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『五芒星の侍』第1話


あらすじ

時は幕末。
江戸に暮らす漣は泣き虫のいじめられっ子。双子の妹うたは、漣とは真逆のじゃじゃ馬で、いつも漣を守ってくれる。ある日、漣は不思議な力を持つ浮世絵手札、写楽の『初代市川男女蔵奴一平』を手に入れる。突如現れた妖魔を、手札から飛び出した初代市川男女蔵奴一平と退治するが、父は妖魔に殺され、うたは妖魔の世界にさらわれてしまう。

妖魔を操るのは開国派の幕臣、勝麟太郎一派。外国から日本を守る為、異界の扉を開こうと画策している。そこから漏れ出した妖魔は日本人でも見境なく襲いかかるが、「必要な犠牲だ」と、計画を進めている。

幕末という時代のうねりに巻き込まれていく漣は、妹を救い出すことができるのだろうか―。

第1話『開幕』

1浮世絵・初代市川男女蔵奴一平

『戊辰戦争で戦ったある侍が言った。「あの力が我々にもあれば」。またある者が言った。「あの力はなくさなければならない」。人々はその力を欲し、その力を恐れた。浮世絵手札に宿る、その力を』

2浦賀近く・台場(昼)

麟太郎「泰平の眠りを覚ます上喜撰たった四盃で夜も寝られず、か」
象 山「うまいこと言ったもんだ」 

台場から勝麟太郎(30)と佐久間象山(42)が浦賀沖に浮かぶ4隻の黒船を見る。

象 山「あれと戦うなんて無茶よ。なあ、麟太郎」
麟太郎「やっぱり開国だよ。開けるしかないねぇ」

ふたりは台場を後にする。

3五行町・路地裏(昼) 

小柄で痩せっぽっちの少年、漣(12)が、いじめっ子たちに小突かれている。

いじめっ子「弱虫泣き虫根性ナシ」

いじめっ子たちは「泣け泣け」とはやし立て、漣は泣き始める。  
と、そこに漣の双子の妹、うた(12)が走ってくる。

う た「弟をいじめるな! このクソガキどもー!」
子 供「やべえ! 朝凪の姐御だ!」

いじめっ子たちは蜘蛛の子を散らしたように逃げていく。
うたはいじめっ子たちを追い払うと、漣に駆け寄る。

う た「漣! ちったぁやり返しな!」
漣  「だってぇ」
う た「なんでいじめられたの?」
漣  「おめえは浮世絵手札も持ってねえって」
う た「くだらないっ」

4五行町・船着き場(昼)

多くの人が行き来する。
街は浦賀沖に現れた黒船の話題で持ちきりだ。
漣の父、朝凪の四浪(30)は、荷渡し舟の船頭をしている。
この日も街の喧騒を尻目に、額に汗して働いている。
そこへ漣とうたが帰ってくる。

う た「おとう、漣また泣かされてた」
四 浪「今度は何だよ」
う た「浮世絵手札も持ってねえって」
四 浪「まったく、どうして双子でこうも違うかね。漣、ちったぁやり返せ、おとうの息子だろう」
漣  「無理だよ、俺、弱いもん。おとうやうたとは違うもん」
う た「何を女の腐ったような」

うたは漣の頭をひっぱたく。

四 浪「バカ、やめろうた、このじゃじゃ馬の跳ねっ返りが!」
う た「おとうがそうやって甘やかすから!」
     
漣はふたりのやり取りを笑って見ている。
『朝凪の旦那』と尊敬を集める四浪の元には多くの仕事が舞い込むが、人の良い四浪は商売が下手で、儲けは少ない。
それでも漣もうたも、そんな四浪を尊敬していた。

