これからの時代に必要なクリエイティビティを考える 【山内佑輔の「余白」をつくる#1】
これからの時代に必要なクリエイティビティとは?
「余白」をキーワードに、これからの時代に必要なクリエイティビティを読者の皆さんと共に考える、新渡戸文化学園の山内佑輔さんによる連載第1弾です。
徹底的な「余白」設計がもたらすもの
みなさん、「THE FIRST TAKE」という企画をご存知ですか?
ミュージシャンによる一発撮りのパフォーマンスを映像にした企画で、YouTubeチャンネルが注目され、ラジオレギュラー番組「THE FIRST TAKE MUSIC」も始まり、現在人気急上昇。
僕もそのファンのひとりです。
音楽はもちろんのこと、このYouTubeの映像の美しさにも魅力があります。
この企画のクリエイティブ・ディレクションを手掛けたアートディレクターの清水恵介さんは、
と語っています。
この企画においては「余白」がとても大切にされており、映像における「白」さえも出演するアーティストのイメージに合わせて調整し、その人だけの「白」をつくりだしているそうです。
徹底的な「余白」の設計によって音楽そのものを届けているのです。
さて、唐突に音楽の話から始めてしまいましたが、最近僕はこの「余白」がとても気になっています。
建築における余白、デザインにおける余白。
様々な場面で余白という言葉を耳にします。
そしてコロナ禍では教育関係でも、「余白」について耳にすることが多くなったと感じています。
教育における「余白」とは?
余白。
教育における、学びにおける余白とは一体なんなのでしょうか。
僕のこれまでとこれからを振り返りながら、この「余白」を考えていきたいと思います。僕は2014〜2020年までの6年間、東京都公立小学校の図画工作専科教員として勤務しました。教員になる前は、9年間大学職員として勤務していました。
在職中に教員を志し、小学校教員免許を取得。担任の先生になるものだと思っていたのですが、採用はまさかの図画工作専科。
中学教員免許は社会、高校教員免許も地理歴史公民の僕がなぜに図工の先生だったのか。その理由は今も謎のままですが、大学職員時代に子ども向けワークショップの企画運営をしていた経験があったからかもしれません。突然の図工の先生のキャリアスタートにドキドキしながら、1番最初に行った授業は紙コップ10,000個でつくる授業でした。
これは深沢アート研究所にアイデアをお借りして実施しました。
ペンはない(描けない)ハサミもない(切ったり、やぶったりできない)中で、紙コップで何をしよう?と子どもたちに問いかけました。
「つまらなそう・・・」という子どもたちの表情を受け止めた後、「1万個用意したんだけど・・・」と紙コップを披露すると、子どもたちの表情は一転し、その後は止まることなく、積極的に何度も作り変えたり、つくり続けていました。
今この授業を振り返ると、子どもたちの「余白」が溢れている授業であると感じます。
予め敷かれたレールを進むわけではなく、階段を登っていくように学習を進めていくわけでもない。90分という時間の中で、思いついたことに挑戦し、ダメだったら何度でもやり直す。友達と取り組んでもいいし、一人でもくもく取り組んでもいい。
この授業において、僕が教えたことはありません。
子どもたちは自分たちで取り組み、学びを獲得していきます。
これであれば僕も図工の先生を続けられるかもしれない。そう思うことのできた最初の一歩でした。
「余白」はデザインするもの
この授業は学習指導要領(図画工作科編)における「造形あそび」に該当します。
「学びにおける余白」を「自分で選択し、決断し、主体的に取り組む時間」と捉えると、造形あそび以外であっても、図画工作科は授業の中でその余白をしっかりつくることができます。
そのことによって、図画工作科の教科の目標である「表現及び鑑賞の活動を通して,造形的な見方・考え方を働かせ,生活や社会 の中の形や色などと豊かに関わる資質・能力」を育成するのです。(図画工作科の目標はものをつくること、絵を書くことでも、その技術向上でもありません)
THE FIRST TAKEでは制作者が「余白」をデザインすることで、視聴者の体感としての音楽の解像度が上がるというように、授業では教員が「余白」をデザインすることで、子どもたちも体感としての学びの質が上がるのではないでしょうか。
「余白」をデザインする、と敢えて書いたのは、「余白」は意図せずにつくられたものではないからです。制作側がしっかり考えて作られている、デザインされている余白だからこそ効果があるのです。
授業におけるデザインされていない「余白」は、「放任」「無責任」という言葉に置き換えてもいいかもしれません。
授業における「余白」のデザイン
授業における余白のデザインで大事なのは、時間・環境・問いの設計だと考えています。
例えば「○分間で」「この材料・道具で」という条件と、子どもたちが主体的に取り組める「問い」を投げることで、学びはスタートします。僕が6年間で実施した授業はどれも、一生懸命この余白をデザインしていたと、今なら言うことができそうです。
昨年の秋には前任校で6年生と学校の敷地内にあった森を再生させるプロジェクト型の授業を実施しました。
何十年も手付かずだった学校の中にある誰も入ることのなかった場所(これも学校の中の余白ですね)を、専門家の手を借りながら、自分たちの力で森を開き、土壌を改善し、遊びを通じて必要だと考えたものを手作りしていきました。
世界初という新しい挑戦
2020年4月から赴任した新渡戸文化学園で、僕は今VIVISTOP NITOBEの立ち上げを任せてもらっています。
そんなコンセプトを掲げるVIVITA株式会社とともに、学校の中の環境としては世界初のVIVISTOPの運営です。
この仕事自体がまさに余白をどうデザインするのかという仕事だと感じています。また、余白をつくり出す場所でもあると思っています。この取り組みについては、今後ご紹介します。
学校外でも僕はこれまでにいくつかのプロジェクトを立ち上げ取り組んできました。
これらの活動ひとつひとつを学びと余白のデザインをキーワードに見ていくと、今まで気が付かなかった共通点や、価値や意味が見出せるのではないかと思っています。
この連載を通じて、これまでの活動やこれからを改めて考えていきます。
どうぞよろしくお願いします。