『五芒星の侍』第3話
第3話『真打』
1五行町・船着き場へ向かう通り・長屋前(夕)
ブツブツと言いながら伊三が歩いてくる。
伊 三「でもやっぱ気味悪いよなあ。やめよっかな」
そこへ、ひとりの町人が声をかけてくる。
町 人「お、榊原先生、その節はどうも」
伊 三「おお、お父さんの具合はどうだい?」
町 人「すっかり良くなりやした。先生どちらへ?」
伊 三「なに散歩がてら船着き場の方にね」
町 人「そりゃやめときなせえ。あの辺は出るんですよ」
伊 三「出る?」
町 人「ええ、物の怪ですよ。最近じゃ誰も近づきませんぜ」
町人は、土左衛門が歩き回るという話を、尾びれ背びれを付けて話す。
伊 三「俺は神仏の類いは信じないタチでね」
2五行町・船着き場近く・水路沿い(夕)
漣と虎鯉雄に数体の土左衛門が迫る。
虎鯉雄「な、なな何だ、こいつら!」
漣 「逃げよう!」
走り出す漣と虎鯉雄を土左衛門たちがノロノロと追ってくる。
3五行町・船着き場(夕)
漣と虎鯉雄が逃げてくる。
が、船着き場にも何体かの土左衛門がいる。
漣 「ここにも!」
虎鯉雄「水から離れよう!」
しかしふたりはすでに多くの土左衛門に囲まれていた。
虎鯉雄は竹刀を構える。
漣は浮世絵手札を取り出すが、『初代市川男女蔵奴一平』の手札には何の変化もない。
虎鯉雄「漣! なにやってんだよ!」
虎鯉雄は1体の土左衛門に突きを喰らわす。
竹刀がずぶりと胸に突き刺さる。
虎鯉雄「うえぇぇぇ」
漣 「男女蔵、力を貸してくれ!」
虎鯉雄「漣!」
漣 「ちくしょうっ」
漣は浮世絵手札をしまい、棒きれを拾う。
土左衛門を打ち付けるが、効き目はなさそうだ。
その時、土左衛門の首が跳ぶ。
そこに現れたのは伊三だった。
伊三は土左衛門の首を簡単に跳ねる。その剣技はなかなかのものだ。
伊 三「参ったな、こりゃ」
虎鯉雄「伊三先生!」
伊 三「逃げるぞ」
襲い来る土左衛門から逃げる間に、虎鯉雄がはぐれてしまう。
漣と伊三は水際に追いやられる。
と、船着き場の水面が盛り上がる。
そこに四浪の舟が垂直に立ち上がる。
漣 「おとうの舟だ!」
漣たちの方に向いた船底に、縦に亀裂が入る。
その少しの隙間から、水の触手が伸びてくる。
伊 三「俺も十蔵みたいに惚けてしまったかな」
触手の先が膨らみ、蛇のような形になる。
漣はありったけの力で叫ぶ。
漣 「うたーーーーーっ!!!」
触 手「小僧、父が持っていた鍵はどこだ」
漣 「うたを返せっ!」
触 手「鍵寄コセヤ鍵寄コセヤ」
さらに多くの土左衛門が水から上がってくる。
伊 三「こいつは参ったな」
伊三は自分の後ろに漣を隠れさせる。
襲い来る土左衛門の首を次々と跳ねる伊三。
伊 三「坊主、俺から離れて隠れてろ」
漣 「うたがっ、妹がいるかもしれない!」
伊 三「邪魔になる、いいから離れろ」
漣は伊三から離れ、物陰に隠れる。
体は恐怖に震えている。
物陰から伊三の方を見ると、伊三は必死に土左衛門たちと戦っている。
四浪の舟の船底から伸びていた触手が、膨れあがり亀裂から飛び出す。
その姿は大きなウミウシのようだ。
伊 三「なんだ、気味の悪い」
ウミウシ「サア鍵寄コセ鍵寄コセ」
漣 「鍵って、何のことだよ!」
ウミウシの背中から無数の触手が生えてくる。
ウミウシ「鍵寄コセ」
漣はその触手を見て目を見開く。
「あの時と同じだ」「また同じ事になっていいのか」
漣は心の中で繰り返す。
4回想・五行町・船着き場(夕)
漣は四浪に守られた時のことを思い出す。
四浪の大きな背中。
漣の頭を撫でる四浪の大きな手。
四 浪「漣、本当に強いやつはな、本当に大切な人を守る時にだけ、力を使うんだ」
「おとう、助けてっ、助けて!」
漣は心の中で叫ぶ。
5五行町・船着き場(夕)
漣は懐から『初代市川男女蔵奴一平』の手札を取り出す。
漣 「男女蔵、頼む、頼むから!」
6五行町・通り(夕)
その頃、虎鯉雄は船着き場から逃げ出し、奉行所に向けて走っている。
そこへ白馬に跨がった象山が通りかかり、虎鯉雄は目の前に飛び出してしまう。
「無礼者!」と侍の従者が声を荒げる。
