お嬢様はとりあえず怪盗になりたい
「今夜は満月ですよ。お嬢様、外は危険です」
グラグラと雲が揺らいで、月が顔を出してきている。
「だって今日行かないと、ルパンに先を越されちゃうもん」
お嬢様は、たいへんな読者家で特にミステリーをこよなく愛している。
「あの絵を盗みにいくのよ、爺」
「あの絵より高いものは我が家にたくさんありますよ?」
「ロマンがないわね。お金じゃないの」
「犯罪です」
「誰も傷つけず、誰にも気づかれず、盗む。それがあたしのやり方。任せて」
お嬢様は、怪盗に憧れてらっしゃるようで、美術館や博物館、金持ちの屋敷に飾ってある絵画や骨とう品を盗む計画を立てている。
今夜は完璧なプランを思いついたとのことで、絶対に決行したいと駄々をこねている。
「……分かりました。ロードワル家まで送り迎えをいたします。でも、そこまでです」
「十分よ。あとはアタシに任せて」
お嬢様のために、私は犯罪に加担しようとしている。いいのだろうか。ダメに決まっている。しかし、思春期の思い出を私の一存で潰してしまうのも気が引ける。お嬢様が私を採用してくれたのだから。
思えば、この家からバレないように大量の金品を盗んでは売った。田舎の家族たちは今や裕福な生活をできている。
お嬢様を、ターゲットとなる屋敷へと運んだ。ミスのないように。
私は祈りながらお嬢様を送り出した。
「じゃあ1時間後にウラの林に車をつけて」
「……はい」
「一つ聞いていい? 人の家に盗みに入るときに一番大事なことって?」
「!」
「教えて」
お嬢様は指紋が付かないように白い手袋をはめてマスクを顔に付けながら、私に聞く。
「……そうですね。怪盗は名を残してナンボです。名刺を置いていくことです」
お嬢様は笑う。「怪盗メリージェンヌ。ちゃんと用意しているわ」
いってきます、と言って車を降りていく。屋敷の門の左奥にある隠し扉に姿を消す。
お嬢様が座っていた席に、執事として働く私の名刺が置いてあった。
きっとお嬢様は完全犯罪を遂行させるはずだ。
私が手塩に掛けて育ててきたのだから。