四 浪「いいか、漣。おめえは本当は強いんだ。弱くなんかねえ」
漣  「でも俺、泣かされてばっかだよ」
四 浪「いいか、強いってのは―」

そこへ頭巾をかぶった麟太郎がやって来る。

麟太郎「朝凪の旦那かい? あんたなんでも運んでくれるんだってね?」
四 浪「女、子供、死体以外だな」
麟太郎「ちょっと、相談があるんだがね」

四浪は漣とうたに降ろした荷を廻船問屋に運ぶように言う。
漣は普段は見慣れない侍の客に不安を覚えながら、大八車を押すのだった。

5五行町・路地裏(昼)

寺子屋からの帰り道。
漣は何かイヤな気配を町の至る所から感じていた。
黒船来航以来、浮き足立つ大人たちと、それから感じるようになった得体の知れない何か。
物陰や水路の底、はたまた転がる桶の中から、何か邪悪な気配を感じる。
「最近は町中からイヤな感じがする」
急ぎ帰路につく漣は、その道すがら、またいじめっ子たちに囲まれる。

いじめっ子「今日は姐御はいねえな」

いじめっ子たちが漣を小突く。
漣は四浪の言葉を思い出していた。
「ちったぁやり返せ」
しかし漣はやり返すことができない。
そのうち1人のいじめっ子が思いがけないことを口にする。

「捨て子のくせしやがって」

漣  「でたらめ言うな!」
いじめっ子「でたらめなもんか。おめえらは捨て子だ、妹も一緒だ、捨て子の兄妹だ」
     
漣は我を忘れ、いじめっ子に殴りかかるが、袋叩きにされる。

6五行町・水路(昼)

街の中心を流れる水路。
そこを四浪の漕ぐ舟が進んでいる。
四浪が行くのを見ると、町の人は「旦那」と声をかけてくる。
四浪は櫂を巧みに操り、狭い水路を進む。
と、何か違和感を覚える。水が櫂を掴むような、イヤな感覚。

四 浪「これも黒船の影響か。水が変わっちまってら」
     
四浪が進んだあと、水面に何か妙な膨らみが残る。

7五行町・とある船着き場・小間物屋前(昼)

四浪は舟から積み荷を降ろし、船着き場でキセルを燻らせる。
小間物屋の前では、子供たちが『浮世絵手札』で遊んでいる。
四浪は小間物屋の娘に声をかける。

四 浪「こいつが浮世絵手札かい?」
娘  「あら、朝凪の旦那。よくご存じで」

聞けば、子供たちに大流行している遊びで、持っていないと仲間はずれにされるという。
四浪は漣に浮世絵手札、うたにはかんざしを買っていってやることにする。
引いた札は、歌川国貞の『四条河原夕涼図』。
「これはいい札なのかい?」という四浪に、近くにいた子供が札のことを教える。
一番人気は東洲斎写楽の人物もの、ついで歌川国芳、歌川芳年など。人気が無いのは風景画、美人画。
摺りにはピンからキリまであり、一番いいのは『キラ札』と呼ばれる雲母摺(きらず)りのもの。
その後は初摺り、二摺りと落ちていく。
四浪が引いたのは、風景画の三摺り。
「クズ札だね」と子供が笑う。

四 浪「子供にゃこの画の良さはわかんねんだよ」
     
四浪は小間物屋を後にする。
と、絡屋の蔦八(30)が声をかけてくる。

蔦 八「朝凪の旦那が浮世絵手札を買うたぁ」
四 浪「なに、子供への土産でね。あんた、どっかで会ったかい?」
蔦 八「絡屋の蔦八、以後お見知りおきを」

蔦八は「お近づきの印に」と浮世絵手札を四浪に渡す。

四 浪「こいつは…」
     
札は東洲斎写楽『初代市川男女蔵奴一平』。
ひと目でこの札が特別なモノだとわかる。

蔦 八「市川男女蔵奴一平の雲母摺り、こいつは逸品ですよ」
     
四浪は「受け取れない」と固辞するが、蔦八は「俺は独り身で、持ってても意味が無い」と半ば強引に浮世絵手札を渡す。
四浪は丁重に礼を言い、手札を受け取る。 

8五行町・長屋・漣の家(夜)
     
