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先生は、子どもと一緒になって成長できる、素敵な仕事。学校現場から研究まで、多様なフィールドでキャリアを磨いて見えてきた、先生の魅力

少人数制のマイクロスクール・GIFT Schoolのスタッフや、国際バカロレアのプログラムを研究・実践してきた経験を活かして、教育現場で働く先生方に、概念で探究する学びのおもしろさやつくり方を伝える活動にも取り組まれている、秋吉梨恵子さん。

「教育に関わりたいという思いはあったが、先生になるつもりはあまりなかった」そう語る秋吉さんが、なぜ教育の道に進んだのか。なぜ、探究する学びの価値や魅力を伝える活動をしているのか。キャリアと教育現場で働く魅力について詳しく話を聞いた。

社会への貢献方法を考えたら、教育に行き当たった

ーー秋吉さんは現在、教育現場で子どもたちと向き合う仕事や、先生方にワークショップを届ける仕事など、多岐にわたって活躍されていますね。現在のお仕事について、詳しく教えていただけますか?

私は現在GIFT Schoolという、3〜15歳の子どもを対象としたマイクロスクールで、1週間のうち2日半は子どもたちと一緒に過ごしています。本校の学習コミュニティは、異年齢集団で構成されていて、今年度私は主に3、4年生のグループを担当しています。

GIFT Schoolで私は、実際に日々子どもたちと一緒に学んだり、個別学習の進捗を確認したり、子どもと1対1で話すメンターのような役割も担っています。

それに加えて、スクール全体のプロジェクトを中心にした学習、いわゆる探究の学びの授業デザインをスーパーバイズする役割もあります。

私は以前、国際バカロレア(International Baccalaureate、以下IB)の研究に従事したり、実際にIBのカリキュラムを導入した学校で働いたりしていたことがあります。

その経験を生かして、主にIBの特徴である「概念型探究」や「概念型カリキュラム」に関する講座をオンラインや対面で先生方に届けたり、IBを学校に導入したい学校をサポートしたりといったことにも携わっています。

ーーIBとはどのようなものか、簡単に教えてください。

IBは、スイスで設立された、世界的に認められた教育プログラムで、世界をより平和にしようとする人を育てることをミッションとしています。

学び方の特徴としては単なる知識の暗記ではなく、探究を通じて、物事を深く考え、自分で解決策を見つけていく力を育むことがあげられます。IBのカリキュラムには、概念探究型の学びが多く取り入れられており、教科の枠を超えた学びや、批判的思考、国際的視野を養うことを重視したプログラムです。

ーーこれまでのキャリアについて、教えていただけますか?

進学を決めた高校生当時、私は多様な人や民族が共生する社会づくりにすごく興味がありました。世界には国内紛争で自分と同じ年の子が学校に行けていない、女の子が10代前半で結婚・妊娠などを経験するという国や地域があると知り、「人が違いを持ちながらも、一緒に生きていける方法はないのか?そして、全ての人に機会が平等でない社会に、私はどう貢献できるのか」ということを学びたくて、アメリカの大学に進学しました。

当時から教育は大切だと思っていましたが、実は先生になるつもりはなくて。というのも、私の母が小学校教員で、先生という仕事については身近でよく見ていたからなのですが、母の仕事を見ている中では、一見すると毎年同じことを繰り返しているように見えていて。そのため、私はもう少し変化のある仕事がしたい、と思っていた部分があります。

ーーいつ頃から教育への関心が深まり始めたのでしょうか?

母の影響もあって、教育はずっと身近な存在でした。先生にはならなくとも教育に携わっていきたいという思いはずっとあったのかもしれません。特に、アメリカという格差の大きな国で過ごしたことにより、機会が平等ではない世界で人々がより自分らしく生きていくためには、教育が非常に重要であることにも気づいたんです。

その当時は「国際教育」に関する大学院に進学したいと思っていたのですが、アメリカにあった第一志望のプログラムに出願するには社会人経験が必要だったことと学費を準備するためにも一度日本に帰りました。企業で働きながら、日本の小学校でアメリカの文化や生活について話すゲストティーチャーに呼んでいただく機会もありました。

ーー実際に現場に入ってみて、どのようなことを感じましたか?

学生時代の外国人の友達に、日本の印象について聞いてみると「素晴らしい国で、良い民族」と良い評判ばかりでした。

でも、日本国内にいる人たちは経済が不況で未来に希望が持てていないし、世界的に見たら恵まれた環境にいるのに、まるで自分たちには未来がないかのように感じている若者が多いのかなという印象でした。そもそものベースである公教育も、世界の国に比べたら十分恵まれた環境下にあるのにも関わらず、そのことに無自覚なのだなとも感じました。

そのことがきっかけで、国際教育よりもまずは国内の教育を良くしていきたいと思うようになりました。そこから通信制大学で教員免許を取得し、小学校で働き始めました。そして小学校で働き始めて2年目の年に、IBに出会い、これが私のターニングポイントとなりました。

子どもたちに身につけてほしい、人生を意識的に選択する力

——国際バカロレアとは、どのように出会われたのですか?

