谷口弦(名尾手すき和紙 / KMNR™主宰) - 300年の歴史ある地域文化に、自身が取り組む意味とは
先人たちがいること
社会人になって1年半は大阪と福岡で働き、名尾和紙(※1)に帰ってきたのは23歳のときです。最初は毎日、紙を漉いて作業を覚える修業に取り組んでいました。そんな日々のなかで、他の和紙の産地や伝統工芸は今どういう状況にあるんだろうと周りを見ていろいろ調べていたら、自分が思っていた以上によくない状況にあることがわかりました。果たしてこのままやっていていいのだろうか?と思い始めたんです。「このままでは駄目だ、何かしなくては」と思っていたころ、ブランディングというアプローチを知り、知見や経験のあるところにコンサルティングをお願いしました。
デザイナーと一緒に商品を作ったり、ブランドをつくったりして、でも自分はどこか納得がいかないまま、それでも何とか作ったものをお客さんの前に出していました。知ってもらうことが大事だから情報を整理しつつ正しく伝えようと、あらためて自分の家のことや紙を取り巻く状況など、たくさんのことを調べました。でも調べれば調べるほど、それを正しく伝えたところで、その先に僕はいなかったのです。
その思索の日々の中で、自分より先にやっていた人たちがいるということが僕のコンプレックスだということが分かりました。代々続く仕事なので、同じことをしようと思えばできてしまうし、僕は3代前の人のことは、顔も知らない。当時はその一層になるのがすごく怖かった。完全には自分の人生ではないところで生きていかなくてはいけないのではないかと思うと、すごく怖かったのが正直なところです。そして、それはブランディングでは解決できないことだったのです。
それから、じゃあ僕が作る意味は何だろうか、果たして僕にとって名尾和紙とは何なのだろうか、ということを深く考え始めました。機械で作るほうが効率のよい世の中で、それでも自分にオーダーをくれる人がいて、これでご飯を食べていけているのは一体何なのだろうと。そこに対する自信は全然持てなくて、すごくか弱い糸がつながっているような感覚で、焦りもありました。でもその糸をつなげているものの姿を捉えることができないと、自分が本当に意味で取り組むことはできないと思いました。そんななかで出合ったのが「還魂紙」でした。
「還魂紙」は江戸時代以前に実際に存在した紙です。手で漉きなおされた紙には以前の記憶が魂として宿るとされ、このように呼ばれていたそうです。紙に宿る魂をメッセージとして発信するというコンセプトは、現代に手で紙を漉く理由になると感じ、還魂紙をコンセプトとした作品を制作するKMNR™(カミナリ)(※2)というアートコレクティブを立ち上げました。
KMNR™を始めて、作品を作っていくうちに「過去が今を支えている」という、ごく当たり前のことに行き着きました。だとすると、今という時間を過去と一緒に生きている状態がすごく大切なのではないかと思うようになりました。僕が過去とのつながりが分かりやすいところに生まれたこと、そして自分が伝えたいことが一つになったと感じたことで、少しだけ自分を許すことができたように思います。僕にとって文化や伝統を継承することはあくまでも手段で、それらを通して僕たちは「消えないよね」ということを具体化したい。KMNR™では、過去・現在の関係性と、過去が今を生きていることを届けたい。それを伝えていくために頑張ろうと感じています。
経済に勝手に見つけられる
KMNR™を始めてからは、自分で物を作って動かしている人と出会うことが多くなりました。その意味では今のスタンスが経済につながると思いながらやっているところもあるし、実際にそういうお話もいただきます。「これ、一緒にできますか」という話が増えてきたのはうれしいですね。どれだけ言葉が練られていて、マイクを向けられたときに何を言うかがオーダーや面白い案件につながるのだと思います。ただ闇雲に発信するのではなくて、その人がどういう状況にあって何を発信するのかが重要で、その人が言っていること誰かにとって価値のあるものであれば、僕は経済に勝手に見つけられると思うのです。
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