日はとっぷりと暮れ、長屋の家々に明かりが灯る。
漣は戸の前で家に入るのを躊躇っている。
いじめっ子たちに殴られたせいでボロボロになっているからだ。
漣はため息を吐き、意を決して家に入る。
四浪とうたが食事の準備をしている。
四浪は漣を一目見るなり、

四 浪「またやられたのか。まったくよう」
漣  「……」
四 浪「朝凪の旦那の息子の名が泣くぜ」

漣の頭の中で、昼間のいじめっ子の声が谺する。

「捨て子のくせしやがって」

漣  「本当の親子じゃねんだから、しょうがねえ!」
う た「ちょっと漣、何言ってるの? ねえ、おとう」

四浪は言葉を失う。

漣  「本当だったんだ」
四 浪「なあ、漣……」

そこへ、近所の男が飛び込んでくる。

男  「旦那! 大変だ! ちょっと来てくれ!」
四 浪「出かけてくる。漣、うた、あとで話そう」
     
四浪は男と飛び出して行く。
うたは漣の傷の手当てをする。

う た「おとうから。漣にお土産だって」
     
うたは浮世絵手札を漣に渡す。
漣はよく見もしないで浮世絵手札を丸めて捨てる。

う た「漣!」

漣はうたの手当を振りほどき、布団に入る。

9五行町・船着き場(夜)

船着き場には数人の人が集まっている。
四浪と男がやって来る。
そこには―、水死体が上がっている。
あまりに異様な水死体に野次馬たちは震え上がっている。

四 浪「こりゃあ……、なんだってんだ?」

水死体の体は、まるで雑巾を絞ったかのように、四肢から胴体までが捻れ、体中に大きな傷が何本も走っている。

男  「旦那、おらぁこんな気味の悪い土左衛門見たことねえよ」
     
そこへ、五行町奉行所の同心たちと与力の青山十蔵(37)がやって来る。

同 心「こいつは、なんだ? この傷、サメか?」
四 浪「サメでこんな風にゃなりませんぜ」
十 蔵「おう、朝凪か。じゃあなんだってんだ?」
四 浪「十蔵の旦那。こいつは俺にも皆目見当がつきませんが……」
十 蔵「せんが、続きはなんでい?」
四 浪「こりゃ、人外の沙汰でさあ」
十 蔵「バカ言うな、と言いてえとこだが……」
     
四浪、海のほうに目をやる。
真っ暗な水面が、何か異様な気配を放っているように見える。
ゴーーと風が吹き抜ける。

10五行町・船着き場近くの道(深夜)
     
ひとり歩く四浪。
風が強くなり、柳の枝が大きく揺れる。
と、暗がりから声をかけられる。
振り返ると麟太郎が立っている。

四 浪「悪いけど明日は舟は出せないかもしれん。明日はきっとシケる」
麟太郎「どんな荒れた海でも、まるで朝凪の中を行くように平然と荷を運ぶ。人呼んで『朝凪の四浪』。そうだろ?」
四 浪「どこまで何を?」
麟太郎「浦賀まで」
四 浪「浦賀!? 冗談はよしてくれ。黒船が―」

麟太朗は「明日、夕刻に」と言い残し去って行く。
その様子を物陰から十蔵が見ている。

11五行町・長屋・漣の家(深夜)

漣とうたは眠っている。
綺麗に布団におさまるうたと、寝相の悪い漣。
四浪は2人を見て、フッと笑う。

四 浪「まったく、寝てるときは威勢がいいぜ」
     
四浪は漣に布団を掛けてやる。
くちゃくちゃになった浮世絵手札が転がっている。

12象山の屋敷・書斎(深夜)
     
