試合が何となく別れのようにも感じたから。
「あら大ちゃん、見ない間にまた背が伸びたんじゃないの? 」
裕二のお母さんがトレイに料理を載せて部屋に入って来た。
「三年生は十人よね、裕二を入れて」おばさんはテーブルに小皿を置いていった。決して広くはない裕二の部屋。相変わらず物がいっぱいだ。だけどここで語り合った想い出はこの部屋の物以上にある。
「おばさん、明日の卒業式にこれ借りて行っていい? 」敢えて裕二には聞かない。これは俺の独断だ。机の横に置いてあるそれを手に取った。
「もちろんよ。うん、大ちゃんが持った方がいいわ」おばさんも裕二の方には見向きもせず、残りのおかずをテーブルに置いた。
裕二は何か言いたげに口を動かしたけど、おばさんが敷いた座布団の上に座った。俺は裕二の前にそれを置いた。
別にここに置かなくてもいいだろ、と言いたいんだろう。裕二が頭を掻いた。
「大ちゃん、色々ありがとうね」
俺は返す言葉が見つからなかった。ありがとう、っていう言葉がこんなにも寂しくて苦しく感じたのは初めてだった。
重たい空気が流れた。
それを断ち切るようにインターホンが鳴る。
「きっと吉川さんたちね」とおばさんはニコリと笑って窓から下に降りて行った。
※
「大地はいつ東京に引っ越すんだ? 」
バスケ部三年が集まって、みんな思い出話に花を咲かせている。そして俺の「上京」にトピックが変わった。
「三月末までには引っ越しを終わらせる」
「終わんのかよ」
「終わらすんだよ」
終わんねーだろ、みんなが笑う。この他愛のない会話が好きだった。
俺は手伝わねーよ、と裕二の口が動いた。
「分かってるよ」裕二に向かって言った。
みんなが裕二のそれに視線を集める。
「明日の卒業式がちょうど四十九日だね。みんなで卒業できるから良かった」吉川がホッとしたような表情を浮かべる。そして発した。
「いるんだよね? 」
裕二が、という言葉は紡がれなくともみんなは察した。
吉川の目は既に濡れていた。その吉川を見る俺の視界も段々とピントが合わなくなっていく。みんなの顔が滲む。
頬に温かいものが伝った。それは途切れることはなくただ静かに流れ落ちた。
俺たちを見ている裕二の口が「お前らの泣き顔、超ダセーぞ」と綴った。
俺は泣いているのか。とうとう俺は裕二の死を受け入れたのか。受け入れてしまったのだろうか。受け入れるってなんだよ、なんで俺は泣いてるんだよ。それってまるで裕二にもう会えないってことを認めてるみたいじゃないか。自分に激を飛ばす。今こそ吉川の肘鉄を食らいたい。だけどその吉川本人が両手で顔を伏せているからそれは叶わなかった。
一月に裕二は死んだ。
バスケ部を引退してからも裕二は試合の戦略立てを手伝ったり、後輩の心のケアまでしていた。朝練に付き合う日もあった。
あの日もそうだった。ただいつもと違ったのは、例年にない大寒波が訪れたことだった。
裕二の心臓は急激な温度変化に襲われた。
倉庫内でボールを抱き抱えたままうずくまって冷たくなった裕二を見た時、俺はあの試合の時と同じようにただ立ち尽くしていたんだ。「大地、行くぞ」ってきっと言われるだろうから、裕二が起き上がるのを待っていた。
授業なんか無視して、警察が状況整理をしている間も俺はずっとそこにいた。
だけど、裕二が起き上がることは二度となかった。
そこから一ヶ月ほど経った時から、
裕二の声を感じるようになった。
そして今日、裕二の姿を初めて見た。
きっと最後に俺たちに挨拶に来てくれたのだろう。
「お前らが最高だ」
今度は裕二の声がはっきりと聞こえた。
みんな一斉に顔を上げ、裕二の方を向いた。そこには俺たちに笑いかける裕二の写真があった。
「明日、みんなで卒業するぞ、裕二。ちゃんと居てろよ」俺は裕二にグーを突き出した。
明日は泣くんじゃねーぞ、誰かが泣きながら言った。
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✐✎あとがき✐✎
卒業のシーズンですね。
色んなカタチの別れがあると思います。
でも別れは終わりではない。
かと言ってサラリと「始まり」と
言うのもなんか違う気がする。
ただ、「繋がっている」
そう感じたらそれはもう
「そこに在る」ってことだと思う、
と卒業に合わせて筆をとった
ショートストーリーでございました。
最後まで読んでいただきまして
ありがとうございました😌
しゃろん;