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エンジョイベースボール

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日本のキングオブスポーツである野球をさまざまな角度から深掘りしていきます。
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記事一覧

㊗️日本一記念 横浜ベイスターズ応援ソング

winningという曲でアイドルグループCOCOが歌っていた。
大洋ホエールズから横浜ベイスターズに変わってまもなく披露された曲。
今でもベイスターズが得点すると、応援席から流れる曲

映像は若かりし頃の大魔神佐々木、谷繁、野村、盛田、進藤らが歌い、斉藤明雄が呆れるという面白いもの

日本シリーズ総括

江本孟紀さんによるまとめ。掛け時計の文字が逆で、話が頭に入ってこないというコメントもありますが、戦前の予想を覆すベイスターズの圧勝。
去年だか今年のシーズン中にラジオでベイスターズは一番から八番まで全員四番のようにブンブン振り回すから、打ち出すと凄いが、波があって不安定で役割りを理解すべきと酷評していました。今年は盗塁数がリーグで昨年の最下位から1位となり、CSから投手が素晴らしい活躍を見せて、貯
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日本人メジャーリーガーのいなかった頃のプロ野球選手の番組

司会 中畑清 中井美穂

歌番組でもなく、運動会でもない芸能大賞という謎の番組 90年前後の放送と思われます。

選手が太鼓を叩いたり、刑事ドラマをやったり、いろいろ挑戦。

当時現役の清原、立浪、桑田、西崎、阿波野、一茂、高木豊ら、出演。

今みたいに大谷翔平らメジャー選手もいない時代だから、NPBが最高峰。

野球と関係ないけど、ファンは見ていたのでしょう。

2024NPBポストシーズン

2024NPBポストシーズン

みなさんこんばんは。いかがお過ごしでしょうか。

プロ野球は日本シリーズが盛り上がっていますね。まだ終わっていませんが、クライマックスシリーズから、今日までの出場した各球団の成績を見てみましょう。

DeNA(セ3位) 13試合 9勝4敗
ソフトバンク(パ1位) 8試合 6勝3敗(アドバンテージ1勝)
巨人(セ1位) 6試合 3勝4敗(アドバンテージ1勝)
日本ハム(パ2位) 6試合 2勝4敗

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ベイスターズの前身が初の日本シリーズに挑む

1960年
大洋ホエールズ対大毎オリオンズ
第1戦 川崎球場

戦後まだ15年

それから28年後、球場はボロボロになり、閑古鳥の鳴く酷いスタジアムになっていたが、ロッテ対近鉄10.19ダブルヘッダーは超満員となり、歴史的シーンとなりました。

1960年当時はボロボロじゃなかった。

がんばれ! 西武ライオンズ

いろいろあってこのところすっかり弱くなってしまった西武ライオンズ。

80年代から90年代は黄金期で、1982〜1994の13シーズン中、11度のリーグ優勝、うち8度の日本一を記録。歴史上V9の巨人の次くらいに強かったともいえる。ミスをしない、連敗しない、大人のチーム。ある年は投打の個人タイトルの多くを近鉄の選手が占めるも、大差で西武が優勝したことも。

日本シリーズで西武球場にきたセリーグのチー
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ミスター逸話

ミスター逸話

みなさんこんばんは。いかがお過ごしでしょうか。

まだ週真ん中ですが、朝は鼻水が止まらず、寒暖差に気をつけねばなりません。

少し前のネット記事にプロ野球で現役時代は巨人でプレーし、監督としてヤクルトや西武を日本一にし、GMとして、ロッテにボビーバレンタイン監督を招聘したりした広岡達郎氏の記事が面白かったので、少し紹介します。
あのミスタージャイアンツ、長嶋茂雄との逸話です。

ショート広岡が先輩

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テレビじゃ見れない

ロッテオリオンズの晩年

川崎球場を改修し、テレビ中継がないのを逆手に取ったキャッチコピーが話題に。

しかし結局は千葉に移転することに。

狭く、川崎駅からバスに乗るとかアクセスもイマイチだった。

現在球場は一部を残してアメフト場になっている。

死に場所を求めて

1985年江夏豊は36歳だった。
当時はスポーツ医学も今ほどではないから、今でいうなら40代半ばくらいの感じだろう。

1シーズン401奪三振
オールスター9連続三振
江夏の21球で日本一

歴史に残る偉大な投手は何度も首脳陣と確執で退団した反逆のイメージから実績とは裏腹に、国内最後の花道をプロ球団に球場を貸してもらえず、まさかの草野球の球場でささやかな引退試合をし、1985年にブリュワーズのキャ
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野球殿堂入り表彰式2016

2016年に野球殿堂入りした榎本喜八は既に亡くなっていたため、同時代にパリーグで首位打者争いもした張本勲がスピーチ

「なんでチームメイトじゃないのに私がやらなきゃならんのか」

表彰される時期が遅すぎて、本人だけでなく、近しい人たちも亡くなっているから仕方ない。

榎本氏の息子さんが亡き後に表彰されるのは不器用な父らしいとコメントしたのだとか。

2人の背番号"3"(長嶋茂雄 榎本喜八)

2人の背番号"3"(長嶋茂雄 榎本喜八)

1974年10月14日 後楽園球場

「我が巨人軍は永久に不滅です」

名ゼリフを残して稀代のスーパースター長嶋茂雄は引退した。

9年連続日本一という歴代最強の巨人の4番がいなくなることは一つの時代が終焉したことになる。

彼の背番号3は永久欠番になった。

遡ること2年前1972年パリーグでも背番号3がひっそりと引退していた。西鉄ライオンズの榎本喜八である。

榎本は1955年から1971年に

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1988ソウル五輪野球 日本VS台湾

まだ公開競技で、日本はアマチュア時代の野茂英雄が登板しています。

この時、決勝まで勝ち進み、アメリカに敗れて銀メダルでした。

メンバーは野茂の他、古田敦也、潮崎哲也、渡辺智男、吉田修司、石井丈裕、野村謙二郎、大森剛、中島輝士、笘篠賢治
ら、後にプロ野球で活躍する錚々たる面子でした。

キム・イルユン(新浦 壽夫)投手の軌跡

金日融(キム・イルユン)投手をご存じですか?

読売ジャイアンツ1968-1983
サムスンライオンズ(三星)1984-1986
大洋ホエールズ1987-1991
ダイエーホークス1992
ヤクルトスワローズ1992

本名を新浦 壽夫といい、巨人で活躍した後、
プロ野球が始まった初期の韓国に渡り、大活躍。
韓国シリーズにも出場し、ロッテ(釜山)と対決。

長嶋監督との写真やロッテが日本のオリオン
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まさかの大人気野球マンガの実写版映画

あの水島新司青春野球作品ドカベンが実写化されて、映画化されていたとは知りませんでした。
予告編ですが、山田太郎や岩鬼、殿馬、夏子はんなどもでてきます。
エースでアンダースローの里中はどうやらおらず、代わりに原作にいないナガシマ役で永島敏行が出演。テレビで放送されたとか聞いたこともありませんが、作品の興行成績が気になりました。