障子の向こうから声がする。

麟太郎「入ります」
     
書物を読んでいるのは、先日、麟太郎と浦賀にいた佐久間象山。  
麟太郎が部屋に入ってくる。

象 山「どうだったね?」
麟太郎「もう開国しかけてますね。扉の隙間から漏れ出してるようでした」
象 山「犠牲が出るだろうね」
麟太郎「異国の侵略から我が国を守るためです」
象 山「わしは君のように割り切れん」
麟太郎「明日、五行町の船頭に鍵を運ばせます」
象 山「うまく行くかね? 勝安房よ」
麟太郎「いかせなきゃなりません、象山先生」

13五行町・神社(昼)

境内では子供たちが浮世絵手札で遊んでいる。
漣は社殿の階段に腰掛け、それを眺めている。
「捨て子のくせに」「朝凪の旦那の息子の名が泣く」
漣の頭の中でグルグルと回る言葉、目に涙が浮かぶ。

漣  「ちくしょう、なんだってんだよ」

14五行町・長屋・漣の家(夕)
     
漣が帰宅する。
うたは竈に火を入れている。

う た「おとう、ずっと待ってたんだよ。私たちと話がしたいって」
     
漣は「そんなの知らない」と板間に座る。
昨日丸めて捨てた浮世絵手札が綺麗に伸ばして置いてある。
漣は手札を手に取る。
ひと目で『初代市川男女蔵奴一平』に魅了される。
「すげえ札だ……」

う た「それ、おとう一生懸命伸ばしてたよ。誰が言ったか知らないけど。漣とわたしはおとうの子供だよ」

うたは「おとう船着き場にいるよ」と言う。外からはゴーと風の音。
漣は「ちょっと出かけてくる」と浮世絵手札を懐に家を出る。

う た「素直じゃないなあ。待って私も行く!」

15五行町・長屋通り(夕)

漣は駆け出す。「こんなもんで機嫌とろうとしてっ」
空に浮かぶ月に分厚い雲がかかり始める。うたが後ろから追いかけてくる。
うたは四浪からもらったかんざしをつけて、漣に見せる。

う た「私はこれもらったんだー」
漣  「ものにつられるなんて、浅ましいよ」
う た「自分だってー!」

16五行町・船着き場(夕)

四浪が使いの侍から小箱を受け取る。
侍は「中を見るな、浦賀沖まで行けば、受手が来る」と言い、去って行く。

四 浪「偉そうにしやがって」

そこへ、十蔵がやって来る。

十 蔵「荷を見せてくれねえか?」
四 浪「旦那、そりゃ無理ですぜ」
十 蔵「どうも昨日の土左衛門と関係あるように思えてな。依頼主は、勝安房守か?」
四 浪「旦那、俺は何も知らないし、何も言わないよ」
十 蔵「じゃあ俺を運んでくれ、荷と相乗りだ」
     
十蔵は四浪に六文の船賃を渡す。 
四浪は「三途の渡り賃ですかい。旦那にゃ敵わねえ」と金を受け取り、舟を出すまで、とキセルを吹かす。

四 浪「旦那、漣のやつに、本当の親じゃねえのかって言われましてね」
十 蔵「まだ言ってなかったのかい」

四浪が遠い目で語り出す。

17回想・五行町・船着き場(昼)
     
