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日中戦争開始に伴い、作られなくなった鳥観図ー軍機保護法に何がひっかかるかわからんのだ

 昭和初期、長野県各地で鳥観図が作られました。市町村や鉄道会社の宣伝用にとさまざまなものがあり、全国でも同様でした。そうやって競っていたものが、ある日突然、作られなくなります。戦争です。

鳥観図のついた長野県内の観光地図

 こちら、善光寺大本願が1933(昭和8)年に発行した鳥観図です。基本的には長野駅から善光寺への道案内ですが、主要な役所や遠景には戸隠山もあります。画家は不明ですが、丁寧な仕事ぶりで、大きな変形はありません。

右の長野駅から左の善光寺まで簡単に案内
善光寺付近は特に丁寧に
岩戸伝説で知られる戸隠山まで

 続いて「信州中野温泉案内」です。下高井郡中野町(現・中野市)一帯を鳥観図としています。東京や新潟を出発してどういうルートで至るかを示すところがポイントで、手の込んだものではありません。名古屋市の業者が製造したもので、温泉案内や中野小唄の踊り方などに力を入れていますが、鳥観図で雰囲気を高めたのは間違いないでしょう。中野小唄の発表が1927(昭和2)年なので、それからしばらく後に作られたと見られます。

「信州中野温泉案内」の鳥観図。路線案内が丁寧
観光名所はしっかり入れ、遠方の岩椙山などが鳥観図らしさを醸しています

 そして市制なった岡谷市が記念に製作した岡谷市鳥観図です。鳥観図の雄、吉田初三郎の作品。諏訪湖と湖周を無理なく入れ、主役の岡谷市を引き立てています。手前には東京や名古屋も。市街地に製糸工場の煙突を林立させて、岡谷市の個性を引き立てています。
 この鳥観図は1937(昭和12)年3月完成。7月に日中戦争が勃発すると8月24日、軍機保護法が改正され、知らずに軍事機密を模写しても罰せられるようになります。軍事機密ですから何が該当するか分からず、地域を丸ごと描き込む鳥観図は作れたものではありません。その禁止目前の鳥観図です。

岡谷市鳥観図
岡谷駅を中心に広がる市街地
市役所周辺と製糸工場の煙突が並ぶ一帯
明治天皇が立ち寄った場所も丁寧に。現在でも明治天皇御野立所では「日本一短い祭り」が行われています。
下諏訪町の諏訪大社下社秋宮と春宮付近
諏訪湖を挟んで下社の対岸に上社。さらに手前は富士山、東京も
左手は松本平で北アルプスの山々も

 国家は戦争を名目とすればこんなものまで規制してしまうこと、覚えておくことが大切です。二度とそんな兆候を起こさせぬよう、見つめて居なければなりません。

 

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信州戦争資料センター(まだ施設は無い…)
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