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<エンタメ批評家★阪 清和>ミュージカル劇評数珠つなぎ

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阪清和が発表したミュージカルに関する劇評をまとめました。ジャニーズ関連のミュージカルはここには収容しません。音楽劇を入れるかどうかは作品ごとに判断します。
いま大きな注目を集める日本のミュージカル。臨場感あふれる数々の劇評をお読みいただき、その魅力を直に…
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#ミュージカル

冷徹さが求められる中で信念とせめぎ合う銀行家の張り裂けそうな苦悩を丁寧に表現する松下洸平、向上心と焦燥感を体現し続ける松下優也、世界初演は没入感のある斬新なミュージカルに…★劇評★【ミュージカル=ケイン&アベル(2025)】

 運命や宿命というものに人はそうやすやすとは気付かない。なぜなら、人はその時々を懸命に生きて、前へ前へ、上へ上へと進む歩みを続けているからだ。しかし、未曽有の好景気と世界に影響が広がった大恐慌を短い期間のうちに連続して経験した当時の米国の経済人にとっては、自らがどんな宿命を背負い、どんな運命に立たされているのかを、嫌というほど考えさせられたに違いない。特に米国では、その前にも後にも「アメリカンドリーム」という、つかみどころのない、しかし確実に心を揺さぶる無限の大地が広がってい

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未来へとつながる「レ・ミゼラブル」、記念の公演に集う精鋭らのフルパワーの奮闘を堪能、実力示した飯田洋輔、またひとつ成長した生田絵梨花の歌唱力…★劇評★【ミュージカル=レ・ミゼラブル(飯田洋輔・小野田龍之介・生田絵梨花・ルミーナ・山田健登・加藤梨里香・染谷洸太・樹里咲穂・小林唯出演回)(2024~2025)】

 今の時代を生きている人は、その時代を作り上げるためにそれまでのすべての時代の人がどれだけ努力をしたか、どれだけ命を懸けて突き進んだかを知らない。かつての時代を生きた人々は、遠い未来にどんな社会が到来しているかを知らない、いや、知る由もない。しかし人々はその時々の社会やその人に与えられた一度きりの人生を懸命に生きながらも、自分や周りの人々が少しでも幸せになるために小さな石を積み上げていくのだ。そんな、互いのことを何も知らない人々同士が実はつながっているのだということを心の底か

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作品をさらに掘り下げ、「名作」としての価値だけでなく時代に左右されず永遠に続いていく作品として飛翔させるための挑戦の始まりであることを強く印象付ける仕上がり…★劇評★【ミュージカル=ホーム(2024)】

 時代の流れは大河のようだと表現されることが多い。それに手際よく乗ろうとする人もいるし、流れにただ身を任せている人も、流れに抗って棹差す人もいる。それでも河はすべてを呑み込んでひとつの大きな流れをつくって流れていくのだ、という理屈だ。その流れこそが時代であり、世の中なのだと。一応理屈は通っている。しかしそうしてひとつになった流れの中にある一つ一つの動きもまた時代なのだと私は思っている。大学のゼミ以来、大衆文化や社会心理の流れを丹念に追ってきて、そこにひとつの傾向を見つけること

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官能的で神秘的な何ものにもかえがたい濃密な時間。どこまでも研ぎ澄まされていく文学的純粋に陶酔にも似た感情に包まれる衝撃的な傑作…★劇評★【ミュージカル=ファンレター(2024)】

 ネットで文章を書き込んだことがある人なら誰でも、自分の文章が読む人に思いもかけない影響を与えることがあることを知っているだろう。私ももう20年以上前に、ネット上で知り合ったある人の相談に乗っている時に「こんなふうに決断してみたら」と書いたら、その人が私のアドバイスに従って1週間後に人生最大の決断をしてハワイに旅立ってしまったことがある。「あなたの言葉が決め手でした」と去り際に言われてドキリとしたものだが、その人にとってそれは決して不幸せな決断ではなかったことを今は知っている

