「ステージマネージャー」とは、どんな人? サントリーホール 第4代ステージマネージャー 今村和弘の仕事
こんにちは。
毎日たくさんのお客様をお迎えし、心ときめいている、サントリーホール正面入口のトビラです。
ホワイエ(ロビー)はクリスマスの飾りつけがされ、華やかであたたかな雰囲気に包まれています。
冬は、まさにコンサートシーズン!
海外オーケストラの公演や、合唱付き「第九」、クリスマスコンサート、歌手やバレエダンサーも登場するジルヴェスター(大晦日)、ニューイヤーコンサートなど、大掛かりな公演がめじろ押しです。
楽屋口からは、国内外のさまざまな演奏家、スタッフ、関係者など、大勢の人々が出入りしています。
舞台裏は一体どのようになっているのでしょう?
そこで今回は、コンサートをつつがなく進行するために欠かせない、「ステージマネージャー」という仕事をご紹介したいと思います。
(写真撮影:池上直哉)
♪ サントリーホールの “現場監督”
ここサントリーホールでは、大ホールとブルーローズ(小ホール)、2つのホールで年間に600を超えるコンサートが開かれています。
異なる出演者による、異なるプログラムが、日替わりで。
昼公演(マチネ)もあれば、夜公演もあり。
本番前には、リハーサルも行われます。
ステージ裏には、さまざまな種類の楽器や用具が大量に運び込まれ、コンサートが終わると運び出され、また次のコンサートのための楽器が新たに到着します。
そんな日々、サントリーホールで行われるすべての公演に関わる人や物の動きを把握し、時間を管理し、取り仕切っているのが、この人。
サントリーホール第4代ステージマネージャー、今村和弘です。
「 ステージマネージャーの仕事は、一言で言えば、現場監督ですね 」
人当たりの良い笑顔で、そう言います。
では、ステージマネージャーが監督する “現場” とは?
11月半ば、世界最高峰のオーケストラ、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団のコンサートを数時間後に控えた大ホールを、のぞいてみました。
♪ ホールのステマネ と オケのステマネ
ステージ上には、今村立ち会いのもと、複数のスタッフが出入りし、それぞれ本番に向けてさまざまな確認・調整作業を進めています。
緊張感でピリピリしているかと思いきや、意外と和やかな雰囲気。
「 ウィーン・フィルだからでしょうね。もう何十年来ほぼ毎年、この大ホールで、1週間にわたる公演の経験があるので(ウィーン・フィルハーモニー ウィーク イン ジャパン)、関係性が出来上がっていますから。彼らのステージマネージャーもウィーンから帯同し、日本側の専属ステージマネージャーもついていて、互いにこの舞台に慣れているんです 」
そう、ステージマネージャーと一口に言いますが(“ステマネ”と呼ばれるのが常です)、オーケストラ専属のステマネと、サントリーホールのようなコンサートホール専属のステマネと2種類あって、役割はだいぶ異なるのだそうです。
ステージを設営する実際の作業は、オーケストラ専属のステージマネージャーが行います。
指揮台をセットし(指揮者によっては自分専用の台を持ち込みます)、すべての演奏者から指揮者がよく見えるよう、事前に計算した位置に椅子を並べ、譜面台を置き、団員一人一人の癖や体格に合わせて微妙に椅子や譜面台の向き、高さを調整するのも、オケのステマネの仕事。
「 実は私も、東京交響楽団で27年間ステージマネージャーをやっていました。
その後、サントリーホールに来て、7年目です。最初の年は、3代目と行動を共にして経験を積みましたが、うわ、これからウィーン・フィルがくるんだ! 1週間後はベルリン・フィル! その次はコンセルトヘボウ! なんて具合で、わけもわからず、ちょっと浮き足立っていたかもしれません(笑)。
今は、どこのオーケストラが来ても基本は大体同じ、と平然と構えられるようになりました 」
オーケストラ専属の時は、楽団員一人一人の癖や好みを熟知することが大事だったそうですが、コンサートホール専属ステマネは、日毎に対する相手が変わり、初めて顔を合わせる演奏家たちにも、最適な環境を提供することが使命になります。
♪ 12月は大忙し!
「 12月は、1年で最もスケジュールが立て込んでいます。昼夜2公演、あるいは朝昼晩と3公演ある日もあります。
年末恒例の『第九』が、昼夜と別公演で続く日もあって。100人規模の合唱団と80人超のオーケストラが出演するステージを素早く転換し、楽屋を入れ替え、タイミングを見計らって清掃するなど、かなり段取り良くやる必要があります。リハーサルもありますしね 」
舞台裏は、けっこう右往左往している様子。
ちなみに、今年12月のサントリーホールでは、「第九」が10公演。つまり、1か月の3分の1は、200人近くが舞台にのる「第九」公演、しかも異なるオーケストラ&合唱団が出演するわけで、それら全体の流れを統括するのが、今村ステージマネージャーなのです。
「 忙しくはありますが、在京オーケストラの皆さんは定期的にサントリーホールで演奏されていますし、『第九』も毎年のことで、型が決まっていて流れがわかっていますから、とくに難しいことはないです 」
♪ サントリーホールが生んだ、日本初のホール専属ステマネ
実は、日本でコンサートホール専属ステージマネージャーという職業が生まれたのは、1986年に開館したサントリーホールからなのです!
