言論の自由を考える「天上の葦」
こんにちは、せんりです。今回は、天上の葦という小説を読み、そこから感じた言論の自由について書いていきたいと思います。
*少々のネタバレを含みますので、大丈夫だよ〜という方はお読みください。
なぜ、読もうと思ったか?
純粋に太田愛さんの小説が面白いからです。
天上の葦は、ドラマ 相棒やTRICK2の脚本を務められた太田愛さん著の小説です。本書は、推理・サスペンスミステリーシリーズの3部構成の3部目にあたります。
1部の犯罪者、2部の幻夏、3部の天上の葦、どれも面白かったので、気になる方はぜひお読みになってください。
シリーズ全体の共通点として、主に警察(国家権力)とマスメディアの類が登場し、国家権力を使って裏で手を引いている事件を解決していく〜という物語が展開されます。こういう物語は、説明が長く途中で飽きてしまう問題があると思います。ですが、全作を通して、息もつけないほど素早く展開が繰り広げられるので、楽しく一気に読破できます。まるで渾身の一杯のラーメンを食べているかのようです。
シリーズの面白さは伝わったと思いますので、天上の葦のあらすじを紹介したいと思います。
天上の葦のあらすじ
あらすじは、1人の老人がスクランブル交差点で絶命したシーンから始まります。そこから、公安警察、戦争時代の言論統制、今後のメディアに対する言論統制をキーに物語が進んでいきます。
このような形で物語は進んでいきますが、その中で私が特に心に残ったのは、以下の2つです。
言いたいことが言えない環境は、とても居心地が悪い
どんな悪習慣でも、楽に消し去ることができるのは最初だけ
言いたいことが言えない環境は、とても居心地が悪い
公安警察は国家の平和を守る警察というイメージが強いと思います(名探偵コナンの安室さんのような)。しかし、本作の公安警察は一味違います。国家の平和 = 国家の思想にそぐわない言論を発する者を排除することが目的なのです。*なぜそうなるのかは、作中で判明します。
さて、この公安警察の状態は、いつぞやの世間に似ています。そう、第二次世界大戦中の日本です。
第二次世界大戦中の日本は、報道規制・言論統制が敷かれ、戦果の虚偽発表を繰り返した大本営発表、言論の自由を奪われ多くの国民は思考停止していきました。(参考:政府による言論統制と戦争遂行の経験から何を学ぶべきでしょうか。)
そして、言論統制の情勢に気づき始めた戦争経験者が、以下の言葉を発します。
戦争を経験しているので、言葉の重みをひしひしと感じます。ここで思うのは、この言論統制は現代でも起きているのではないか?と。
直近で考えさせられるのは、日野自動車の不正問題や、土地の権力者にものを言わせた高知のカフェ問題だと思います。
実際に言論統制が行われているわけではありませんが、空気を感じて、権力者が優位になること、聞きごごちが良い言葉しか発せられなくなると思います。嫌な環境ですが、その環境を変えるのが実に難しい…
その増長した環境を変えるには、最初の気づいた時に行動を起こさなければいけなかったのです。
どんな悪習慣でも、楽に消し去ることができるのは最初だけ
根付いた悪習慣を変化させるのは、簡単なことではありません。
そう、悪習慣を消すために闘えるのは、最初の小さな火種のうちなのです。1度や2度のみならず、なんども悪習慣を許してしまうと、もう後戻りはできません。それが普通となり、外部から指摘を受けるまで不正が繰り替えされます。
始まりの人には、今OKであれば大丈夫でしょ!の認識かもしれません。なんせ、ダメージを受けるのは後世の方なのです。ほんと時限爆弾を残すのはやめてほしいですね。
後世に不正や悪い悪習慣を残さないためにも、これは変な方向に向かっていないか?と感じたそのタイミングでSTOPをかける勇気を持っていきましょう。
まとめ
感想を書いてみて、実にまとまりのない記事だと思いました。
しかし、そんなまとまっていない文章でも、言いたいことが言える状況というのはとても幸せな環境だと思います。
天上の葦は、言論統制とキーとした物語で、虚偽を事実のように発信すること、言論の自由を奪って情報操作を行う話でした。
もしかしたら、本記事も虚偽が多く散りばめられているかもしれません。なので、その真偽を確かめるためにも、天上の葦を一読してみてはいかがでしょうか?
最後に、正しいことが言えない世の中はまさしく、言いたいことが言えないこんな世の中じゃPoisonだと思いました。