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京本大我の真摯な演技は、変わりゆく時代のはざまに生きる若者の気概と苦悩、そして自由を求めた変革者の輝きを表現して余りある…★劇評★【ミュージカル=モーツァルト!(京本大我・香寿たつき・白石ひまり出演回)(2024)】

 神童と呼ばれた人物はどんな時代にもいた。3歳にして漢詩をそらんじることができたとか、小学校にも上がらない子なのにドリブル突破の非凡さで欧州の名門クラブのジュニアチームからスカウトがあったとかなかったとか、時代や洋の東西を問わずその例には事欠かない。だが、残酷なことに神童が大成する保証はどこにもない。しかも、大人になったら才能や技術のレベルが上がっていないと、ただのうまい人だ。人類の歴史の中で神童と呼ばれた代表格のようなモーツァルトは実に特異な少年時代を送っている。父レオポル

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芸術表現の自由の獲得、そして古い権威との闘いに大いなる説得力を与えるパワフルな原動力を古川雄大のダイナミックな演技の中に確認できる…★劇評★【ミュージカル=モーツァルト!(古川雄大・涼風真世・若杉葉奈出演回)(2024)】

 「天才」とは何か。それをミュージカルで探ろうとしたのである。なんという着眼点だろうか。天才だからアイデアは泉のように湧いてきて、けっして涸れることはない。依頼者のどんな難題にも対応し、たちまち作品を仕上げてしまう。そんなイメージを抱きがちな天才という存在を安易で順調なままの人生として描いたのでは何の説明にもならないし、クリエイティブな発想とは言えないだろう。そこで採り入れられたのが、天才のもとである「才能」という存在を取り出し、擬人化して、天才とされる人間の心の中に置いたの

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育成型オーディションで選ばれたビリーたちに宿る純粋さ。英国の「変化への渇望感」と少年の夢がリンクし多彩な要素がスパーク。…★劇評★【ミュージカル=ビリー・エリオット~リトル・ダンサー~(井上宇一郎・益岡徹・安蘭けい・阿知波悟美・吉田広大・厚地康雄・豊本燦汰出演回)(2024)】

 鉄の女サッチャーと炭鉱労働者たちの経済合理化をめぐる対立、そしてダンスに目覚めた少年とジェンダーと未来に保守的な町の男たちとの多様性をめぐる対立…。1980年代の英国で起こった今につながる変化のための対立を背景に、才能の目覚めと成長を描いたミュージカル「ビリー・エリオット~リトル・ダンサー~」が2020年の新型コロナウイルスの世界的流行による一部中止などの予想外の事態を乗り越え、今年2024年、2度目の再演が行われている。もともと劇場の芸術監督を務めていた生粋の演劇人である

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すずの柔らかなたくましさを丁寧に表現する昆夏美の繊細さ、シーごとの心情を的確に示す海宝直人の歌の表現力、アンジェラ・アキの語り掛けるような音楽の口調がミュージカルにも映える…★劇評★【ミュージカル=この世界の片隅に(昆夏美・海宝直人・桜井玲香・小野塚勇人出演回)(2024)】

 誰かと出会うということは奇蹟に違いないのだが、その過程でどちらかがどちらかを「見つけている」。それこそが奇蹟なのだ。こうの史代の漫画「この世界の片隅に」に流れるこの奇蹟への賛歌は、ミュージカル化されたことでより高らかに謳い上げられ、私たちの胸を打つ。戦争という無限の地獄にも思える世界の中でも人は生を生き、それぞれの輝きをきらめかせる。この広い広い世界の中でだれかが私を見つけてくれる。そしてそこがわたしの居場所になる、そのひそやかで、謎めいていて、そしてどこまでも深遠で確かな

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すずの世界は守られた。誠実な創作と大原櫻子・村井良大の巧みな演技、アンジェラ・アキの音楽も支えた命のきらめきとすずの切なさの混じった優しさ…★劇評★【ミュージカル=この世界の片隅に(大原櫻子・村井良大・平野綾・小林唯出演回)(2024)】