初代サントリーホール ステージマネージャー 宮崎隆男は、日本初のホール専属ステマネとして、音楽業界で語り継がれているレジェンド。
やはりオケのステマネ出身だったので、ホールを使う側からの視点で、楽屋周りや楽器搬入口の位置など、「使いやすい」サントリーホールをつくるために、設計にも大きく関わりました。
この舞台裏の設計や、ホール専属ステージマネージャーの在り方は、その後、日本各地で誕生したコンサートホールにも、きっと参考になったことと思います。
♪ マニュアルのない仕事
「 ステージマネージャーという仕事に、マニュアルはない 」 と、今村は言います。
サントリーホールの機能やルールに準じ、代々引き継がれてきた重要事項はたくさんありますが、個人の経験値やキャラクターを活かし、それぞれのやり方で、ホール専属ステージマネージャーという役割を遂行するのです。
「 要は、コンサートの主催者と演奏者の両方をケアし、コンサートが無事に行われ、何事もなく終われるようにするのが仕事です 」
♪ 相談しやすい人
コンサートの当日だけではありません。
主催者やオケのステマネと、何か月も前から綿密な打ち合わせを重ねていくのも、重要な仕事。
どのような陣容で、どのようなセッティングをして、どのようなコンサートにしたいのか。サントリーホールの舞台、音響、照明など各技術スタッフも交えて、要望を丁寧に聞きます。
「 先方がやりやすいように、やりたいように、邪魔しないように。
いつでも相談に乗りまっせ〜、という感じで、気を配っておく 」
それが今村流。
「 学生やアマチュアオーケストラの公演の時は、より積極的に深く関わり、ステージのセッティングなども一緒にするようにしています 」
室内楽やソロ・リサイタルなど、オーケストラが関わらないコンサートも、ホールにステージマネージャーがいるからこそ、さまざまなやりとりがスムーズになります。
たとえば、ピアニストの多くは、サントリーホール所有の複数のピアノから、事前に音色や弾きやすさを確かめ、楽器を選定します。
ステージマネージャーはそこから立ち会い、指定されたピアノを、コンサート当日のリハーサル前に、調律を済ませて舞台にセッティングします。
しかし、リハーサルで響きを確認した後、やはり別のピアノに変えたい、となることも、ままあるそう。ピアノを入れ替えて、調律をし直し、本番に間に合わせるという早技の仕切りが、ステージマネージャーに求められます。
「 ときにはジャズやポップス、今年はラップとオーケストラが融合したコンサートなどもあり、マイクを使ったり、照明を駆使した演出を希望されることもあります。私が窓口となり、舞台技術スタッフの専門知識によって、できる限り要望に応えられるよう落とし込んでいきます。
どの程度自分が関わるかは、その場その場の肌感覚、ですかね 」
絶妙な距離感と気配りによって、揺るぎない信頼感が生まれるようです。
「 結局、すべて演奏者のパフォーマンスに関わってきますから。スムーズに、ストレスなく、演奏に集中してもらえるように。それが最終的には、お客様の満足度につながるといいな、と 」
♪ 音楽が好きだから
コンサートの始まり。
照明が暗くなり、オーケストラが舞台に登場、音合わせの後に指揮者が姿を現します。それらのすべてのタイミングは、ステージマネージャーが判断します。
ソリストや室内楽の場合も同様。
ステージ脇の扉を開けて彼らを送り出し、舞台袖で見守り、
演奏が終われば、扉を開けて舞台袖に迎え入れます。
開演前や休憩時の場内アナウンス、演奏後のアンコールのタイミングなども、ステージマネージャーが合図。
何か突発事項が起こった時、即座に判断し対応するのも、ステージマネージャーの役目。
なんだか責任重大! ですが、第4代ステマネ今村は、「生まれつき、のんびりした性格なので」などと微笑み、どこか飄々としています。
「 年々引き出しが増えてきましたし、他館のステージマネージャーと横のつながりもあるので、どんなことが起こり得るか、大抵は想定できます。コロナ禍のコンサートも経験しました。
何をすれば良いか、どう動けば良いかは、周りの状況が教えてくれるんです。そして何事も自分の中で楽しく転換し、何事もなく無事に終われば達成感があります」
そして一言。
「 とにかく、音楽が好きだから、ということですかね 」
♪ ステージマネージャーには、どこで会える?
コンサート中は、舞台袖で四方八方に目を配っている今村ステージマネージャーを、客席から目にすることは、ほとんどありません。
今村が最も姿を現すのは、毎年6月、2週間にわたってブルーローズ(小ホール)で行われる「チェンバー・ミュージック ガーデン(室内楽の庭)」の舞台です。
サントリーホール主催の室内楽の公演なので、舞台設計や設営なども含め、今村がすべてを仕切ります。舞台上で椅子や譜面台を並べ換えたり、舞台袖に下げたり、ピアノなど楽器を動かしたり、楽譜を運んだり。
ピシッとスーツを着こなした今村ステージマネージャーの仕事姿を、間近で見られる絶好の機会ですよ!