「わたしならこうするのに」と思ったら…要注意
ことしやりたい10のことに並べたことの1つ。
熟成記事断捨離。
今年の4月から熟成させてたこの記事は
4月のわたしから今のわたしへの
お手紙のようだった。
「わたしなら先に日程決めちゃうのに」
「わたしならそんな言葉の選び方しないのに」
「わたしならまず取引先の責任者に報告するのに」
意見を求められてもないのに「わたしなら」って考える時
自分と相手の境界線が曖昧になってる
って聞いた。
「こうして欲しかったな」
じゃなくて
「わたしなら」構文になる時を振り返ると…
不安で
イライラしてて
疲弊してて
不満が溜まってて
心の眉間にシワよってて
この構文の内側にある気持ちの皮を剥ぐと
「わたしの思い通りの展開ではなくて嫌だ」
なんだろうなって。
うん。健全じゃないな。
ということは
このわたしなら構文が湧き上がって来る時は
あんまり心に余裕がない時なんだろうな。
うん。(心当たり)