東京コミュニティースクール」が主催していたワークショップを知人から紹介されて、受講したのがきっかけです。

そこで開催されていたのは、IBの初等教育課程のプログラム「Primary Years Programme(プライマリー・イヤーズ・プログラム)」についての講座でした。通称「PYP」と呼ばれるプログラムで、初等教育の段階から概念型探究の学びをカリキュラムの中心においています。

この講座で学ぶにつれて「これがやりたかった授業だ」と整理され、「自分がこれまでうまく言語化できなかった感覚的な部分がきちんと体系化されている」といったような実感がありました。

秋吉さんが実施する、先生向けの研修の様子

それから講座で学んだことを活かして、自分の教室で探究型の学びを実践してみました。すると、それまでの学習に対する取り組み方に比べて子どもたちがより前のめりで生き生きと活動する姿が見られました。とても驚いたことを今でも覚えています。

探究型の学びはすごい可能性を秘めている。もっと私自身が追究したい」と思い、どんどん実践を積み重ねていき、同僚の先生からも私の実践に興味を持っていただけるようにもなりました。

その一方でPYPの特徴である「教科の枠を超えて探究する学び」を実践するためには、学級担任一人の力ではなかなか難しかったことも事実です。そこでもっと国際バカロレアについて系統的に学びたいと感じ、国際バカロレアについて学べる大学院への進学を決意したというわけです。

——アメリカの大学院で国際バカロレアを学んで、得たことは何ですか?

それまで一人でやっていた実践の効果や可能性について、自信と確信が持てるようになりました。

PYPのカリキュラムは、学力だけではなく人間性や自立した学習者を育むことに力点を置いていることもあり、その手法に対する理解がより深められたことで、とても充実していました。PYPが提供するカリキュラムは、多様なものの見方を育むこと、違う視点から物事を見ることや、協働的に学ぶことで、「自分で理解をつくり出していくこと」をねらいとしています。

このような学びを通して子どもたちには、自分自身の人生を意識的に選択する力が身につくと思っています。また、人と共に生きていくこと、自分を大事にすることを小学生の頃から繰り返し経験することを通して、自分のやりたいことと、他者との間の折り合いをどうつけるかについても学ぶことができると感じて。まさに私がやりたい学びだ、という感覚を改めて感じましたね。

その人にしかできないことが、必ずある

——これまでさまざまな環境に身をおいてきた秋吉さんは、現在の教育現場がどう映っているのか気になります。

昨今は、教育現場の厳しさにのみ焦点が当たっているような印象があります。私は公立学校、私立学校を経験してきましたが、もちろん大変なこともたくさんありましたけど、先生という仕事が嫌で辞めたいと思ったことはありません。

「先生は大変だ」という風潮が強くなりすぎると、「先生という仕事はとても楽しい!」と言いにくくなる感覚があって、それはすごく嫌だなと感じています。

この仕事は、子どもたちの成長過程を、もしかすると保護者の方よりも身近なところで見届けていられる、とても貴重な仕事だと思うのです。そして、子どもの成長を促すために必然的に自分自身も一緒になって成長しようという気持ちになれる。そんな素敵な仕事だと思います。

——秋吉さんが、教育という仕事に心から魅力とやりがいを感じていることが伝わってきます。これから挑戦したいことはありますか?

日本は恵まれた環境にあるとはいえ、大学進学という選択が厳しい環境にいる子どもや、習い事や塾に行けるのが当たり前ではない子どももいます。
そんな子どもたちにこそ、概念を通して探究する力は必要。なぜなら概念的に物事を見る力は、身のまわりにある課題を解決する大きな助けとなり、探究する力は、その子たちの人生を切り拓いていく力そのものだからです。

でも、経済的にあまり豊かでない家庭の子どもたちには、良質な探究する学びに必要なサポートが届いていない傾向があり、探究的な学びをどう展開していけばいいのかわからないまま放っておかれているのではないかという懸念を感じています。だから今後は児童養護施設など、概念を通して探究する学びのリソースが届きにくい場所にいる子どもたちと一緒に、探究する学びに取り組んでいけたらいいなと考えています。

そして何より、公立の学校が教育の一番の要だと思っているので、公立の学校でも概念を通して探究する学びがもっと広がっていくために、私も模索し、足掻いていきたいと思っています。

——最後に、これから教育現場に進みたい方へメッセージをお願いします。

私が海外で学んでいたときに出会った、「学校教育にOne Fits Allはない」という言葉が印象に残っています。これは「どんなに優れていたとしても、ある1つの教育のスタイルや手法が全ての文脈にフィットすることはない」という意味で、学校現場に出てからより強くその言葉の本質を実感できるようになりました。

今も講座やワークショップを開催するときには、あくまでも私が言っていることは一例であること、「皆さんがご自身の文脈にどう落としていくかが一番大事」と伝えています。私が伝えていることが、受講者にとって、そしてその先にいる子どもたち一人ひとりにとってベストかどうかは、私にはどうしても知り得ないので。

同じようなことが、先生のあり方にも言えると思っています。「これだけが正解」という先生のあり方は存在せず、その人にしかできないこと、魅力、子どもたちに提供できる経験・知恵が必ずあると思います。

私は、そんなさまざまなバックグラウンドを持った人が、ご自身の経験を生かして子どもたちにどのようなプレゼントを届けていくのか、ぜひ見てみたいです。それぞれが異なる世界を知っているからこそ、出せる魅力と、貢献できる何かがきっとあると思います。

それから、教育現場に進むか迷っているという方には「実際にやってみるしか、自分がどのように教育に貢献できるのかは分からない」とお伝えしたいです。

少しでも先生という仕事に惹かれるところがあったり、先生という立場から子どもたちの成長に関わりたい思いがあったりするのであれば、「やり続けることで開ける道がある、やってみることで見えてくるものがある」と思うので、 ぜひ挑戦していただきたいです。

取材・文:神谷 有理 | 写真:本人提供