若き日の四浪が汗水垂らして働いている。

四浪語り「駆け出しの俺はとにかく必死だった。客の信用を勝ち取るために無茶なことばっかりしてた。ある大シケの日、「どうしても荷を運びてえ」と無理を言う商人が来た。他の船頭が断る中、俺は「運んでみせます」と大見得を切って舟を出した。先輩船頭たちは「死にに行くようなもんだ」、と止めたけど、俺は耳を貸さなかった。若かったんだな。それで海に出たら、もの凄いシケだ。壁みたいな大波が幾重にも襲ってくる。こりゃダメだ、俺は死ぬんだと覚悟したね。そしたら、海の真ん中に1カ所だけ、凪になってる場所がある。俺は必死にそこを目指した。凪の真ん中には、亀の甲羅で出来た舟に乗った双子の赤ん坊が眠ってたんだ。俺はその双子を拾い上げた。すると、俺とその双子が進むとこだけが凪になるんだ。俺は無事に荷物を届けて、朝焼けの中、五行町の船着き場に悠然と戻った。以来、俺は『朝凪の四浪』って呼ばれるようになった。ふたりの赤ん坊には、さざなみって意味の漣、うたかたって意味のうたって名前を付けて、俺の子供として育てることにしたんだ。漣とうたは俺の子供で、命の恩人なんだ。俺の人生の唯一の宝なんだ。あいつらに救われた命だ、あいつらのためなら、いつでもこの命、なげうってやるよ」

18五行町・船着き場(夕)

十 蔵「おめえの気持ちは伝わってるよ」
     
十蔵はチラと物陰に視線を送る。
そこには話を聞いて涙を流す漣とうたがいる。
十蔵は漣とうたが話を聞いていることに気づいていたのだ。
「行きましょう」四浪は小箱を持って、舟に乗り込む。
すると―、水面が怪しく脈打ち始めた。
小箱は熱を持ち、驚いた四浪はそれを落としてしまう。  
箱が壊れ、中から『式盤』と呼ばれる陰陽道の呪具が出てくる。
式盤の真ん中にある金庫のダイヤルのようなパーツが『カチカチ』と音を立てて回る。
そこに異形の者たちが形を成す禍々しい扉が現れ、それが開く。

十 蔵「四浪!!」

扉から水が渦巻いたような触手が飛び出し、四浪に襲いかかる。
四浪はとっさに舟を漕ぐ櫂で触手をはねのける。

四 浪「何だってんだ!?」

グズグズに腐った数体の土左衛門が水の中から上がってくる。
土左衛門は十蔵に襲いかかる。十蔵は刀を抜くと、一体を袈裟切りにする。
が、それは切っても起き上がってくる。
別の一体の首を跳ねると、ようやく動きが止まる。

十 蔵「土左衛門風情が、鬼の十蔵を見くびるな!」
     
四浪はいまだ、触手と格闘している。
漣が土左衛門を見て泣き出す。

う た「漣、逃げるよ!」
     
うたは漣の手を引いて、物陰から出てくる。

漣  「おとう! 助けて!」
四 浪「漣! うた! なんでここに? 逃げろ!」
     
すると、何故か触手が漣とうたに向く。
四浪は海に飛び込み、ふたりの元に向かう。
何本もの触手が高く立ち上がり、一斉に漣とうたに向かう。
漣とうたは必死になって逃げるが、触手に追いつかれてしまう。  
うたは漣を突き飛ばす。
漣は地面に倒れ込む。

う た「漣!! 逃げて!」
     
漣が振り返ると、うたが水の触手に飲み込まれ、海に引きずり込まれる。

漣  「うたーっ!」
     
ついで、触手が漣に向かってくる。
漣は恐怖で固く目を閉じる。
―『ポン』
優しく頭を撫でられるのを感じ、漣はゆっくりと目を開いた。
目の前には四浪の大きな背中。四浪は優しく漣の頭を撫でる。

漣  「おとう?」
四 浪「漣、本当に強いやつはな、本当に大切な人を守る時にだけ、力を使うんだ」
     
四浪の体に触手が何本も刺さっている。
四浪は漣にニコっと笑顔を見せる。

四 浪「お前は強い。なんつっても、朝凪の四浪のたったひとりの息子だからな」
     
触手が四浪の体に深く潜り込んでいく。
四浪の腕が雑巾のように絞られる。

漣  「おとう!!!!」
四 浪「うたを、妹を助けろ、頼むぞ」
     
全ての土左衛門を切り捨てた十蔵が駆け寄る。

十 蔵「四浪!!」
     
四浪の体は持ち上げられ、海に引きずり込まれる。
その時、漣の懐からまばゆい光が発せられる。
漣は驚きながら、光を放つ『浮世絵手札』を取り出す。
と、どこからか声が聞こえる。

