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日中戦争開戦の年の瀬、玩具や教材の通販カタログは戦時と平和が混在しつつ、まだ豊かさがありましたーお年玉を何に使おうか…

 1937(昭和12)年12月27日に大日本雄弁会講談社が発行した通販カタログ「東京通信第六一〇号」は、年末年始の需要を当て込んで、さまざまな子ども向け、特に少年向けの商品にあふれていました。タブロイド判4ページにぎっしり詰まった中身から、日中戦争の勝報に沸いていた年末の様子がうかがえるかと思います。

東京通信1ページ目

 1ページ目では空気銃、望遠鏡、グローブなどを抱えてご満悦の少年の写真を配置し「さあさあ、誰方(どなた)様もお早くご注文ください」と呼びかけます。そして時局に配慮したのか、中央に据えたのは「愛国貯金箱」です。「表に日の丸と海軍旗をあしらい裏面に『忠君愛国』の文字を浮き彫り」にした商品で「一銭もむだにせず、この中に貯金しましせう!」と。

お金を使わせるカタログで貯金を勧め当局の眼をごまかしたか

 次いで目に付くのが、模型飛行機材料です。やがて学校教育に必須で組み込まれていくのですが、空を飛ぶ代わりに飛行機を飛ばす少年心をつかみます。まだ米国と戦争するなどと思われていない時代、ボーイング重爆撃機などもあります。また、現・長野県安曇野市出身の飯沼正明が東京ロンドン間飛行記録をつくった「神風号」のセットもあります。

「今や航空時代です!」との文句の通り、飛行機の性能向上が著しかった時代です

 また、学用品の体裁ではありますが、軍艦や軍用サイドカーのインクスタンド、高射砲や戦車の筆立てなどは、軍隊の勇ましい姿や兵器の力強さに憧れる少年が親を説得するには「勉強に役立つから」と言うのに都合がよかったでしょう。

オークションでも時々見かけるインクスタンド類

 2,3ページ目は見開きで、玩具のほか家庭用ゲーム、学用品、楽器、運動用具、置時計、さらには印刷器や記述道具まで盛沢山です。

多種多様な商品は見るだけでも楽しい

 その中で目玉として中央においてあるのが家庭用の映写機で「支那事変ニュースが御家庭で見られます!」の見出しに、中の人も惹かれます。2種類の映写機やフィルムを巻き戻す道具に加え、「支那事変フィルム」は北支事変、動乱の上海、保定の陥落、抗州湾敵前上陸など、かなりの種類を揃えています。また、軍艦足柄渡欧日記、陸軍士官学校など、やはり軍事関連のフィルムが多数あり、将来の軍隊への興味を引きたい軍と、戦時下で関心の高い軍事関連商品を売り込む側の思惑が合致しているようです。

確かに手ごろな価格と思える映写機

 そして「優秀特選空気銃」と題し、3点が紹介されています。丸いBB弾かツヅミ弾を撃つものです。射程などは書いてありませんが、許可不用のものなので、そこまで威力はないと思えますが、その形は子どもの遊びには十分。そして、満州国では輸入禁止とされていました。このほか、野鳥を捕獲するカスミ網、楽器に分類したラッパは、当然、軍隊や消防組で使用していたものと同様のスタイルでした。

今より一昔前のエアガンのようなものでしょうか
2ページ目掲載の各種用品。楽器は見切れていますがラッパがありました
3ページ目掲載各種用品。

 最後の4ページ目。こちらはちょっと科学向けの品をそろえ、顕微鏡や双眼鏡、モーターと変圧器、それにカメラなどやや高価なものが揃っています。カメラはおそらくこの後中止が決定する東京オリンピックを意識した「オリンピックカメラ」という名称になっています。手でレバーを押して発電する懐中電灯「ほたる」は、軍用にも使われました。

4ページ目。科学系の商品でやや高価なものがそろっています
東京オリンピックを意識したか
電池不用だがレバーを押すのをやめるとすぐ消えます

           ◇
 こうしたカタログの品ぞろえは、実際のところは編年で追いかけたいものです。ただ、この単体でも、日中戦争開戦初年のこの時期は、まだモノを多数用意して売り込めた時代であり、戦時下の関心を消費に向けさせようとすることができたことを示しています。やがては民生品が底を突き、売る物がなくても、消費欲を起こさせるからと商店の看板まで下ろされる時代が来るのですが、それはまだ数年先のことでした。
 一方で、戦場となった中国では「日本の」勇ましい軍隊の活動に比例して人々の生活が脅かされていたのです。そうした情報は、プロパガンダ写真で悪い中国軍と良い日本軍という対比で伝えられることとなるのです。そんな情報統制の中では、子どもたちが真剣に軍隊に親しみを感じ、憧れるのは仕方がなかったのかもしれません。このカタログは、そんな子ども心を見透かしているように思えます。

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信州戦争資料センター(まだ施設は無い…)
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