虎鯉雄「申し訳ありません、友がバケモノに―」
象 山「バケモノとな?」
象山は虎鯉雄から詳細を聞き出す。
象 山「小僧、案内せい」
象山は強引に虎鯉雄を馬に乗せ、船着き場へと駆け出す。
7五行町・船着き場(夕)
漣が手札を手に物陰から出てくる。
伊 三「坊主、出てくるな!」
伊三は漣に気をとられた隙に、ウミウシの触手に腕を切りつけられるが、素早く身を翻し、触手を切り伏せる。
漣は手札に話しかける。
漣 「頼む、男女蔵、出てきてくれ」
しかし手札はウンともスンとも言わない。
漣 「何でだよ!」
伊三が土左衛門とウミウシに囲まれる。
絶体絶命の状況、その時―、大蛇が現れ、ウミウシに襲いかかる。
保輔の声「大武略者、袴垂(はかまだれ)保輔(やすすけ)なるぞ。控えろ三下」
漣と伊三が声に振り返ると、そこには―、
浮世絵で描かれた袴垂保輔が立っている。
伊 三「なんだ?」
保 輔「貴様は土左衛門を片付けい」
袴垂保輔は大蛇を操り、ウミウシを丸呑みにする。
すると水面はいつも通りの穏やかさを取り戻し、土左衛門たちも水の中に戻っていく。
四浪の舟の亀裂も消え、ただ水面に浮かんでいる。
漣 「うたーっ! うたーっ!」
保輔がフッと姿を消す。
伊 三「なんだったんだ?」
そこへ白馬に跨がった象山がやってくる。
漣 「あ、こないだの……」
伊 三「佐久間象山先生、い、今のは?」
象山は浮世絵手札のキラ札を見せる。
象 山「歌川国芳、袴垂保輔」
伊 三「なんですか、そりゃ」
象 山「このことは口外無用ぞ」
漣 「……」
漣の表情をジッと見つめる象山。
「やはり、この小僧、何かある」
象 山「小僧、お主は青山某のせがれであったな」
漣 「……」
象 山「あ、そうじゃ、その先にお主の友達が寝ておる。連れて帰ってやりなさい」
象山は白馬を繰り、去って行く。
8五行町・診療所・処置室(夕)
十蔵が飛び込んでくる。
十 蔵「漣!」
漣は横になった虎鯉雄に付き添っている。
伊三は虎鯉雄の脈を測ったりしている。
十 蔵「伊三、何があった?」
9五行町・診療所・別の部屋(夕)
伊 三「お前が言ってた土左衛門の首を跳ねて、妙な水の妖怪と相まみえて、浮世絵の妖怪が出て、佐久間象山が来た、それだけさ」
十 蔵「惚けてんじゃねえのか」
笑いあう十蔵と伊三。
伊 三「ありゃなんなんだ?」
十 蔵「漣が浮世絵の妖怪を?」
伊 三「象山に決まってるだろう、漣も出せるのか?」
十 蔵「四浪が死んだ時はな、漣が手札から初代市川男女蔵奴一平を出して、妖魔を追い払ったんだ」
伊 三「普段なら、おめえに薬でも処方してやるとこだが、俺も見たんでな。歌川国芳の袴垂保輔を」
十 蔵「それを象山が?」
伊 三「ああ、あの御仁ならあり得る話だろ」
十 蔵「違いねえ。で、おめえはケガねえのかい?」
伊 三「は、あんな土左衛門相手に。俺は神道無念流免許皆伝だぞ」
十 蔵「昔の話だろうが。とにかくまた妖魔だ。何が起きてやがるんだ」
四浪の一件以来、妖魔の類いが関係したと思われる事件が頻発している、と十蔵は話す。
漣がやって来て、虎鯉雄の親が来たと言う。
十蔵は漣を連れ、診療所を後にする。
伊三は帰りしなの十蔵に耳打ちする。
伊 三「漣は妹が生きてると思ってるぞ。それとな、象山には気をつけろ」
1人になった伊三は羽織を脱ぐ。
腕には何かが刺さったような痕がある。
そこから何か入ったのか、上腕辺り皮膚の下で蛇のようなものが蠢き、体の中に潜っいく。
伊三の表情が不安に曇る。
伊 三「参ったね、こりゃ」
10五行町・通り(夕)
並んで歩く漣と十蔵。
漣は少し足を引きずっている。
十蔵は腰を降ろし、漣に乗れという。
漣 「歩けるよ」
十 蔵「早く帰りてえんだよ」
漣は十蔵の背中に乗る。
十 蔵「漣、おめえさん、本気で妹が生きてると?」
漣 「俺にはわかるんだ。うたは生きてる」
十 蔵「おめえがそう言うなら、俺も信じるよ」
夕暮れの五行町を、漣を負ぶった十蔵が歩いて行く。
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