声  「弱きを助けにゃ、名が廃る」
     
初代市川男女蔵奴一平が札の中で喋っている。

十 蔵「なんだ!?」
男女蔵「知らざぁ言って聞かせやしょう。赤襦袢の大仁義者、初代市川男女蔵の奴一平たぁ、俺のことだ」
漣  「助けてくれるのかい?」
男女蔵「それにゃあ、おめえさんの力もいる。おめえさんは強いのかい?」
漣  「強いってわかんねえ、けど俺は朝凪の四浪の息子だ! おとうと妹を守るんだ!」
男女蔵「その意気やよし」
     
すると札から、初代市川男女蔵奴一平が飛び出してくる。
男女蔵は海へと近づく。
すると四浪の血で真っ赤に染まった触手が8本立ち上がり、その先が蛇の頭になる。
八ッ頭の蛇は触手とは比べものにならないほどの勢いで男女蔵に襲いかかる。しかし、男女蔵はそれらを簡単にいなす。

男女蔵「東西(とざい)東西(とーざい)」

男女蔵は刀を抜き、ビュッと一閃。
真っ二つに斬られた八ッ頭の蛇は、水に戻り、扉の中に吸い込まれていく。
その水の中に、―うたの姿が!
うたが「漣!」と言っているのが見える。

漣  「うたーーー!」
男女蔵「これにて千穐楽」
     
扉は水とうたを飲み込み、跡形も無く消え失せる。
『プカリ』海面に息絶えた四浪が浮かぶ。

漣  「おとう、うた……」
     
男女蔵が札の中に戻ると、漣は気を失う。

十 蔵「漣!!」
     
海は凪ぎ、海面に月が映る。(時間経過)
誰もいなくなった船着き場に麟太郎がやって来る。
四浪の舟に乗り込むと、船底に『式盤』が貼り付いているのを見つける。

19象山の屋敷・客間(夜)

一献傾ける麟太郎と象山。

象 山「扉が勝手に開いたと?」
麟太郎「予定より早く、船着き場で開いてしまったようです」
象 山「何か要因があったわけだろうね」
     
麟太郎、懐から式盤を出す。

象 山「まあ、黒船は砲撃せずに帰ったし。良しとするかね。開かねば、開かぬ方が良い」
麟太郎「いや、開かねばなりません。この国のために」
象 山「ううむ」

20五行町・通り(昼)

四浪の亡骸を納めた棺桶が通りを行く。
漣が気丈に涙をこらえ歩いていく。
「朝凪の旦那」と通りから声が上がる。

21寺・墓地(昼)
     
墓石の前に立つ漣。
そこへ十蔵がやって来る。

十 蔵「おう漣、大変なことだったなあ」
漣  「十蔵様」
十 蔵「おめえさん、行くとこねえだろ」
     
十蔵は漣を引き取ると申し出た。
行く宛てもない漣はその申し出を有り難く受けることにした。

22十蔵の屋敷・庭(朝)
     
『数週間後』
庭から漣の掛け声が聞こえる。
木剣を握った漣が、十蔵に稽古を付けてもらっている。
十蔵は漣を厳しく鍛える。

十 蔵「なんでえ、情けねえ。木剣も振れねえのかい」
漣  「俺は船頭の子だよ? できるわけないよ」
十 蔵「強くなりてえんだろ。いいから構えろい」
漣  「えー、もう疲れたよー」
十 蔵「おめえ俺のあだ名知らねえのか?」
漣  「知ってるよ。鬼の十蔵でしょ」
十 蔵「わかってるなら、鬼が出る前に構えろい」
漣  「鬼ごっこしようよ」
十 蔵「こら漣! 待ちやがれ!」

