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教員13年からの海外留学、教育DXの会社を経て再び教壇へ。“学びの主人公は生徒”を貫く全力先生が描く夢

教員として13年のキャリアを積んだ後、海外留学で学びを深め、教育DXの企業でも活躍した高木俊輔さん。

現在、聖光学院中学校高等学校で再び教壇に立つ彼が貫くのは、“学びの主人公は生徒”という強い信念だ。AIなど新しいテクノロジーを活用しながら、生徒たちの学ぶ力を引き出すことに情熱を注ぐ。

生徒一人ひとりの個性や興味を尊重し、全力で肯定することを大切にしている高木さんの教育に向き合う姿勢は、どこから生まれてきたのか。詳しく話を聞いた。

教員を目指すきっかけは、高校時代の2人の恩師

ーーまずは、高木さんの現在に至るまでの経歴を簡単にお聞かせください。

大学卒業後、私立の中高一貫校に英語教諭として就職し、13年間教職を楽しんできました。生徒たちと向き合っているうちに、なぜ同じ教え方をしているのに内容が身につく子と身につかない子がいるのかと疑問に思い、学ぶ力を引き出し高める「学習科学」という学問分野を勉強したい気持ちに駆られました。

そこで、教員を一度辞めて2019年にメルボルン大学大学院に留学し、コロナ禍も含むハードな2年間を過ごしました。

オーストラリア・メルボルンにて

大学院卒業後は、もう少しメルボルンにいたかったので、エデュテクノロジーという日本の教育DXのコンサルティング会社でフルリモート社員として働き、2022年4月、日本に帰国したタイミングで教職に戻り、現在は聖光学院中学校高等学校で働いています。

ちなみにエデュテクノロジーさんとは今も契約でお仕事をご一緒させていただいており、週末や長期休暇の期間中に研修講師などをさせてもらっています。

ーー途中転職はあれど、教育一筋のキャリアを歩まれてきたのですね。高木さんはいつ、なぜ先生になりたいと思ったのですか?

高校の頃にお世話になった2人の先生がきっかけで、「先生の仕事っておもしろいかもしれない」と思ったんです。

その先生というのが、一人はバスケ部の顧問の先生。すごく厳しい人でしたが、「あなたがいてくれてよかった」と言ってくれるような先生で。精神的に辛かったときなど、本当に救っていただきました。

もう一人は、高3のときの倫理の先生です。その人も型破りのおもしろい先生で、教科書に載っている内容そっちのけで、自分のアイデンティティについて考えるような授業をたくさんしてくれました。

「自分という存在」をテーマにした授業では、最後にダンスが好きな子は踊ったり、楽器が得意な子は演奏したり、ライフストーリーを語ったり、皆さまざまな形で自分について発表したのですが、先生はそんな僕たちをビデオで撮影しながら、誰よりも感動していたんですよ。そんな先生の姿が印象的で。

当時は弁護士になろうと思っていましたが、教員を目指そうと方向転換して、それからは迷いもせず一直線でしたね。

ーー留学を決意するまで13年間、中高一貫校の現場で教壇に立っていたとのこと。高木さんはどんな先生でしたか?

「授業職人」でしたね。いろいろな学校の先生の授業を見せてもらったり、著名な教育関係者の方にSNSでコンタクトを取って教材づくりや授業について相談したり、セミナーに参加したりと、喋り方から教室内での動き方まで、とにかく教えるスキルを磨くことに力を注ぎました。

低年齢の教育現場も見ておいた方がいいという先輩の薦めで、幼稚園に視察に行ったりもしました。幼稚園の先生の、子どもへの接し方はとても参考になりましたね。

ーーそれだけ教職に熱中していたことが伝わってきます。教職を離れて海外留学を目指した理由は何だったのでしょうか?

教える技術は磨いてきた自負があったし、教員向けのセミナーなどでの登壇機会もいただくまでになったのですが、実際には、教室の中はそんなにうまくいくわけはなくて。同じ教え方をしていても、ぐんと成績を伸ばす子となかなか成績に表れない子がいるんですよね。

なぜ同じ教室の中でこうも差が生まれるのだろうかと考えたときに、気づいたんです。僕は生徒たちに教える技術(ティーチングスキル)ばかりを磨いてきたけれど、生徒たちに学んでもらうための方法(ラーニングスキル)については、全然知らないなと。教える方にばかり目が向いていたけれど、もっと生徒自身が学び上手になったら、教員がいなくても自らの力で学んでいけるようになる。長い目で見てもそっちの方がいいと思いました。

そこで、学習科学を勉強するために留学したという経緯です。留学先が海外だったのは、僕が特に学びたかった教育評価(フィードバック)の分野の第一人者がメルボルン大学にいたこと。それと、日本国内にいては日本の教育パラダイムから抜け出せないので、自分の当たり前を見直すためにも海外に出てみようと思ってのことでした。ありがたいことに妻や子どもも後押ししてくれて、家族で移住しました。

ハードだった日々を乗り越え、
晴れやかな笑顔で卒業した高木さん

留学して間もなくコロナ禍。苦しくも実り多かった海外留学

ーー2年間の海外留学はいかがでしたか?