 こうの史代の漫画「この世界の片隅に」の漫画誌への掲載が世の中に告知された時、私はこうのさんらしいなと思った。私はこうのさんの漫画のいち読者であるとともに、それ以前にこうのさんが世間に大きな感動を届けた「夕凪の街 桜の国」に強い関心を持った新聞記者として取材をさせてもらった経験があったからだ。こうのさんは世間から戦争漫画家と呼ばれたいわけではなかった。広島県出身だからといって原爆を描く漫画家として注目されたかったわけでもなかった。いろんな話を聞いてそう感じていた私にとって、こ

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異常な出来事に人間が本来持っている可能性や優しさで向き合った人々の姿を通じて絆の本質をえぐり出したミュージカル。トップ俳優たちが「全員が主人公」の物語を演じ、演劇というものの新しい可能性さえたぐりよせた…★劇評★【ミュージカル=カム フロム アウェイ(2024)】

 「9.11」。この数字の羅列、あるいは日付が特別な意味を持つようになったのは、あらためて説明するまでもなく米国東部時間2001年9月11日朝(日本時間11日夜)に起きた米中枢同時多発テロからである。主な標的となったニューヨークのワールド・トレード・センターやワシントンの国防総省ペンタゴンのほか、世界中の様々な場所での、それぞれの人の「9.11」があったはずだ。テロの手段として旅客機が使用されるという特殊性から、さらなる被害を防ぐため、テロの直後から領空が閉鎖された北米地区で

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有澤樟太郎のしなやかな鋼のような唯一無二の精神性と宮野真守の絶対的な存在感の対比見事、アートフルな物語の世界をよりスタイリッシュなものに…★劇評★【ミュージカル=ジョジョの奇妙な冒険 ファントムブラッド(有澤樟太郎・廣瀬友祐出演回)(2024)】

 悪が栄えるには栄養が必要だが、残念ながら、社会がふんだんに提供してくれる。どんな邪悪な独裁者でも社会にうずたかく積もったほこりや不満という栄養を吸い取って大きくなっていく。だからどんな時代でも悪がはびこっていくことは避けられないが、それに対抗する崇高で高貴な精神を社会に絶やしてはならない。そしてそれは永遠に続いていかなければならない。たとえ少年少女時代に読んだ漫画でそのことを知ってピンと来ていなくても、いつか社会に出た時、そのことの大切さを思い知ることになる。日本人の精神構

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ジョジョが持つ身体性をミュージカルが明確に可視化、松下優也のまっすぐさと優しさ、宮野真守の破壊力、東山義久の工夫が物語を格調高いものに… ★劇評★【ミュージカル=ジョジョの奇妙な冒険 ファントムブラッド(松下優也・東山義久出演回)(2024)】

 無国籍な漫画はたくさん生み出してきた日本だが、欧州の歴史の中で生まれも育ちも外国の登場人物たちの、西洋的な教養の上に立つ宿命の物語を、ディティールにこだわって、何代にもわたって描き続ける―。連載開始当時、そんな漫画をかつて見たことがなかった。だから海外のMANGAファンたちがいち早くその価値に気付いたのは当然だとしても、この漫画を支えてきたのは漫画というものの可能性を信じていた日本の多くのファンたちだ。物語や世界観だけでなく、「あしたのジョー」や「北斗の拳」によって飛躍的な

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望海風斗の振り切った熱演をはじめ、キャストとスタッフたちの覚悟なくして、これだけの屹立した作品は生まれなかったに違いない…★劇評★【ミュージカル=イザボー(2024)】

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舞台という場所は何でも起こりうる魔法の場所、山崎育三郎の艶やかな奮闘でミュージカル愛にあふれた人間賛歌に説得力…★劇評★【ミュージカル=トッツィー(2024)】

 苦し紛れの選択が人生を切り拓いてしまったら? それだけでも大変なのに、それを守るために次々といろんなことが起きて物事がややこしくなっていったら? 米国のコメディドラマの典型のような展開の大いなる金字塔と言えるのが1982年(日本では1983年)公開の映画『トッツィー(Tootsie)』である。ダスティン・ホフマンが女装して売れない役者とソープオペラのスターの間を行ったり来たりする物語の中には米国的なジョークや、今日のジェンダーにつながる味わい深いせりふも散らばっており、単な

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