漣はふざけて走り出す。

23十蔵の屋敷前の道(朝)

漣と十蔵が門から飛び出す。
屋敷の前を、従者2人を伴った象山が白馬に跨がり通っている。

十 蔵「漣!」
     
漣は十蔵の声で象山に気づき、膝をつき、顔を下げる。
十蔵も漣の隣に行き、膝をつく。
白馬が2人の前で止まる。

象 山「そなた、名は?」
十 蔵「青山十蔵、五行町奉行所の与力にございます」
象 山「ご子息かね?」
十 蔵「西洋式の白馬に跨がるあなたは、佐久間象山殿でございますか?」
従 者「無礼者! 身の程をわきまえよ!」
象 山「よいよい。いかにも象山である」

十蔵と漣は顔を見せるように言われる。
象山はじっと漣を見つめる。
漣は象山に何か異様な空気を感じ、ゾクッと寒気を覚える。

象 山「そのうち我が屋敷に遊びに参られい」

象山は去って行く。

漣  「十蔵様、あいつ、おとうに荷を渡したやつ?」
十 蔵「いや、違うがその侍の師匠だ」
漣  「うたは、生きてる。俺にはわかる」
     
漣の瞳には、これまでにない『強さ』が宿っている。

2話目・3話目


『五芒星の侍』 第2話|ケン・コダマ(映画監督) (note.com)

『五芒星の侍』第3話|ケン・コダマ(映画監督) (note.com)

登場人物

朝凪の漣/青山漣(12)
本編の主人公。泣き虫のいじめられっ子。浮世絵手札の力を解放する。
浮世絵手札、東洲斎写楽『初代市川男女蔵奴一平』の保有者。

朝凪のうた(12)
漣の双子の妹。男勝りのじゃじゃ馬。妖魔に連れ去られる。

朝凪の四浪(30)
漣、うたの父。尊敬を集める船頭。妖魔に殺される。

青山十蔵(37)
五行町奉行所の与力。剣の達人。天涯孤独になった漣を引き取る。

伊波虎鯉雄(13)
情に厚い漣の友人。

榊原伊三(38)
五行町診療所の医者で、十蔵の親友。

佐久間象山(42)
開国派の幕臣。五行町で起こる事件に深く関わっている。
浮世絵手札、歌川芳年『袴垂保輔鬼道丸術競図』保有者。

勝麟太郎(30)
開国派の幕臣、象山の弟子。妖魔を呼び込む原因を作る。

ストーリー補足

【時代背景と深開国派】
物語は1853年、黒船来航から始まる。開国だ、攘夷だ、と様々な思想が飛び交う中、幕臣の勝海舟は、「開国しか道はないが、それでは日本は蹂躙されてしまう」と封印された日本古来の力を使うことを画策する。その力が眠る異界の扉を開くことを『深開国』と称している。

【登場人物と物語の展開】
オリジナルの登場人物に加え、歴史上の人物を新解釈して登場させる。物語は歴史の流れと符合して進む。幕末という大きなうねりの中で成長する主人公たちの姿を描き、五稜郭の戦いで物語は幕を閉じる。

【浮世絵手札と陰陽道】
浮世絵手札とは子供たちの間で大流行しているカードゲーム。小間物屋などで買うことが出来る。特殊な力を秘めた札は、市販されておらず、各々が何らかの方法で入手する。特殊な力は陰陽道の式術で、何者かが浮世絵手札に力を封印したものとされる。

【陰陽道とその後】
実は陰陽道は明治新政府によって禁止されたという歴史的事実がある(史実)。物語の最終決戦の地は、陰陽五芒星の形を取り入れた五稜郭。浮世絵手札に力を封印したのも、異界に鍵をかけたのも陰陽道の力。陰陽道禁止令という歴史的事実は、この物語を裏付けとする(フィクション)。

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