キツかったです(笑)。僕が通ったのは現職教員向けのコースだったので、授業が夕方以降の時間帯だったんです。そのため、朝は図書館に行って勉強して、夕方から授業を受け、夜は一度帰宅して食事を取ってからまた図書館に戻り夜中まで勉強して...という生活でした。

日本語でも学んだことがないことを、英語でやらないといけないので、とにかく追いつくのに精一杯。1科目につき30ページ程の論文が5〜6本も出ていたので、泣きながら読んでいました。

追い討ちをかけたのは、コロナ禍です。2学期が始まってすぐにコロナ禍になってしまい、オンライン授業への急な移行や、子どもの学校サポートなど、学業と家庭の両立に苦心しました。

夜中まで勉強し、朝は子どものリモート学習をサポートするというハードな日々を送り、本当にキツかったですが、家族の支えと学ぶことへの強い意志で、この期間を乗り越えることができました。我ながら、よくやったなと思います。でも苦労した分、得るものは何倍も大きかったです。

ーーどんなことを得ましたか?

具体的な学びとしては、教育評価の分野では、学習をサポートするための評価のあり方を学びました。

また、自分が再び学習者の立場に立つことで、教育におけるテクノロジーの可能性を実感したことも大きかったです。僕は英語教員であるとはいえノンネイティブなので、ネイティブ同士のディスカッションに入るのはそこそこキツい。でも、しっかり論文を読んで勉強して、ポイントを押さえた発言をチャットに流しておくと、先生はちゃんと拾ってくれて、全体を止めて僕に発言の場を与えてくれました。

ICTによって、僕みたいな、下手すると埋もれてしまうような学生でも前に出ていくことができる。もともと教える側として、教育におけるICTの可能性は感じていましたが、自分が学習者側になることで、その可能性が確信に変わるような実感値を持てたことはすごく大きかったです。

ーー留学で学んだことを、今どのように生かしていますか?

今の職場である聖光学院では、学習者側が自分で学べるようにするための手立てを教えています。

生徒たちには、「最終的なゴールは僕(教員)がいなくても学べるようになること」だと話しているのですが、学びのオーナーシップ(所有権)ができるだけ学習者側に行くように、常に学習者側の視点を入れて授業をデザインしています。

また、教育評価を専門的に学んだ今、僕は日本の教育における「評価」の考え方を変えたいと思っていて。評価というと、先生たちが一番最初に思い浮かべるのは評定やテストだと思います。でもそれらは、「評価」のほんの一機能に過ぎません。例えば授業で生徒たちが苦悶の表情を浮かべているときに、僕たち教員は教え方を変えてみたりするんですけど、それも「評価」の一つ。生徒たちの学習を見取って適切なフィードバックをしたり、教え方を変えたりする。そうした調整を行うことも教育評価の役割なんです。

でも日本では、「評価」=評定という単一なものになってしまっているケースが多い。企業では、上司と部下の1on1でフィードバックを返していくのは普通のことですよね。なのに学校では、成績という数字だけしか与えられていない。僕はそこにすごく違和感があって、このカルチャーを変えたいと思っているんです。

複業している理由もそこにあります。良くも悪くも、評価軸によって人間の価値はいくらでも変わる。だからこそ、その評価軸が多様にある世界になればいいのになと。システム的な難しさなど壁はたくさんありますが、そういう考えを是とする先生が増えたら、少しは流れが変わるかもしれないなと思うんです。

教員を対象にしたセミナーや
ワークショップへの登壇機会も多い

学ぶことは、人に優しくなること

ーー理想の教育スタイルに向かって一直線に道を走ってきている印象の高木さんですが、高木さんにとって教員とはどのような仕事ですか?

教員は、人のいいところを全力で肯定できるおもしろい仕事です。生徒たちの話や、することに純粋に興味を持って、「めっちゃいいねそれ」と一緒におもしろがれることは、教員の特権だと思っています。

生徒たちは、僕が何かを言ったからって、全然言うことを聞きません。そういうところがまた最高で。そもそも人は、そんなに素直になれないじゃないですか。大体皆、悩んだり壁にぶつかって落ち込んだりするものです。そういう全然まっすぐに行かない感じが、僕はすごく好きなんです。予測がつかないおもしろさがある生徒たちと信頼関係を築き、必要とされる間柄になっていく過程を楽しんでいます。

また、僕は本来、教育とは人を幸せにするためのものだと思っているんです。生徒たちにも「学ぶことは、人に対して優しくなること」だと話しているのですが、無知であるが故に、無意識に人を傷つけてしまうことって多々ありますよね。逆に、知ることで「あなたにはそういう事情があるのね」と、ものごとの背後にある文脈を少し想像できるようになる。

つまり、何かを学び、知ることは、相手に対して優しくなることにつながるし、教育を受ける人が増えていけば、それだけ世界は優しくなっていくと思うんです。

子どもたちが学べる環境を、僕たち教員が整えることで、皆が優しくなれるかもしれない。学ぶことで、幸せな人が増えたらいい。夢物語かもしれませんが、教員としてそんな可能性を信じています。

ーー学ぶことは、人に対して優しくなること。素敵な信念ですね。最後に、教育業界への転職を考えている方にメッセージをいただけますか?

さまざまな業界で頑張っている方々が最終的に辿り着くところは、おそらく「人を育てる」ことなのではないかと思うんですよ。人が育つ過程は思い通りにいかないことばかりですが、僕にとってはそこも含めて、すごく楽しいことなんです。

教育現場には課題がたくさんあります。でもそれ以上に、人の成長過程に関わるおもしろさがある。働き方が大変だと言っている先生の中にも、思い通りにいかない状況も含めて丸ごと楽しんでいる先生たちは、きっとたくさんいると思うんですよ。

先生も人なので、きちんとしていない部分だって当然あります。そういう人間的な部分を生徒たちにさらけ出しても意外と大丈夫だったりします。本当に、おもしろみのある楽しい仕事ですよ。

取材・文: 山田 国枝| 写真:ご本人提供